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まだ生まれていない人の利益は、誰が守るのか - 弱いシグナルを読む vol.8

―将来世代の福祉法―

2015年4月29日、ウェールズで一本の法律が国王裁可を受けました。この法律は、公共機関に将来世代への影響を考慮することを求めるとともに、その役割を担う専任の公職として「将来世代コミッショナー」を設けました。担当するのは、まだ生まれていない人たちの利益です。

まだ存在しない人の利益を、現在の社会はどのように扱えばよいのでしょうか。その問いに対して、理念ではなく制度という形で向き合おうとした地域があります。この公職は、いまもウェールズで続いています。


「弱いシグナルを読むシリーズ」では、世界のどこかで現れ始めた小さな変化を手がかりに、その背景にある問いを探っていきます。



制度は、こうして始まった

法律の正式名称は「Well-being of Future Generations (Wales) Act 2015」です。国王裁可は2015年4月29日ですが、施行は段階的に進められました。将来世代コミッショナーに関する一般的な規定は2016年2月1日、公共機関に課される主要な義務は同年4月1日に効力を持っています[1]。

この法律は、第3条で公共機関に対し、それぞれがウェルビーイング目標を定めて公表し、その達成に向けて合理的な措置を講じることを求めています[1]。さらに、第3部ではウェールズ将来世代コミッショナーと、その諮問パネルの設置を定めました[1]。

初代コミッショナーには、2016年2月にソフィー・ハウ(Sophie Howe)氏が就任しました。その後、2022年12月にウェールズ政府が後任としてデレク・ウォーカー(Derek Walker)氏を発表し、2023年初頭から職務を担っています[2]。


広がる、さまざまな試み

ウェールズ以外でも、将来世代を現在の政策へ反映しようとする取り組みが見られます。

ハンガリーでは、2008年に議会の将来世代コミッショナー事務所が設立され、同年5月26日、シャーンドル・フュロップ(Sándor Fülöp)氏が6年任期のコミッショナーに選出されました[3]。その後、2012年に統一オンブズマン制度が発足すると、この職は基本権擁護官の下に置かれる副コミッショナーへ再編されました。独立した将来世代コミッショナーは、それ以降は置かれていません[4]。

国際的にも動きがあります。2024年9月、国連の未来サミットでは、「将来世代に関する宣言」が採択されました。これは「将来のための協定」の附属書IIとして、投票によらず採択されたもので、決議番号はA/RES/79/1です[5][6]。

日本でも、将来世代の視点を政策へ取り入れようとする実践が続いています。2015年度には、岩手県矢巾町で、町民を現世代と「仮想将来世代」のグループに分け、地方創生プランを討議する取り組みが大阪大学との連携で行われました。その後も公共施設管理や総合計画、都市計画マスタープランの評価などへ応用され、吹田市、京都市、水戸市などにも広がっています[7]。

ただし、ウェールズとは制度の位置づけが異なります。矢巾町は2019年に「未来戦略室」(現・未来戦略課)を設けていますが、これは自治体内部の政策企画部署であり、法律にもとづく独立した公職ではありません。フューチャー・デザインは、公職を設ける制度ではなく、将来世代の視点を政策へ取り入れるための討議手法です[7]。


制度の届くところ、届かないところ

将来世代コミッショナーは、実際には、どのような役割を担い、どこまで機能しているのでしょうか。

ウェールズのコミッショナーは、公共機関の取り組みをレビューし、勧告を行う権限を持っています。公共機関は、その勧告に従うためのあらゆる合理的な措置を講じる義務を負いますが、従わない正当な理由がある場合や、代替となる措置を決めた場合は、その理由を公表したうえで勧告に従わないことも認められています。法律には、拒否権や差止権を与える条文はありません[1]。

国連でも課題が残っています。「将来世代に関する宣言」は、事務総長による将来世代担当特使の任命提案に留意するとしていますが、国連の進捗トラッカーによれば、職務権限書と予算案の準備は完了している一方、任命そのものは国連改革と財政状況を理由に、一時的に保留とされています(2026年7月時点)[8]。

制度が継続されるとは限りません。イスラエルでは、2001年のクネセト法改正により将来世代委員会が設けられ、同年末から活動しました。しかし、2006年に初代コミッショナーの任期が満了した後、後任は任命されず、活動は停止しました。その後、2010年12月に制度は正式に廃止されています[9]。

