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8月6日はソロモンの誕生日——完璧主義のピアニストが遺した、澄み切ったベートーヴェン

ソロモンのベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 作品90

ソロモンが残したベートーヴェンのピアノ・ソナタ録音の中でも、第27番 ホ短調 作品90は特別な位置を占めています。1956年8月21日、ロンドンのアビイ・ロード・スタジオ第3で録音されたこの演奏は、彼のキャリア最晩年の貴重な記録であり、しかもソロモンのベートーヴェン・ソナタ録音の中で数少ないステレオ録音の一つです。

作品の位置づけ

ベートーヴェンが1814年夏に書き上げたこのソナタは、中期から後期への橋渡しとなる重要な作品です。《告別》ソナタ以来約5年ぶりのピアノ・ソナタで、全2楽章という簡潔な構成をとりながら、情感の濃密さと作曲技法の高度さを併せ持っています。

  • 第1楽章
    「速く、そして終始感情と表情をもって」(Mit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und Ausdruck)
    ホ短調。落ち着きのない情熱と孤独なエネルギーに満ち、内面的な葛藤を描いた楽章です。シンドラーによれば、ベートーヴェンはここに「頭と心臓との闘い」を表現したと語ったと伝えられます。

  • 第2楽章
    「速すぎず、きわめて歌うように」(Nicht zu geschwind und sehr singbar vorzutragen)
    ホ長調。優美で歌謡的なソナタ・ロンド形式。シューベルトを先取りするようなロマンティックな抒情性が際立ち、「恋人との対話」を描いたものだと言われています。

モーリッツ・リヒノフスキー伯爵に献呈され、彼の恋愛譚を音化したものだという逸話も残る作品です。

ソロモンの解釈——歌心と抑制の美

ソロモンの演奏は、この作品の二面性を極めて澄んだ視線で捉えています。

第1楽章では、激しい情動を前面に押し出すのではなく、内に秘めた緊張と推進力を冷静かつ集中したタッチで描き出します。動的なコントラストを明確にしながらも、決して誇張に走らないバランス感覚が光ります。

第2楽章は特に素晴らしい。ソロモン特有の「songful(歌うような)だが決してsentimental(感傷的)ではない」歌い回しが、旋律の美しさを純粋に、しかし深い情感を込めて響かせます。テンポは適切で流れを損なうことなく、音色のニュアンスとフレーズの呼吸が自然です。 critqueでは「songful (but never sentimental) account」と評され、晩年の録音ながら「greater resolve(より強い決意)」が感じられると指摘されています。

録音時期は1956年8月。この直後にソロモンは脳梗塞を発症し、演奏家としての活動を終えました。セッション自体も、体調の異変の兆しが現れ始めていた時期だったといいます。それにもかかわらず、ここには彼の芸術の本質——明晰な構築性、格調高い抑制、澄んだ歌心——が凝縮されています。

聴くべきポイント

  • ステレオ録音であることによる、より豊かな響きと色彩感の再現。

  • 第2楽章のカンタービレの純度の高さ。感傷を排した真の歌心。

  • 2楽章全体を貫く、過不足のない建築的なバランス。

ソロモンのベートーヴェン後期ソナタ群(作品90、101、106、109、110、111)の中に収められることが多く、特に《ハンマークラヴィーア》や作品110と並んで聴かれると、彼の晩年の到達点がより鮮明に浮かび上がります。

短いながらも深い内容を持つこのソナタを、ソロモンは「正しさ」と「美しさ」の両立で描き切りました。完璧主義を貫いたピアニストが、病の影が忍び寄る中で残した最後の輝きの一つです。

#1031日連続投稿

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