くじ引きで選ばれた市民が、議会の隣に座る日 - 弱いシグナルを読む vol.7
民主主義で代表を選ぶ方法と聞かれたら、多くの人は「選挙」と答えるでしょう。議会で扱うテーマを決めるのも、選挙で選ばれた議員の役割だと思われています。
ところが、ベルギー・ドイツ語共同体(人口約8万人)には、くじ引きで選ばれた市民が議会の隣で活動する常設機関があります。
選挙で選ばれていない市民が、議会の隣で議題を決める。この制度は、「代表」と聞いて思い浮かべるものと、どこが違うのでしょうか。
「弱いシグナルを読むシリーズ」では、世界のどこかで現れ始めた小さな変化を手がかりに、その背景にある問いを探っていきます。
議会の隣に置かれた24人
この制度を定めた法律「常設市民対話導入デクレ」は、2019年2月25日に議会で採択され、同年4月12日にベルギー国家公報へ公告されました[1][2]。立法権を持つ議会に、抽選で選ばれた市民による常設機関を恒久的に組み込んだ事例としては、世界で初めてと位置づけられています[3][4]。
議会の隣に置かれるのは、24名で構成される市民評議会(Bürgerrat)です(第4条§1)。この24名は、自分たちで政策を議論して結論を出す役割ではありません。まず、社会の中で話し合うべきテーマを選びます。そのテーマごとに、新たに25〜50名の市民が抽選で選ばれ、市民集会(第3条§2)が開かれます。
市民集会では、参加者が専門家などから説明を受けながら議論を重ね、提案をまとめます。その提案は議会へ提出され、実際の審議の対象となります。市民評議会は、その提案が議会でどのように扱われたかを継続して確認する役割も担います[1][2][5]。
市民集会は2019年版の法律では年1〜3回と定められ、評議会のメンバーは6か月ごとに3分の1ずつ交代し、任期は18か月です。運営は常設事務局(第5条)が担います[1][2][5]。
各地でも
こうした制度は、ベルギーだけではありません。ブリュッセル首都圏議会は2019年12月13日、議会内部規則第135条を改正し、抽選で選ばれた市民4分の3と議員4分の1で構成する混合審議委員会を制度化しました。2024年初頭までに6回開催されています[6][7]。
パリ市も2021年10月、市議会決議に基づき、無作為に抽出した100名、任期12か月の常設市民会議を設置しました。2024年9月に始まった第3期の活動が続いています[8]。
こうした市民会議は、気候変動や都市計画など、特定のテーマについて市民が話し合い、行政や議会へ提案をまとめる取り組みとして世界各地で行われています。多くは一つのテーマを扱って役割を終える形式ですが、その中には、テーマを変えながら継続的に活動する制度もあります。
OECDデータベースを紹介した報告によれば、こうした市民による話し合いの取り組みは1979年から2023年までに733件収録されています[9]。
選挙を抽選で補う考え方は、以前から公刊物でも提案されてきました。ダーヴィッド・ヴァン・レイブルック(David Van Reybrouck)の『選挙制を疑う』(英題 Against Elections)[10]や、エレーヌ・ランデモア(Hélène Landemore)の『オープン・デモクラシー(Open Democracy)』(2020年)[11]がその例です。なお、ヴァン・レイブルックは、ベルギー・ドイツ語共同体(Ostbelgien)の市民評議会モデルの立ち上げにも関わっています。
制度になっても残ること
法律で制度になっていても、市民集会がまとめて議会へ提出する提案(勧告)には法的拘束力はありません。議会に課されているのは、その勧告を審議し、採用しない場合には理由を示すことです[12]。
運用にも課題が残っています。2019年の第1回抽選(市民評議会向け)では、1,000通の案内状に対し参加を承諾したのは115名で、承諾率は11.5%でした(事務局長アンナ・ストゥアース〈Anna Stuers〉の発言)[13]。ブリュッセルでは、1万通の招待に対する回答率は約8%と報告されています[14]。また、18か月の任期と年1〜3回の市民集会という当初の制度は、「厳格な運用が難しい」「作業量が大きい」とされ、2024年4月の法改正で、集会は立法期間中に最大5回へと見直されました[15]。
制度の成果を評価するための情報も十分ではありません。市民集会がまとめた提案(勧告)のうち、どの程度が議会で採用され、実施されたのかを示す公表データは確認できません。
市民会議そのものは世界各地で開かれていますが、多くは特定のテーマについて話し合い、その役割を終える一度限りの取り組みです。議会の隣に常設され、テーマを変えながら継続して活動する制度は、まだ多くありません。OECDが収録した733件の市民会議のうち、このような常設型に分類されるものは41件でした(2023年時点。2020年時点では22件)[9]。日本でも10を超える自治体で気候市民会議が開かれていますが、確認できる範囲では、常設かつ法定化された事例はありません[16]。
制度には、導入当初から懐疑的な意見もありました。ベルギー・ドイツ語共同体の少数政党Vivantは、制度を定める法律の採決過程で一部の条文に賛成せず、同党のミヒャエル・バルター(Michael Balter)議員は、議会が最終的に勧告を受け入れなくても制度は成り立ってしまうため、市民参加が形だけになるおそれがあると批判しています[5][13]。
研究者からもさまざまな議論が公表されています。クリスティーナ・ラフォン(Cristina Lafont)は、抽選で選ばれた少人数の市民に民主的な判断を委ねすぎることへの懸念を示しています[17]。ミヒャ・ゲルマン(Micha Germann)は、参加者の構成に偏りがあると制度の正統性に対する受け止め方が変わることを報告しました[18]。ジェームズ・パウ(James Pow)は、参加を辞退できる仕組みでは自己選択による偏りを避けられないことや、参加人数には限界があることを論じています[19]。
今回取り上げたのは、くじ引きで市民を選ぶ仕組みが、法律に基づく制度として実際に運用されているという事実です。まだ少数の事例にとどまりますが、代表をどのように選び、誰が議論に加わるのか。その手続きに、新しい選択肢が加わり始めています。
参考文献
[1] Parlament der Deutschsprachigen Gemeinschaft(PDG)「Parlament beschliesst Einführung eines permanenten Bürgerdialogs」2019年2月25日 https://pdg.be/desktopdefault.aspx/tabid-4008/7135_read-55888
[2] Küpper, G.「Permanenter Bürgerdialog und regionale Eliten in der Deutschsprachigen Gemeinschaft」PDG Schriftenreihe Band 17, 2022年 https://pdg.be/PortalData/34/Resources/dokumente/schriftenreihe/PDG_schriftenreihe_band17_online.pdf
[3] Macq, H. & Jacquet, V.「Institutionalising participatory and deliberative procedures: The origins of the first permanent citizens' assembly」European Journal of Political Research, 62(1), 2023年 https://doi.org/10.1111/1475-6765.12499
