僕がつま恋で見た、未来のトップドライバーたち
昔、つま恋で全日本カート選手権が開催される少し前のことです。
僕は全日本選手権に出場するわけではありませんでしたが、スーパーリードクラスのカートで練習をしていました。
当時のつま恋には、全日本を走る選手たちも練習に来ていました。
その中にいたのが、当時ヤマハワークスのドライバーだった高井美豪選手と山内英輝選手です。
高井選手はFAクラス、山内選手はICAクラスを走っていました。
そこへ松下昌揮選手がやって来ました。
高井選手と山内選手は松下選手の姿を見つけると、
「おう、久しぶり」
という感じで声を掛け合い、再会を喜んでいました。
僕はその光景をすぐ近くで見ていました。
当時は、速いカートドライバー同士が久しぶりに会って話している、何気ない場面だと思っていました。
しかし今になって振り返ると、高井美豪選手、山内英輝選手、松下昌揮選手という、後に四輪レースでも活躍する3人が一緒にいたわけです。
今なら写真を撮りたくなるような貴重なスリーショットですが、残念ながら写真はありません。
それでも、あのときの光景は僕の記憶の中にはっきり残っています。
なぜかFAよりICAのほうが速かった
当時、不思議に感じたことがありました。
上位カテゴリーという印象のあるFAクラスよりも、ICAクラスのほうが速く見えたのです。
僕の記憶では、タイヤの違いが大きかったのではないかと思います。
ICAクラスはダンロップ製、FAクラスはブリヂストン製のタイヤを使用していました。
どちらもレーシングカート用のハイグリップタイヤです。
ただし、同じハイグリップタイヤでも、メーカーや銘柄によってグリップの出方、温まり方、たわみ方などの特性は異なります。
エンジン特性や車体との相性、路面温度、コースコンディションなど、さまざまな要素も関係します。
その日のつま恋では、ダンロップ製タイヤを履いたICAの山内選手のほうが、ブリヂストン製タイヤを履いたFAの高井選手より明らかに速く見えました。
高井選手と山内選手は、お互いに前後を入れ替えながら、つるんで走っていました。
全日本トップクラスの選手同士が、カテゴリーの違うマシンで一緒に走る。
近くで見ていた僕にとっては、それだけでもかなり刺激的な光景でした。
山内選手のチャンバーが脱落
そんな練習走行中、ちょっとした事件が起きました。
メカニックの取り付けミスだったのか、山内選手のカートから、走行中にチャンバーが脱落してしまったのです。
チャンバーとは、2ストロークエンジンの性能を大きく左右する排気管です。
カートのチャンバーは走行中、かなりの高温になります。
山内選手はカートを止めると、落ちたチャンバーを慌てて回収しようとしました。
しかし、反射的に持った瞬間、
「熱っ!」
となったのでしょう。
想像以上に熱かったらしく、チャンバーを持ったまま、かなりあたふたしていました。
世界を目指すような速いドライバーでも、熱いものを触れば普通に慌てます。
その姿を近くで見ていた松下選手も、何ともいえないリアクションをしていました。
心配しながらも、少し笑ってしまいそうな空気だったのかもしれません。
レースの結果表には、こういう場面は残りません。
誰が何位だったのか。
誰が一番速いタイムを出したのか。
記録に残るのは、基本的にはそうした数字です。
しかし、実際のサーキットには、数字には残らない場面がたくさんあります。
久しぶりに会った選手同士が笑顔で声を掛け合う。
カテゴリーの違う選手が一緒に走る。
チャンバーが外れて、トップドライバーが熱さに慌てる。
それを仲間が横で見ている。
僕が覚えているのは、そういう人間らしい光景です。
僕も同じ場所を走っていた
僕はそのとき、全日本選手権に出る選手ではありませんでした。
スーパーリードクラスのカートで、自分なりに練習をしていました。
高井選手や山内選手たちとは、歩んでいる道もカテゴリーも違いました。
それでも、同じ日に、同じつま恋というコースにいて、同じエンジン音や排気ガスの匂いを感じていました。
観客席から遠くの有名選手を眺めていたのではありません。
僕自身もレーシングスーツを着て、カートに乗り、彼らが走る場所のすぐ近くにいました。
今思うと、それはとてもぜいたくな時間でした。
当時は、目の前の練習や自分のタイムのことで精いっぱいでした。
だから、その場面がどれほど貴重なものなのか、深く考えていませんでした。
高井美豪選手。
山内英輝選手。
松下昌揮選手。
後に四輪へ進んでいく3人が、つま恋で再会を喜び、一緒に走り、落ちたチャンバーをめぐって笑い合っていた。
僕はその光景を、すぐ近くで見ていました。
写真は残っていません。
映像もありません。
けれど、エンジン音やチャンバーの熱さに慌てる山内選手の姿、そしてそれを見ていた松下選手の反応は、今でも記憶の中に残っています。
モータースポーツの思い出は、優勝や表彰台だけではありません。
何気ない練習日の一場面が、何十年もたってから、かけがえのない記憶になることもあります。
あの日の僕は、未来のトップドライバーたちの貴重な一場面を目撃していました。
そして僕自身も、その同じ場所でカートを走らせていたのです。
