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ボブ・ディランの不都合な真実 ー 1982年イスラエルのレバノン侵略とパレスチナ難民虐殺事件の直後に書かれたイスラエル支持ソング

6日前の 911 に遅ればせながら note に新規登録し、これが第3回目の投稿となるが、今回から何回かに亘って、標題の件について連続投稿をしようと思う。

今このタイミングで本件について投稿する理由の一つには、1982年9月中旬の 3日間に亘って標題において言及したレバノン・ベイルートにおけるパレスチナ難民虐殺事件が起きており(サブラ・シャティーラ難民虐殺、一説では 3,000人以上の犠牲者を数えたとされる)、その虐殺は現地時間の 9月18日朝まで続いたものであって、ちょうど37年前のまさに今が、中東紛争史に残る稀に見る凄惨な虐殺が行なわれている真っ最中の時に当たる、ということがある。

さて、本件に関してのまず第1回目は、2016年11月7日に当時購読していた朝日新聞の「私の視点」欄に投稿し掲載に至らなかった原稿を、ここに載せておきたい。尚、朝日新聞は私にとっては学生時代より37年余り購読を続けた新聞だったが、この原稿に関わる同紙の不誠実な対応を契機として、同年末をもってその購読を止めている。それに関してはまた、後日、投稿することにする。

当時、私はメールで原稿を投稿しており、後日、あらためてこの原稿に関わる朝日新聞の対応について投稿するつもりでいることもあって、以下では当時のメールをそのまま載せておこうと思う。

原稿はメール文中にあるが、「私の視点」は文字数 1,100字以内という制約があったため、本件についての詳細については指定文字数内では書き切れない面があり、明日以降の投稿でその点を補いたいと思っている。

メール件名は以下の通り 〜 「私の視点」 投稿 : 

ボブ・ディラン氏ノーベル文学賞受賞の妥当性について - その大いなる疑問

From: 山本剛 [mailto:xx@yyy]
Sent: Monday, November 07, 2016 8:08 PM
To: siten@asahi.com Cc: xx@yyy
Subject: 「私の視点」 投稿 : ボブ・ディラン氏ノーベル文学賞受賞の妥当性について - その大いなる疑問
Importance: High

朝日新聞社
「私の視点」ご担当者殿

イスラエルの高級紙「ハーレツ」が明らかにした、1982年イスラエルによるレバノン侵略とパレスチナ人虐殺の直後に書かれた、ボブ・ディラン氏のイスラエル支持ソングについての投稿です。

当事国イスラエルのメディア「ハーレツ」今年5月24日の記事を最近読み、その驚愕の事実を知りました。
http://www.haaretz.com/jewish/news/1.721200

非常にニュース性があるはずです。掲載方ご検討のほど宜しくお願い致します。

以下に投稿文ならびに私の氏名・住所・電話番号・職業・年齢について記します。
どうぞ宜しくお願い致します。

1. 投稿文 (1,100字ちょうどです)

(タイトル)
ボブ・ディラン氏ノーベル文学賞受賞の妥当性について - その大いなる疑問

(本文)
 ボブ・ディラン氏へのノーベル文学賞がニュースとなって久しい。私は当初、詩は元来歌と共にあり、「歌手への文学賞」を疑問視する批判は当たらない、知る限り彼の歌詞の詩としての評価または歌と併せた総合評価は文学賞に値するものと考えていた。が、それはごく最近、イスラエルのクウォリティペーパー「ハーレツ」の記事(本年5月24日付)を読んでから決定的に変わった。

 見出しとリードはこうである。「ボブ・ディランの忘れられたイスラエル支持ソングを掘り起こす。1982年レバノン戦争直後に書かれたディランの歌『近所のいじめっ子』はイスラエルを『権力から追放された者』として擬人化し『彼』は絶え間ない攻撃を上手くかわしているばかりに不当にも『いじめっ子』とのレッテルを貼られていると主張している」。

 同記事は、1982年イスラエルによるレバノン侵略とベイルート包囲により惹き起こされたサブラ・シャティーラ難民キャンプでのパレスチナ人大虐殺の悲劇を記憶に留め、写真記録集を保管し、翌年にはヨルダン川西岸とガザ地区及び「イスラエル」国内を旅して如何にパレスチナ人が弾圧されているかを目の当たりにした人間として、またディラン氏の数多ある歌のうち一部を聴き込み、歌詞を翻訳してきた者として、更に本年4月の彼の東京公演を2度にわたり観て改めて氏の「偉大さ」を感じた者として、驚愕以上の何物でもない記事であった。

 確かに氏は1982年にNeighborhood Bully という歌を書いてイスラエルを擬人化し、「彼は古代から虐げられてきたのにいま孤立させられ、果ては『いじめっ子』と呼ばれている」というシオニストの主張をし、翌年のInfidels (異教徒たち)というタイトルのアルバムにおいて、License to Kill の直前の位置に収録し、更に最も重要な事にはその恥ずべき内容の歌詞を今も公式ウェブサイトに掲載しているのである。

 惨劇を受け生命と人権の保護を求める国際社会の声が日増しに強まる中、更に「イスラエル」国内においてさえ反戦運動が巻き起こった時期に、氏はあろうことかそれに抗う形で歌を書き発表し、今もそれを回収することなく、明らかにその態度を変えていないのである。

 アートは政治的文脈から離れて鑑賞すべきものであるが、最低限の条件はある。例えば、仮にもしもその作品が美しいものであったにせよ、虐殺を惹き起こした側に立つものであった場合はどうか。

 私は日本時間11月5日の夜、賞選定に責任を持つThe Swedish Academy の終身秘書官Ms. Sara Danius に対し、本件につき知らせると共に「ディラン氏に対する授与はそれが文学賞であっても再考すべき」とのメッセージを、電子メールにより送付した。

2.投稿者・氏名  山本 剛 (やまもと つよし)

3.住所  茨城県 xyz (実際にはちゃんと書いたよ。)

4.電話番号  080- rock - soul (実際にはちゃんと書いたよ。)

5.職業 rock'n'rock (実際にはちゃんと書いたよ。)

6.年齢 56歳 (これはもちろん当時。6日前の本年 911 に 59歳になった。)

以上です。 (メールはこれで終わり。)

冒頭で書いた通り、本件については連続投稿していくので、この問題の詳細に関してはその中で補っていきたい。

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