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【2002年記憶の旅】(30) 🇹🇷サフランボル〜シルクロードの面影が残るオスマン朝の旧市街

2000年以上前のペルガモン王国の栄華を満喫した私は、バスに乗ってオスマン朝の街並みが残る街サフランボルに向かいました。木造の古い建物が並ぶ旧市街は、最も栄えていた18世紀ごろの雰囲気を残した美しい街並みでした。


2002年7月30日(火)〜8月1日(木)

紀元前の石の街から18世紀の木の街へ

デニズリから夜行バスで首都アンカラへ。早朝にバスを乗り継ぎ、アンカラから更に200km程北にあるサフランボルの街を目指しました。

斜面に建つサフランボルの家屋

サフランボルの歴史

サフランボルの旧市街は、18世紀頃の建物です。先に見たペルガモン王国などの遺跡は紀元前2世紀ごろに発展したものなので、両者の間には2000年余りの差があります。ではこの街はわずか数百年の歴史しかないのかというとそうではなく、実は紀元前3000年ごろから栄えていたそうです。

サフランボルの歴史は古く、紀元前3000年頃の青銅器時代の遺跡や人々の居住痕跡(土器や生活跡)が発掘されています。後にヒッタイト帝国へと発展する前の先住民族であるハッティ人(Hattians)や、さまざまな言語・文化を持つ先住民の部族共同体や小さな小都市国家の遺跡が点在していました。

1. 先史時代〜古代・中世の変遷
古代では、ヒッタイト王国(紀元前2000年頃〜)、リディア王国(紀元前1200年頃〜)、ペルシャ帝国(紀元前600年頃〜)、ローマ帝国(紀元前100年頃〜)の支配下に入りました。その後12世紀末にトルコ系のセルジューク朝によって統治下におかれ、徐々にイスラム化・トルコ化が進んでいきました。

2. オスマン帝国時代の黄金期(17世紀〜19世紀)
シルクロードの重要拠点(隊商都市): 17世紀、イスタンブールと黒海沿岸(シノプなど)や東方をつなぐ主要な絹の道(シルクロード)・貿易ルート上の要衝として急成長しました。
「サフラン」の交易中心地: 高級なハーブ・香料である「サフラン」の一大栽培・集積地となったことから、都市の名が「サフランボル(サフランの街)」と呼ばれるようになりました。
伝統家屋(コナック)の誕生: 交易でもたらされた莫大な富により、豪商や官僚たちが競って美しい木造邸宅(コナックと呼ばれる伝統家屋)を建てました。これが現在見られる白壁と木枠が特徴的な街並みの原型です。

3. 近代の衰退と「奇跡の保存」
鉄道の開通による斜陽(20世紀初頭): 20世紀に入り鉄道が普及すると、それまでの駱駝(ラクダ)等による隊商交易路が廃れて市街は経済的に衰退しました。
奇跡的な都市構造の保存: 急激な近代化や大規模な都市再開発の波から取り残された結果、かえって18〜19世紀当時のオスマン朝の美しい街並み・暮らしがそのままタイムカプセルのように残ることとなりました。

Gemini

紀元前の街はどこに行った?

紀元前のヒッタイト時代や古代ギリシャ・ローマ時代(パフラゴニア地方)の集落や遺跡は、サフランボル旧市街の真下ではなく、周辺の丘陵地帯や近郊に分散して存在していました。現在のサフランボル旧市街は、オスマン帝国時代に風を防ぎ水が得やすい谷底や斜面を選んで建設された街並みです。
ペルガモンやアフロディシアスなどの紀元前の都市が「見晴らしの良い丘(アクロポリス)」や「平野の交通の拠点」を中心に都市計画を立てていたのとは対照的に、サフランボルの集落は異なる思想で建設されたために、古代の都市と近代の旧市街は違う場所で発展したのが真相のようです。

サフランボルの集落は斜面から谷底にかけて集まっています。
美しい石畳と古い家屋が絵になる街

サフランボルの街と古い家々

この素敵な旧市街は、1994年に世界遺産に登録されていました。当時はまだ観光客も少なく、のんびりと見学することができました。
サフランボルの建物は、シルクロードの商人が休むためのチャイハネ(喫茶店)や、伝統的な革靴「イエメニ(Yemeni)」を作る職人たちの工房兼店舗が連なっています。
また、住宅はコナック(Konak)と呼ばれる建物になっており、一階は石造りの土台で、馬小屋、薪の保管庫、食料の貯蔵庫、あるいは作業場として使用されました。二階から上は居住エリアで、外側に突き出す構造は限られた敷地の中で広い部屋を確保し、日当たりや風通しを良くする工夫が施されています。

奥のモスクから伸びる道沿いには職人の工房
チャイハネの前の葡萄棚は強い日差しを遮って涼しくする工夫
コナックと呼ばれる住宅と渋いトラック
窓から差し込む光が和らいでくつろげる室内

サフランボルでは2泊しましたが、静かな美しい街並みがどこまでも続いており、散歩が楽しい街でした。いつまでもここに居たい気持ちになりましたが、実はアンカラで逗留しなければならない用事があり、後ろ髪を引かれる思いでこの街を後にしました。
<つづく>


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