私が壊れるまで #5 ついに身体が私を止めた日
― 心を騙しても身体は騙せなかった ―
この記事は、私が適応障害と診断されるまでの実体験を記録したものです。
後から振り返ると、心は何か月も前から悲鳴を上げていました。
眠れない。
休んでも回復しない。
旅へ出ても仕事が頭から離れない。
それでも当時の私は、「少し疲れているだけだ」と思っていました。
もし今、
休んでも回復しない、
仕事のことが頭から離れない、
そんな状態にいるなら、
この記事が自分の心のサインに気付くきっかけになるかもしれません。
頼られることが増えた40〜60代の管理職・責任ある立場の方
「自分がやらなければ」と一人で抱え込んでいる方
眠れない日が続いている方
誰にも弱音を吐けない方
適応障害や燃え尽きが気になっている方
頑張っているのになぜかずっと苦しい方
■このシリーズを読むと分かること
頼られる人ほど壊れやすい理由
壊れる前に現れる身体と心のサイン
私が適応障害になった経緯
復職後に椎骨動脈解離になった理由
本当の責任感とは何か
「全部背負わなくていい」と思える考え方
この記事で伝えたいこと
頼られる人は弱いから壊れるのではありません。
責任感が強すぎるから壊れるのです。
私は適応障害になり、
それでも走り続け、
最後は椎骨動脈解離で身体が止まりました。
この記事は、
そんな実体験を通して、
「全部背負わなくていい」
ということを伝えるために書きました。
第7章 身体は正直だった
復職してからの私は、
とにかく走り続けていた。
戻ったからには結果を出したい。
迷惑をかけた分を取り返したい。
期待に応えたい。
そんな思いがあった。
気づけば、
仕事中心の生活になっていた。
残業は増えた。
4ヵ月で170時間を超えた。
食事は不規則になった。
睡眠時間は削られた。
休日も心が休まらない。
常に仕事のことを考えていた。
それでも私は、
まだ大丈夫だと思っていた。
いや、
大丈夫だと思い込もうとしていた。
自分が倒れるなんて考えもしなかった。
しかし、
突然激しい頭痛に襲われた。
今まで経験したことのない痛みだった。
やばいかもしれない。
そう感じた。
診断は、
「椎骨動脈解離」
脳梗塞やくも膜下出血につながる可能性もある、危険な状態だった。
医師からはドクターストップ。
二か月の療養となった。
その瞬間、
私はようやく立ち止まった。
いや、
立ち止まらされた。
自分では止まれなかった。
だから身体が止めたのだと思う。
今振り返ると、
身体はずっと前から警告を出していた。
眠れない。
疲れが抜けない。
気力がない。
覇気がない。
血圧が高い。
そして、何をしても楽しくない。
それでも私は、
責任を優先した。
周囲を優先した。
自分を後回しにした。
そして身体は、
これ以上は無理だと答えを出した。
私はそこでようやく気づいた。
人は、
心が壊れても頑張れてしまう。
責任感が強い人ほど、
無理を続けてしまう。
だが、
身体はごまかせない。
身体は正直だ。
限界を超えれば、
必ず何らかの形で止まる。
だからもし今、
眠れない日が続いているなら、
休日なのに休めないなら、
何をしても楽しくないなら、
それは怠けではない。
弱さでもない。
「身体が悲鳴を上げている大切なサインだと思うべきだ。」
私は身体が悲鳴を上げている大切なサインを無視した。
その結果が、
「適応障害」であり、
「椎骨動脈解離」だった。
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私は椎骨動脈解離で2ヶ月の療養を経験しました。発症から診断、入院、療養までの記録をシリーズとして残しています。
もし今、
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