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エイジズムと価値観の転換

エイジズムという言葉を聞くようになりました。性別を対象としたセクシズム、見た目を対象としたルッキズムのように、年齢による偏見や固定観念を指すもののようです。私あまりこのようなイズムに意見はないのですが、このエイジズムに関しては興味を持っています。というのも他のものと違いこれはいつか来た道であり、いずれ通る道だからです。

通常はそれがいいか悪いかは置いておいて、偏見を持ったまま生きていくことが可能です。性別も見た目も固定観念を持つ側と持たれる側は比較的はっきりしています。見た目がいい人が「ルッキズムなんてただの嫉妬よ」と言いながら生きていくこともできますし、男性が「セクシズムなんてないよすでに男女平等だ」と言いながら生きていくこともできます。しかし、エイジズムだけは避けようがありません。生きているだけで老いていき、偏見や固定観念で見ていた存在に自分がなっていくわけです。しかもその速度は想像以上に早い。

おそらくは儒教の影響なのでしょうが、日本と韓国でエイジズムは強い気がしますね。欧州、米国では年齢がだいぶ離れていても友達になれましたが、日本では珍しい気がします。なんとなく30歳ぐらいからは大人という分類であとはある程度の年齢からおじいちゃん、おばあちゃんというぐらいでした。日本はこれがだいぶ細分化されていますね。

当然ですが年齢にこだわり、若さにこだわる人ほどエイジズムが強いことになります。個人の実感レベルですが、周囲を見て歳をとることに対し苦しんでいる人も、若い時に若さに誇りを持っていた人が多く、逆に、歳が離れている人とも態度を変えず話ができる人は苦しみが小さいように思います。愛せる人は愛されるイメージができるのですかね。

さて私が興味を持っているのは、固定観念を持つ人は自分が老いた時うまく価値観を転換させることができるのか、です。もしできるのであれば、そこに人間の可能性を見出せますし、人間をより深く理解できそうな気がしています。

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