[4] Velghe, P., Bottin, J., Niessen, C., Gebauer, R., Sautter, A.-M. & Reuchamps, M.「The Ostbelgien Model: five years on」publicdeliberation.net, 2025年1月31日 https://www.publicdeliberation.net/the-ostbelgien-model-five-years-on/
[5] Niessen, C. & Reuchamps, M.「Der permanente Bürgerdialog in der Deutschsprachigen Gemeinschaft」Courrier hebdomadaire du CRISP, Nr. 2426-DE, 2019年 https://shs.cairn.info/revue-courrier-hebdomadaire-du-crisp-2019-21-page-5a
[6] Parlement de la Région de Bruxelles-Capitale「Commissions délibératives: l'innovation démocratique à la sauce bruxelloise」2024年2月 https://www.parlement.brussels/commissions-deliberatives-linnovation-democratique-a-sauce-bruxelloise/
[7] Vrydagh, J., Bottin, J., Reuchamps, M., Bouhon, F. & Devillers, S.「Les commissions délibératives entre parlementaires et citoyens tirés au sort au sein des assemblées bruxelloises」Courrier hebdomadaire du CRISP, n° 2492, 2021年 https://shs.cairn.info/revue-courrier-hebdomadaire-du-crisp-2021-7-page-5
[8] Ville de Paris「Assemblée citoyenne de Paris」 https://www.paris.fr/pages/assemblee-citoyenne-20187
[9] Mejia, M.「2023 Trends in Deliberative Democracy: OECD Database Update」Participo, Medium, 2023年12月15日 https://medium.com/participo/2023-trends-in-deliberative-democracy-oecd-database-update-c8802935f116
[10] Van Reybrouck, D.『Against Elections: The Case for Democracy』Bodley Head / Seven Stories Press, 2016年(蘭語原著2013年/邦訳『選挙制を疑う』岡﨑晴輝・ディミトリ・ヴァンオーヴェルベーク訳、法政大学出版局、2019年)
[11] Landemore, H.『Open Democracy: Reinventing Popular Rule for the Twenty-First Century』Princeton University Press, 2020年 https://press.princeton.edu/books/hardcover/9780691181998/open-democracy
[12] Pautsch, A.「Institutionalisierte Deliberation: Das „Ostbelgien-Modell" als rechtliche Blaupause」Verfassungsblog, 2025年5月15日 https://verfassungsblog.de/buergerraete_demokratie_belgien/
[13] Ostbelgien Direkt「Ständiger Bürgerdialog in der DG: Chance oder Farce?」2019年8月10日 https://ostbelgiendirekt.be/staendiger-buergerdialog-in-dg-221215
[14] participation.brussels「Cas pratique: les commissions délibératives du Parlement de la Région de Bruxelles-Capitale」 https://participation.brussels/outils/dispositifs-participatifs/deliberation-et-mini-publics-deliberatifs/cas-pratique-les-commissions-deliberatives-du-parlement-de-la-region-de-bruxelles-capitale
[15] Bürgerdialog Ostbelgien「Übersicht der Prozessänderungen」Anna Stuers, 2024年7月 https://static.buergerdialog.be/wp-content/uploads/bd-uebersichtderprozessaenderungenas20240701-3.pdf
[16] citizensassembly.jp「日本の気候市民会議」(科研費基盤研究(A)「気候民主主義の日本における可能性と課題に関する研究」JP23H00526) https://citizensassembly.jp/project/cd_kaken/jp-list
[17] Lafont, C.『Democracy without Shortcuts: A Participatory Conception of Deliberative Democracy』Oxford University Press, 2019年
[18] Germann, M.「Mini-Publics, (Lack of) Representativeness, and Legitimacy Beliefs」British Journal of Political Science, 55: e11, 2025年 https://doi.org/10.1017/S0007123424000322
[19] Pow, J.「Mini-Publics and the Wider Public: The Perceived Legitimacy of Randomly Selecting Citizen Representatives」Representation, 59(1), 13–32, 2023年(オンライン先行公開2021年) https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/00344893.2021.1880470
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