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私が壊れるまで #6 全部背負わなくていい

― 壊れてはいけない。自分を大切に ―


この記事は、私が適応障害と診断されるまでの実体験を記録したものです。

後から振り返ると、心は何か月も前から悲鳴を上げていました。

眠れない。
休んでも回復しない。
旅へ出ても仕事が頭から離れない。

それでも当時の私は、「少し疲れているだけだ」と思っていました。

もし今、
休んでも回復しない、
仕事のことが頭から離れない、
そんな状態にいるなら、
この記事が自分の心のサインに気付くきっかけになるかもしれません。

  • 頼られることが増えた40〜60代の管理職・責任ある立場の方

  • 「自分がやらなければ」と一人で抱え込んでいる方

  • 眠れない日が続いている方

  • 誰にも弱音を吐けない方

  • 適応障害や燃え尽きが気になっている方

  • 頑張っているのになぜかずっと苦しい方


■このシリーズを読むと分かること

  • 頼られる人ほど壊れやすい理由

  • 壊れる前に現れる身体と心のサイン

  • 私が適応障害になった経緯

  • 復職後に椎骨動脈解離になった理由

  • 本当の責任感とは何か

  • 「全部背負わなくていい」と思える考え方


この記事で伝えたいこと

頼られる人は弱いから壊れるのではありません。
責任感が強すぎるから壊れるのです。
私は適応障害になり、
それでも走り続け、
最後は椎骨動脈解離で身体が止まりました。
この記事は、
そんな実体験を通して、
「全部背負わなくていい」
ということを伝えるために書きました。


第8章 全部背負わなくていい


私は、
責任感を履き違えていた。

あの頃の私は、
自分が壊れることを前提に生きていた。

身体より任務、
睡眠より責任、
自分の人生より周囲の期待、

それが責任感だと思っていた。


人手が足りない、
自分がやらなければならない、
誰かが困っている、
自分が支えなければならない、
組織が回らない、
自分が何とかしなければならない、

そう考えていた。


自分を犠牲にしてでも、
やらなければならない、
守らなければならない、
支えなければならない、

それが「大人の責任」だと思っていた。


だが、
その結果どうなったか。

適応障害になった。

それでも戻った。


そして椎骨動脈解離になった。

ついに、
身体が止まった。

私自身が動けなくなった。

そこで初めて分かった。

人は壊れると、
大切なものを守れなくなる。

職場も。

家族も。

地域も。

そして、

自分自身の人生も。


本来の責任感とは、
自分が壊れるまで頑張ることではない。

長く役割を果たすために、
まず自分を守ることを第一とし、
その上で任務を全うすることである。

私はそれを、
身体が止まって初めて学んだ。

もしあなたが今、
眠れない夜が続いているなら、

休日なのに休まらないなら、

「自分がやらなければ」
という言葉ばかりが頭に浮かぶなら、

少しだけ立ち止まって考えてみてほしい。


その責任は、
本当にあなた一人で背負うものなのだろうか。

全部背負わなくていい。

少し誰かに渡してもいい。

少し休んでもいい。

少し遅れてもいい。

それで失うものより、
あなたが壊れて失うものの方が、
よっぽど大きいのだから。


あとがき


私は、
適応障害になっても止まれなかった。

椎骨動脈解離になって、
ようやく止まった。

だから今思う。

身体は敵ではない。

限界を教えてくれる最後の味方だったのかもしれない。


もしこの記事が、
誰にも弱音を吐けない誰かの救急箱になれば嬉しい。


私と同じ苦しみを味わう人が、
一人でも少なくなってほしい。

その願いを込めて、
ここに救急箱を置いておく。


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椎骨動脈解離の体験記はこちら

私は椎骨動脈解離で2ヶ月の療養を経験しました。発症から診断、入院、療養までの記録をシリーズとして残しています。

もし今、
身体からのサインに戸惑っている方がいたら、

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