6/23 次は伝える人になる(慰霊の日に寄せて)
私は、20代の10年間で6回ほど沖縄を訪れました。
羨ましい、と思われる方もいるかも知れません。沖縄はとても魅力的な場所だし、本島から見ると海外のように非日常に映るものも沢山あります。それは確かなことです。
でも、私が沖縄を訪れたのは、レジャーの為ではありませんでした。
沖縄という土地でかつて何があったのか。今何が起こっているのか。歴史を知り、平和を学ぶためでした。私は中学校の教員であり、修学旅行で子どもたちを連れて行く為に、下見と引率でその都度沖縄を訪れたのです。
私たちは現地で、語り部をされている方から直接戦争の体験を聴かせてもらいました。今となってはそれがどんなに貴重なことだったか分かります。もう今ではなかなか叶うことではありません。
あの時、私たちが引率し、共に沖縄の地で語り部さんの話を聞いた中学三年生たちは、皆30代前後になっています。
皆、覚えていますか。
かつてひめゆり学徒隊だった方のお話、対馬丸に乗っていた方のお話を。ガマの中で聞いた話、佐喜眞美術館の屋上で聞かせていただいた話を。
鉄の雨と呼ばれた、地形が変わるほどの砲弾を受けたこと、青い海の色が血の色に染まったこと。
さっきまで隣にいた級友が、次に見た時はもう息をしていなかったこと。
人が人でなくなること、それが戦争だという心の叫びを、辛い想いを何度も何度も思い返しながら、それでも伝えなくては、次の世代に繋げなくてはと、私たちに語って聞かせてくれた話を。皆は覚えていますか。
もし覚えていたら、あなたの周りの人に伝えて欲しい。あなたが沖縄で見聞きしたことを。今もなお苦しみ、悲しんでいる人がいることを。平和の尊さを。
6月23日は慰霊の日です。
私たちの周りでそのことを知っている人はあまりに少ない。
戦後80年となる今、多くの戦争体験者が、既に亡くなられたり、高齢となって語ることが叶わなくなっています。政治家でさえ、歴史を、かつて彼の地で何があったかをあまりに軽んじ、自身に都合よく扱おうとする時代になりました。私は今、少なからず懸念しています。
直接話を聞くことができた私たちが、今度はそれを、次の世代に伝える側にまわる時がきています。
私たちはもっと知らなくてはいけない、
そして、知ったら、伝えていかなくては。
八風さんというアーティストがいます。ここnoteからも発信されています。元は関西ご出身だそうですが、今は沖縄に住んでいて、お義父さまから聞いた話を元に曲を作り、発信されています。ぜひ、その曲を聞いていただけたら。そして下記の記事を、特に後半の部分を読んでいただけたら。
沖縄出身でも在住でもない私だけれど、今日という日は、青く美しい海、緑のさとうきび畑の向こうに、あまりに多くの血が流された「戦争」があったということを、沢山の方とともに考えたいです。
どうかより多くの人が、過去から学び、未来を願い、今を生きることについて考え、ともに想いを巡らせますように、私は願っています。
Do you know what day it is today?
Today, June 23rd, is Okinawa Memorial Day. 80 years ago, the Battle of Okinawa came to an end. Okinawa was the only place in Japan where a large-scale ground battle took place during the Pacific War. It is said that one in every four civilians died during that time because of the war.
Now that 80 years have passed since the end of the battle, I feel that many truths are being forgotten. Some of the survivors can no longer share their experiences with us.
We must learn what really happened there, back then.
We should carry on the messages those who taught us the importance of lives, “Nuchi do Takara”.
It’s our turn now.
今日が、何の日か知っていますか?
6月23日は「慰霊の日」です。
80年前のこの日、沖縄戦が終わりました。太平洋戦争中、日本で地上戦が行われたのは沖縄だけです。当時、沖縄県民の4人に1人が戦争によって命を落としたといわれています。
戦後80年が過ぎ、多くの事実が忘れられつつあると感じています。体験者の中には、もう語ることができない方々もいます。
あの時、あの場所で何が起こったのか。私たちは知らねばなりません。
そして、伝えていかなくてはと思うのです。命の大切さを教えてくれた人々の思い、「命こそ宝」のメッセージを。
今度は私たちの番です。
今日は、英語部分の細かな修正箇所や、表現の訂正については省略させていただきます。
読んでいただき、ありがとうございました。

