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見慣れた景色が違って見えたら──違和感に、ひとつ説明を与えてみる

川沿いの遊歩道を歩いています。何度も歩いてきた道なので、景色は見慣れています。風も穏やかで、人もまばらです。

橋まで来たところで、ふと足が止まりました。

川はいつもどおり流れています。鳥もいて、岸辺の景色も変わりません。それでも今日は、水の流れが少し違って見えました。

風の向きでしょうか。光の加減でしょうか。それとも、見間違いだったのでしょうか。もう一度眺めてみても、何が違うのかはうまく言葉にできません。

そうした違和感の多くは、「気のせいだった」と、そのまま通り過ぎていきます。それでも今日は、なぜかその場を離れる気になれませんでした。



見慣れた景色が、少しだけ違って見えるとき

こうした違和感は、特別な場面だけで起きるものではありません。

仕事でも、暮らしの中でも、「何かがおかしい」と感じる瞬間があります。研究者が実験結果を見直すときもあれば、職人が金属を打つ音に耳を止めるときもあります。編集者が原稿の一文で手を止めることもあれば、会議資料の数字にふと目が留まることもあります。

何か大きな出来事が起きたわけではありません。ただ、「こうなるはずだ」と思っていた見方と、目の前で起きていることが少しだけ食い違った。それだけのことです。

こうした違和感は、多くの場合、「気のせいだろう」と受け流されます。それは自然な反応です。実際、ほとんどは見間違いや思い違いで終わります。

それでも、ときには、その小さな違和感をそのままにしなかったことが、大きな発見につながることがあります。


違和感を、そのままにしなかった

1895年11月、ドイツのヴュルツブルク大学。物理学者ヴィルヘルム・レントゲン(Wilhelm Conrad Röntgen)は、陰極線管を使った放電の実験を重ねていました。管は黒い厚紙で覆われていたにもかかわらず、その日、約2メートル離れた場所に置いてあったバリウム白金シアン化物を塗った紙が光っていることに気づきます[1][2]。

その場所は、本来なら光るはずがありません。この出来事は、レントゲンがそれまでの実験を通して身につけてきた「こういう条件なら、こうなるはずだ」という見方では説明できないものでした。

科学史家トマス・クーン(Thomas S. Kuhn)は、このように、それまでの見方では予期できなかった出来事を「アノマリー(Anomaly)」と呼びました[1]。

レントゲンは、この光を装置の不具合として片付けませんでした。「これは何だろう」という問いを手放さず、七週間にわたって実験を続けます。光は陰極線管から届いていること、物体の影を作ること、磁石を近づけても進む向きが変わらないことを、一つずつ確かめていきました[1]。

同じような現象に触れながら、そのまま通り過ぎた研究者がいたことも知られています[1]。目の前に現れた出来事は、ほぼ同じでした。それを偶然の出来事として通り過ぎたか、それとも説明のつかない出来事として向き合ったか、その違いでした。


説明できない事実は、何を変えるのか

時代は下って1964年、アメリカ・ニュージャージー州のベル研究所。電波天文学者アルノ・ペンジアス(Arno Penzias)とロバート・ウィルソン(Robert Wilson)は、衛星通信用に開発されたホーン型アンテナを使い、天体から届く電波を観測していました。ところが、アンテナをどの方角へ向けても、「サー」という原因不明のノイズが消えませんでした[3]。

人為的な電波干渉を疑ってニューヨークの方向へ向けても、電子回路を点検しても、ノイズは残ったままでした。アンテナの中に巣を作っていた鳩を追い出し、堆積していた糞を取り除いても、状況は変わりませんでした[3]。

ここでも、レントゲンのときと同じことが起きていました。目の前には説明のつかない事実があります。しかし、その事実だけでは、まだ何も分かりません。

そこで二人は、自分たちだけで答えを出そうとはせず、この現象を説明できそうな研究者を探しました。同じ頃、プリンストン大学では、ロバート・ディッケ(Robert Dicke)らのグループが、宇宙が誕生した直後の熱の名残が、いまも電波として観測できるはずだという仮説を立て、その検出を試みていました[4]。

説明のつかない事実と、それを最もよく説明できる仮説が結びついたとき、消えなかったノイズは「宇宙背景放射」として理解されるようになります。目の前の出来事が初めて意味を持ったのは、新しい事実が加わったからではありません。その事実を最もよく説明できる仮説と結び付いたからでした[4][5]。

哲学者チャールズ・サンダース・パース(Charles Sanders Peirce)は、このように、目の前の事実を最もよく説明できる仮説を思い描く推論を「アブダクション(仮説形成)」と呼びました[6]。これは、思いつきを並べることではありません。これまでに得た知識や経験を手掛かりにしながら、その事実を最も自然に説明できる仮説を選び出すことです[6]。


違和感に、ひとつ説明を与えてみる

レントゲンは光るはずのない場所が光るのを見ました。ペンジアスとウィルソンは、消えるはずのノイズが消えないことに気付きました。どちらも最初にあったのは、いつもと違うという事実です。そこから、その違いを説明できる理由を探すことが始まりました。

日常でも、同じような場面があります。

いつもの公園を歩いていると、一本の紅葉だけが時季外れに色づいていることに気付きます。毎日のように見ている風景なので、それまでは気付きませんでした。それでも、あるとき、ふと、「そういえば、この木は数年前までは秋に色づいていたな」という記憶と重なったとき、いつもとは違う景色が浮かび上がります。

この時点では、何が起きているのかは分かりません。暑さや水不足の影響かもしれません。病気や害虫のせいかもしれません。周囲とは違う土壌や水分条件になったのかもしれません。

大切なのは、すぐに答えを出すことではありません。「この景色を説明できるとしたら、どんな理由が考えられるだろう」と考え、その時点でいちばん筋が通りそうな説明を、一つだけ選んでみます。すると、「まず何から確かめればよいのか」が見えてきます。


間違いは、次の問いを残す

仮に置いた説明は、外れることの方が多いものです。ペンジアスとウィルソンも、最初から宇宙背景放射だと分かっていたわけではありません。装置の異常や地上からの電波干渉を疑い、アンテナに巣を作っていた鳩まで追い出しました。それでもノイズは消えませんでした[3]。

しかし、仮説が外れたからといって、何も得られなかったわけではありません。「この説明ではなかった」と分かるたびに、考えられる理由は少しずつ絞られていきます。外れた仮説もまた、次に何を考え、何を確かめるべきかを教えてくれます。

仮説とは、最初から正解を当てるためのものではありません。違和感を問いへ変え、その問いを一歩ずつ前へ進めるための足場なのです。


参考文献
[1] クーン、トマス・S.『科学革命の構造 新版』青木薫訳、みすず書房、2023年
[2] Nobel Prize Outreach. "Wilhelm Conrad Röntgen – Biographical." NobelPrize.org https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1901/rontgen/biographical/
[3] Kosowsky, A. "The Cosmic Microwave Background." NASA/IPAC Extragalactic Database https://ned.ipac.caltech.edu/level5/Kosowsky2/Kosowsky2.html
[4] Dicke, R. H., Peebles, P. J. E., Roll, P. G., Wilkinson, D. T. "Cosmic Black-Body Radiation." The Astrophysical Journal 142 (1965): 414–419
[5] Penzias, A. A., Wilson, R. W. "A Measurement of Excess Antenna Temperature at 4080 Mc/s." The Astrophysical Journal 142 (1965): 419–421
[6] 米盛裕二『アブダクション 仮説と発見の論理』勁草書房、2007年(新装版2024年)

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