筋モンかカタギか
よく分からん怪しいオッサンが居た。
20代前半、俺が水商売をやってた頃の話し。
突然その街の飲み屋界隈に現れた羽振りのいいオッサン。
最初は知り合いのスナックのママと一緒に来た記憶がある。
うちの店の客は基本同業者、その同業のママやスタッフが連れて来た一般客しか居ないので一見さんが入って来れるような店じゃなかった。
看板も目立つとこに出してない怪しさ満点の店構えだったしね。
初見で入ろうなんてやつはまず居なかった。
もちろんボッタクリでもなんでもない良心的な店なんだけど(笑)
だから基本的に変な客はまず居ないし来ても入れなかった。
商売柄、所謂反社との繋がりはあったけどそういう人は入れなかった。
マスターがきちんとした人で筋が通った人だったから相手も理解してるし変な嫌がらせも皆無だった。
そんな中知り合いのママが突然連れて来たどう見ても堅気に見えない怪しい客。
マスターも最初は警戒しつつも長年の経験から大丈夫そうな雰囲気を悟っていた。
短髪オールバック、金の喜平ネックレスに白パン、シャツは胸元までボタンを開けてワイルドな胸毛がはみ出していた。
そんな風貌なのに声は小さくて物腰も柔らか。
逆に怖かった。
スナックのママとお姉ちゃん達に「アニキ」。
そう呼ばれていた。
だから俺もそう呼んだ。
ウチの店には所謂アフターで来てくれた。
お姉ちゃんの店で散々金使ってからそのお店のママ、スタッフを引き連れて好きなだけ飲み食いさせて帰り際にはお姉ちゃん達にタクシー代としてチップを渡す。
バブル真っ只中の日本からタイムスリップして来た様な羽振りの良さだった。
でも正直、そんな客はいくらでも居た。
不動産屋の社長、IT系の社長、政治家、経営者。
そういった類いの人らはみんなそんな飲み方だった。
若い頃から遊び慣れてる、遊び方を分かっている。
豪快に飲んでお姉ちゃん達にはタクシー代を渡して綺麗に帰る。
羽振りのいい客はそれなりに土台がしっかりしてるしそれなりのポジションの人しかいない。
キャバクラや安いガールズバー、スナックでお姉ちゃんを口説いて持ち帰ろうなんて下心丸出しの猿とは当たり前だがレベルが違う。
ただ1つ言えるのは急に現れた羽振りがいい客はすぐ消える。
水商売の共通認識の1つだった。
だから使えるうちに絞り取るという考えの店も多かった。
現にその噂を聞きつけた店のママがさりげなく近付き自分の店に誘い込むという事もしてた。
もちろん水商売で他人のフィールド(他の人の店)で自分の店に来るよう無理矢理促すのはNG。
あくまで客本人が自分から行きたいというテイが必要。
だから同業者同士の営業というのはあくまで客として飲みに行ってたまたま居合わせた客と流れで自分の店に行くことになったという風にしなきゃならない。
顔見知りの客と他の店で鉢合わせたら次の店はそこに行かなきゃなと思わせる様に流れを作る。
それが水商売の営業だった。
もちろん店同士はそれを理解してるからお互いの店に飲みに行く。
持ちつ持たれつというのが小さなコミュニティで長く続く秘訣だった。
客の中にもそれを理解してる人は居る。
前途述べた飲み慣れた客。
そういう客はその店の閉店後、その日居たスタッフを全員引き連れて来てくれる。
アニキもどっちかと言うとそっち側の人間だった。
お姉ちゃんに下心を出す事も無く、ただみんなで飲んでるこの場が楽しい、楽しいから金に糸目付けない。
話しが逸れたがそういう客はすぐ消えるというのには色んな理由がある。
遊び慣れてない人間が夜の世界にハマってしまい有り金注ぎ込むパターン。
急な臨時収入が入り派手な使いた方をするパターン。
悪銭掴んで遊び回るパターン。など…
どんな理由にせよ全て後が無いパターンだ。
そして歯止めを自らかけれないという共通点。
