断捨離_モノを大切にすること
そこに在るとちゃんと自覚してあげることが、
モノを大切にすることなのかもしれない。
先週から部屋の断捨離をしている。
苦労しているが、部屋が落ち着ていくのは気持ちよい。
断捨離を進める中で、たくさんのモノが出てきた。
10年前に北海道を自転車で旅した日記、
親友の披露宴でもらったメッセージカード、
お遍路で使ったもう雨で読めなくなった経本、
初めてトライアスロンを完走したときのゼッケン、
本当に懐かしい。
ひとつひとつが自分の人生の最高の瞬間を思い出させてくれるモノたち。
「よく大切に取っておいたな」と思った。
でも本当にそうか。
正直、そこに在ること自体、忘れていた。
親友からもらったカードはほこりを被っていた。
ゼッケンはいろんなものの下敷きでグシャグシャ。
大事なお経を本棚の隅に放っていて良かったのか。
ちゃんとそこに在るって、
覚えているべきだったと思う。
それが本当に大切にするということ。
人だったら分かりやすい。
家に置いておいて、ごはんだけ食べさせて。
それだけでも十分に大変で素晴らしいことだけど、
やはり、そこにいると認識し続けていることが大事だと思う。
賛否あるだろうけど、親友からのカードを捨てた。
捨てる前に、大事に両手で捧げ持って、一字一句しっかりと心に刻んだ。
披露宴のときのあいつの笑顔、嬉しそうだったなとか思い出した。
いつも文章が右上がりに傾いてんだよな、全く。
遠方に住んでいる彼に連絡してみようと思った。
ジップロックにそのカードだけ入れた。
ゴミ袋の一番上にそっと置いて、両手を合わせた。
披露宴で受け取ってからの8年間で、
この瞬間が一番大切にそのカードを思った。
この時間を与えてくれたカードに感謝した。
そして、これでもういいなと思った。
そこに在ったこと、
今、この瞬間、私の意思でここから失われること。
それを認識してお別れした。
我ながら、やや芝居がかった大げさな掃除です(笑)
今、私の部屋にあるモノには、多かれ少なかれ、何かしらの歴史がある。
私の人生のある時期に私と出会って、何らかの意味を持ったモノたち。
その意味が実用から思い出・記念に変わったモノもある。その意味自体は何でもいいのかも知れない。
ただ、それはいつかの時点で私にとって大事なものだったはずだ。
もらったご縁に感謝しつつ、不必要になったときには、ダラダラと忘れ去るのではなく、ちゃんとお別れして、自覚的に手放そうと思った。
ひとつひとつのものともっと向き合おうと思った。