ウェールズでも、制度の運用は発展途上です。法定監査機関であるAudit Walesは、2025年4月29日に公表した報告書『No time to lose』で、法制定から10年を経て制度の存在感は高まったものの、本来期待されていたシステム全体の変革を牽引するには至っていないと総括しています[10]。

制度設計そのものについても議論があります。デニス・F・トンプソン(Dennis F. Thompson)氏は2010年の論文で、将来世代を代表する非選出機関は、説明責任を負わないことと、代表する対象と代表者の性質が異なることという、二重の正統性の問題に直面すると論じています[11]。また、グラハム・スミス(Graham Smith)氏は2020年の論文で、イスラエル、ハンガリー、ウェールズの事例を比較し、非選出機関が政府や立法を制約することの正当性、一人のコミッショナーが多様な将来世代の利害を代表できるのかという問題、そして制度そのものが政治的に不安定になりやすいことを課題として挙げています[12]。


未来の人の声は、誰が届けるのか

まだ存在しない人の利益を、誰がどのように代表できるのでしょうか。

勧告はできても、法的に止める権限はありません。そのような制度で、将来世代の利益を十分に守ることはできるのでしょうか。

将来世代を代表する制度は、ある国では続き、ある国では廃止されました。その違いを分けたものは、何だったのでしょうか。

まだ生まれていない人には、選挙権もありません。その人たちの利益を、現在の社会では誰が守るのでしょうか。


参考文献
[1] National Assembly for Wales / legislation.gov.uk『Well-being of Future Generations (Wales) Act 2015 (2015 anaw 2)』2015 https://www.legislation.gov.uk/anaw/2015/2/contents
[2] Welsh Government (GOV.WALES) / First Minister Mark Drakeford『Written Statement: Future Generations Commissioner for Wales』7 December 2022 https://www.gov.wales/written-statement-future-generations-commissioner-wales
[3] Sándor Fülöp / Parliamentary Commissioner for Future Generations of Hungary『Comprehensive Summary of the Report of the Parliamentary Commissioner for Future Generations of Hungary 2008-2009』Budapest, 2010 https://www.theioi.org/downloads/5elqn/Europe_Hungary_Parliamentary Commissioner for Future Generations_Annual Report_2009_English.pdf
[4] Equinet『Office of the Commissioner for Fundamental Rights – Hungary』 https://equineteurope.org/author/hungary_commissioner/
[5] United Nations『Declaration on Future Generations』(Annex II to the Pact for the Future) 22–23 September 2024 https://www.un.org/pact-for-the-future/en/annex-ii-declaration-future-generations
[6] United Nations Digital Library『The Pact for the Future: resolution / adopted by the General Assembly (A/RES/79/1)』2024 https://digitallibrary.un.org/record/4061879
[7] 大阪大学大学院工学研究科テクノアリーナ最先端研究拠点『フューチャー・デザイン革新拠点 実践実例』 https://www.cfi.eng.osaka-u.ac.jp/fd-research/practices.html
[8] United Nations, Pact for the Future進捗トラッカー『Paragraph 32(a)』(2026年7月時点アクセス) https://www.un.org/pact-for-the-future/en/paragraph-32a
[9] Naama Teschner / Knesset Research and Information Center『Official Bodies that Deal With the Needs of Future Generations and Sustainable Development - Comparative Review』30 April 2013 https://m.knesset.gov.il/EN/activity/mmm/me03194.pdf
[10] Audit Wales『No time to lose: Lessons from our work under the Well-being of Future Generations Act』29 April 2025 https://www.audit.wales/publication/no-time-lose-lessons-our-work-under-well-being-future-generations-act
[11] Dennis F. Thompson, "Representing Future Generations: Political Presentism and Democratic Trusteeship," Critical Review of International Social and Political Philosophy, 13(1), 17-37, 2010 https://dash.harvard.edu/handle/1/9464286
[12] Graham Smith, "Enhancing the Legitimacy of Offices for Future Generations: The Case for Public Participation," Political Studies, 68(4), 996-1013, 2020(著者公開版・WestminsterResearch) https://westminsterresearch.westminster.ac.uk/item/qz167/enhancing-the-legitimacy-of-offices-for-future-generations-the-case-for-public-participation

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