『一等賞はあいつか⁉︎』/忘年会のプレゼント抽選会でいよいよ一等当選者の発表。しかし、誰も名乗りでない。「ひょっとして、当選したのはあいつじゃないか?」 しかし、誰も「あいつ」を見た者がいなくて……(Opus No.192)
ホテル三階の宴会場は、年末の熱気に包まれていた。
丸テーブルが十数卓、中央には景品の山。
司会のマイクが軽快に響く。
部長の開会挨拶は、例年どおり簡潔だった。
「一年終わってみると、誰が会社を支えてるのか……よくわからんね」
その言葉が、のちに妙な意味を帯びるとは誰も思っていなかった。
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抽選会は順調に進んだ。
景品が減るたび歓声が上がり、酒が運ばれ、笑い声が重なった。
ただ──ひとつの席だけ、最初から最後まで、妙に完璧な空席だった。
そして、いよいよ一等賞。
司会が胸を張って番号を読み上げた。
「それでは、一等賞の当選番号は──こちら!」
会場が静まり返る。
だが、誰も手を挙げない。
「……え?」
司会の声が裏返った。
互いの顔を見合わせる社員たち。
沈黙が耐え切れず、ぽつりと声が落ちた。
「いや……あいつじゃないか?」
その言葉を皮切りに、あちこちのテーブルでざわめきが起きた。
「そうそう、あいつだよ。いつも端のほうに……」
「え、でも名前は?」
「名前? いや、顔は覚えてるだろ?」
「どんな顔だっけ?」
「だからほら、あの……なんか、普通の顔」
私は宴会記録のために簡単なメモを取っていたが、“普通の顔”という表現は記録にならない。
総務の若手・小泉が立ち上がった。
「名簿確認します!」
彼はホテルの受付に駆け寄り、戻ってきた。
「……いません」
「いない?」
「名簿に載ってません」
「いやいや、そんなはずない。毎朝見てるよ」
「俺も!」
「私も!」
証言は次々に現れるが、互いに裏づけになっていない。
「じゃあ部署は?」
「営業じゃない?」
「営業は“広報の補助”だと言ってるぞ」
「広報は“総務のほうだと思う”って」
「いやいや、だからその総務にいないって!」
会話は噛み合わず、むしろ混乱だけが増していった。
小泉がさらに調べた。
「勤怠ログ、今日どころか三ヶ月ありません!」
「じゃあ無断欠勤じゃん!」
「でも俺、この前ランチ会で隣だったぞ?」
「いや、それ別の人じゃ……」
「いやいやいや、絶対あいつだって!」
ときどき、ホテルスタッフが不安そうに眺めているのが見えた。
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やがて、AIが証言を統合し、スクリーンに“顔”が映し出された。
「……あ!これこれ!こんな顔!」
会場が湧いた。
まるで実在の人物を取り戻したかのように。
だが、別の社員が呟く。
「こんな顔……だったかな?」
沈黙が落ちる。
記憶がゆらぎ始めた。
「声……どんなだった?」
「そういえば、聞いたことないな」
「いつ入社したんだっけ?」
「いや、知らんけど……いる、よな?」
司会が苦しげにマイクを握った。
「……では。一等賞は、該当者なし、ということで……」
宴会場の熱気が霧散し、重たい空気が降りた。
「俺たち、誰を探してたんだ?」
「確かにいたよな?なんで思い出せないんだ?」
「存在って……こんなふうに消えるのか……?」
テーブルごとに虚無的な会話が広がっていく。
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そのときだった。
静まり返った会場の扉が、ゆっくり開いた。
温かい空気がわずかに流れ込み、一瞬だけ照明が揺れた。
立っていたのは──
先ほどAIが再構成した顔と、まったく同じ相貌の男だった。
「すみません、遅れました」
空気が裂けたような沈黙。
小泉が震える声で聞く。
「……あ、あの……あなた、どなたですか?」
男はゆっくり会場を見渡し、軽く首をかしげた。
そして、静かに言った。
「それをお聞きしたいのは、僕のほうです。あなたたち……本当に、実在しているんですか?」
会場中の社員たちが互いの肩を触り合い、自分の輪郭を確認し始めた。
男はステージに上がり、一等賞の旅行券を当然のように手に取ると、
軽く会釈し、扉の向こうへ消えた。
ホテルスタッフだけが、ぽつりと呟いた。
「……やっぱり、受付名簿にはいらっしゃいませんでした」
宴会場には、一席だけ妙にきれいな空席が残った。
そこには、誰かが座っていたような、最初から誰も座っていなかったような──
曖昧な影だけが落ちていた。
【糸冬】
