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私が壊れるまで #4 それでも私は戻った

― 私は再び、自分を最後にした。 ―


この記事は、私が適応障害と診断されるまでの実体験を記録したものです。

後から振り返ると、心は何か月も前から悲鳴を上げていました。

眠れない。
休んでも回復しない。
旅へ出ても仕事が頭から離れない。

それでも当時の私は、「少し疲れているだけだ」と思っていました。

もし今、
休んでも回復しない、
仕事のことが頭から離れない、
そんな状態にいるなら、
この記事が自分の心のサインに気付くきっかけになるかもしれません。

  • 頼られることが増えた40〜60代の管理職・責任ある立場の方

  • 「自分がやらなければ」と一人で抱え込んでいる方

  • 眠れない日が続いている方

  • 誰にも弱音を吐けない方

  • 適応障害や燃え尽きが気になっている方

  • 頑張っているのになぜかずっと苦しい方


■このシリーズを読むと分かること

  • 頼られる人ほど壊れやすい理由

  • 壊れる前に現れる身体と心のサイン

  • 私が適応障害になった経緯

  • 復職後に椎骨動脈解離になった理由

  • 本当の責任感とは何か

  • 「全部背負わなくていい」と思える考え方


この記事で伝えたいこと

頼られる人は弱いから壊れるのではありません。

責任感が強すぎるから壊れるのです。

私は適応障害になり、
それでも走り続け、
最後は椎骨動脈解離で身体が止まりました。

この記事は、
そんな実体験を通して、

「全部背負わなくていい」

ということを伝えるために書きました。


第6章 それでも私は戻った


本当は戻るつもりはなかった。

心も身体も限界だった。

自信も失っていた。

もう十分だと思っていた。

だが、
戻らなければならない状況が生まれた。

どうしても人手が必要だった。

現場が回らなかった。

私にもまだできることがある。

そう思って退職届を破棄して復職した。

いや、
もしかしたらそう思いたかったのかもしれない。

必要とされることは嬉しい。

頼られることも嫌ではない。

だから私は戻った。

戻ったからには責任がある。


そして再び走り始めた。

そして、
今度は以前より無理をしていた。

失った信頼を取り戻したい。

期待に応えたい。

迷惑をかけたくない。

そんな思いがあった。

頼られる人には、
独特の苦しさがある。


「もう無理です」と言えない。


「助けてください」と言えない。


「できません」と言えない。


そして頑張る。

限界を超えても頑張る。



そして復職後、
4か月で170時間を超える残業になった。

私は再び、
「自分を最後にしていた」
のである。

だが、
この時の私はまだ気付いていなかった。

心が壊れたあとも、
人は無理を続けることができる。

そして身体は、
心より先に限界を迎えることを。


5か月後。

私は椎骨動脈解離で倒れることになる。


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▼椎骨動脈解離の体験記はこちら▼

私は椎骨動脈解離で2ヶ月の療養を経験しました。発症から診断、入院、療養までの記録をシリーズとして残しています。
もし今、
身体からのサインに戸惑っている方がいたら、
こちらも参考になるかもしれません。


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