アニキが謎だったのはそういったパターンに当てはまる部分とそうじゃない部分が混在していた。
そういう連中は半年ないし持って数ヶ月で消える。
だがアニキはそんな飲み方を1年以上続けていた。
だからこの人は何やってるか謎だけどそれなりに上手いこと事業をやってる人なんだなぁと思っていた。
アニキの大盤振る舞いはまだまだ続く。
ある日いつもの様に飲みに来たアニキは近所のスナックの若いママと別のスナックのチーママを連れてやって来た。
いつもの様に俺は席に着いて接客をしてると話の流れで熱海に旅行に行こうという話しになった。
大体そういう話しは社交辞令だったり実現せずうやむやになるがアニキはその場で宿を抑えた。
そうなると後に引けない…
俺は乗り気じゃなかったけどマスターの許可も出たので次の週急遽旅行に行くことになった。
まぁアニキならいいかって心の中で誰もが思ったから実現したのかもしれない。
そういう謎の信頼もあった。
そうして俺とアニキとスナックのお姉ちゃん2人、4人での謎の旅が決まった。
アニキが抑えた旅館は高級な旅館で部屋ももちろん男女分けてデカい部屋を2つ取っていた。
そして男女混合の旅なのにスパコンまで手配しバカみたいに金にものをいわせ高級な舟盛りやらなんやら盛大かつ下品な(笑)宴だった。
呼ばれたコンパニオンも戸惑って居たがアニキは今日はいつもの仕事の感じは忘れて一緒に楽しんでくれと言って安心させていた。
まぁそんなシステムも暗黙の了解でOKにしてる旅館だから怪しさ満点だったが案の定、数年後ニュースで裏社会の組織に金を回していたとして摘発され廃業していた。
1度だけ仕事にまつわる話しをした。
名古屋でライブハウスを買ったから大ちゃんライブやりなよ。
もちろんギャラも存分に出すよ。
その話しだけは乗らなかった。
オーナーになったとて素人が運営するライブハウスでなんて恐ろしくてやりたくない。
そこから何度か飲みに来てその話しをしてたが
案の定経営は上手くいってない様子だった。
それから暫くしてパッタリと来なくなった。
遂にアニキも底尽きたか。
ライブハウスの経営がきっかけでは無いだろうが他の事業で失敗したか?
何か大きな負債を抱えたか?
まぁそれでもかなり長い間豪快に遊びまくってたなぁ…
周りの人もだんだんそういう思い出話しになっていった。
俺は25歳で水商売から足を洗った。
理由は不景気で客足が遠のき給料もまともに出ない日があったのと体力的にキツくもなっていた。
いくら20代半ばと言えど人間の健康的な生き方に逆らった生活には限界があった。
もちろんそこで生き続ける人も居るし、それに対してリスペクトしかない。
昼の生活になり俺は夜の世界から遠ざかった。
数年後店の周年イベントがあったので久しぶりに顔を出した。
そこでマスターがこんな話しをした。
「そう言えばアニキ覚えてる?急に店に知らない人が来てさ、こういう人知りませんか?ってアニキの写真見せられたんだよね。」
お尋ね者になっていた。
人間、欲のままに生きているといつか足元をすくわれる。
いい教訓になった。
水商売をやって良かった事は良くも悪くも色んな人間を見れるし色んな人生を見れる。
ある人間の絶頂から絶望に落ちてく過程も見た。
人間の欲や闇を垣間見る事でその心理を理解出来る様になる。
見たくない、見なくていい物も沢山見てきたけどその度に勉強にはなった。
人間不信にもなるけど信用出来る人間を見極める目も養えた。
そんな経験をしても冷めた人間にならなかったのはマスターのおかげである。
全てを見透かしてるのにバカのフリをしてまでも義理を通す。
例え相手が騙そうとしてても、不義理を働いても、メリットが皆無でも。
相手の本心、本質に目を向け受け入れる。
ホント漢の中の漢って感じだった。
筋を通さない奴にも筋を通す器のデカイ人だった。
