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砂時計

親知らずを抜いた。その時、隣の歯が虫歯である事を知らされ、治療をしてもらった。ただ、その歯が根っこからひび割れているそうで、虫歯が浸食しているらしい。その為、その場で、その歯も抜くことになった。親知らずではない、本来、あるべき歯が無くなる事。これは身体的なショックよりも、精神的なショックの方が大きい。初めての喪失だ。そして、僕は人よりも歯が1本少ない。ちゃんとした人間ではないような事実を突き付けられ、無くなった歯の跡を舌で探る。こうやって、1本1本、歯が駄目になり、また治療費が増えていく将来が恐怖となる。目は眼鏡を掛ければ良い、だが失った歯はどうすればいい?行く当てのない、やるせなさが一晩中、僕を覆う。

週末にTOPIKIIの試験を受けた。3級を目指して、今年4月から勉強を始めていた。まずは初級の文法や単語を学び、基礎の徹底を図った。そのおかげで、文章を読んでも、ある程度の意味は推測できるようになった。4級の試験も合格点を越えるレベルになったが、3級からは中級レベルとして、筆記が加わり、設問自体も異なる。そして致命的なのが、スピードだ。時間を掛ければ、正解を導き出せるものの、設問を読むスピードが遅く、間に合わない。それでも、事前の模擬試験的に受けたテストでは、ギリギリ合格するラインにまで達していた。

しかし、本試験で、リスニング、筆記を終え、迎えた読解のパートで問題が起きる。何が書かれているか分からないのだ。諦めムードが漂う。問題も設問も精読しなければ、理解できない。だが、そんな事をしている時間は無い。そうして、僕は全てのマークを埋めるだけ埋めて、最後の1,2分は何もしない時間が初めて生まれた。項目の中でも、まだ得意だった読解問題で躓いた僕は、自信を無くし、韓国語に対する熱意も冷めようとしていた。受験会場を出て、何が今回の敗因なのかを思考する。スピード、語彙力、文法と全て不足していた…ふと我に返る。何のために韓国語をやってるんだっけ?そういえば、韓国が好きで、現地で会話できるようになりたい、もっと韓国の文化を知りたいから韓国語のままでコンテンツを理解できるようになりたい、そんな風に思っていたんだっけか。試験はきっかけであり目的ではない。またそんなことに気付かされる。と同時に僕は、受験会場で紹介されていた会話力基礎の申し込みページを眺めている。うまい商売にのせら れているような気がするが、試験勉強ばかりやっていて、会話なんてこれっぽっちもできない。理解力を鍛える為に引き続き、試験勉強はしようと思う。だが、それよりも韓国語を僕の一部にできるように目指そうと思った。

昨晩、ノルウェー出身のシグリッドのライブに行った。コロナ前後だろうか、その当時見ていたヒットチャートで流れていたと思う。明らかに当時の主流の音楽とは異なるメロディーや歌声に惹かれ、いつかライブに行きたいと思っていた。フェスにも訪れていたらしいが、都合が合わず、やっと聴ける機会がやってきた。ライブハウスに少し遅れて入場、1曲目のサビが流れていた。あの歌声だ。観客の隙間を抜け、ステージが見える位置まで移動した。普段、僕が好きになる歌声は、少し声帯を閉ざした張りのある声なのだが、彼女は異なる。体中から発せられる声は力強く、伸びがあって、透き通っている。そして、なぜか聴いた後、力が湧る。自分の好みや傾向は理解しているし、だいたい同じものに興味が湧く。だが、こうして生きていると違う自分にも出会えることがある。そして、どうして、これに興味があるのか、また思考を巡らせている。まだ見ぬ、知らず知らず所有していた物を数えらえれるよう旅を続けねばならない。

歯を抜くということは自分の所有物を失う事であり、言葉を学ぶということは自分の所有物を増やす事だ。これからも、失うもの以上に、増やすものであふれた毎日を。

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