『鸚鵡返文武二道』と寛政の改革|恋川春町の死の理由とは?
江戸中期後半から大流行した黄表紙というジャンルを誕生させた恋川春町。
そしてその春町と共に、黄表紙を盛り上げていった盟友・朋誠堂喜三二。
彼らが戯作界から退場していかざるを得なくなったきっかけが松平定信主導で行なわれた<寛政の改革>でした。
この記事では、その中でも黄表紙の始祖・恋川春町の『鸚鵡返文武二道』をメインに、なぜこれらの作品が絶版となったのか、寛政の改革における作者への圧力、さらに春町の最期について書いていきたいと思います。

✅ 『鸚鵡返文武二道』は、倹約や文武二道を奨励する幕府とその命令を取り違えて騒ぎ立てる武士の姿を、舞台を鎌倉時代に置き換えておちょくりまくった作品です。前回の記事にあらすじや見どころを解説していますので、ぜひこちらからお読みください👇
✅ 黄表紙とは江戸時代のコミックともいわれる絵入り草紙。黄表紙について詳しく知りたい方は下記の記事をどうぞ👇
■ 『鸚鵡返文武二道』が現代語訳でまるっと全部読める本も!(記事末で紹介します)
絶版となった理由は?|寛政の改革がかけた作者への圧力
『鸚鵡返文武二道』はなぜ絶版となったのでしょうか。
まずは寛政の改革から、そして実際の作品の売れ行きから絶版までの流れを説明していきます。
松平定信の寛政の改革|倹約と文武奨励
寛政の改革とは、天明七年(1787)~寛政五年(1793)にかけて行なわれた、松平定信主導の幕政改革のこと。
松平定信は、物価高騰の原因は豪奢にあると考えており、大名旗本には天明七年八月から三年間の倹約を命じます。
天明九年には贅沢品(高価な菓子や、贅沢に仕立てられた火事羽織、能装束、女性用衣類、髪飾りや煙管、八寸以上のひな人形など)を禁じる町触れもでました。
武士に学問と武芸を奨励する動きも強まり、幕府から各部署に「配下に学問・武芸に秀でたものがいれば報告するよう命じる通達」も。
定信の家臣・水野為永が世の中の動向を定信に伝えるために記していた随筆『よしの冊子(ぞうし)』には、
最近は武芸が流行し、今まで何もなかったところに突然稽古場ができて、ばたばたと騒いでいる。学問もそうで、大名屋敷の窓から随分素読の声がする。めったやたらに文・武を教え散らかしているようだ。
と書かれています。ほかにも、「質素・倹約・齟齬・不正棄等の文字を覚えて悦んでいる」といったなんとも不勉強な武士たちを皮肉る記述もあるとか。
……おっと、これはまさしく春町が『鸚鵡返文武二道』に書いた、下記の様子そのままではありませんか。
<『鸚鵡返文武二道』に出てくる描写>
・質素倹約の模範となった醍醐天皇(将軍・家斉を暗示)が、菅原敦茂(定信を暗示)に命じ、武芸を奨励し優れたものを取り立てようとする。
・武士たちは文武奨励の真意をはき違え、町行く往来の人々を木刀でたたいたり、遊女屋で遊女の背に乗って馬の練習をする、などむやみに騒ぎ立てる…。
大ヒットがアダとなる?|絶版作品の共通点
天明期の後半から寛政期のはじめは、田沼意次の失脚や、大規模な打ちこわし、新老中・松平定信の登場など、政治的に大きな出来事が続いた時期でした。
黄表紙の作品にも、そうした世の中の出来事を面白おかしく書いたものが多く登場します。そして、ついに下記の作品が、当時の幕府を揶揄しているとして絶版を命じられ、作者にも圧力がかけられることに。
<絶版になったとされる四作>
秋田藩佐竹藩の江戸留守居役だった朋誠堂喜三二(平沢常富)が書いた『文武二道万石通』
もとは武士であったが町人になり、遊女屋の婿養子になった唐来参和が書いた『天下一面鏡梅鉢』
「御用達町人(幕府や武家屋敷などに出入りする商人や職人のこと)の松崎千右衛門だったと伝わる石部琴好作の『黒白水鏡』
そして駿河小島藩藩士・恋川春町の作『鸚鵡返文武二道』
これ以外にも、当時の世の中を茶化した黄表紙作品はありましたが、この四作品が特に取り沙汰されたのは「評判作」であった、つまりいずれも\大ヒットをとってしまった/からとされます。
※「黒白水鏡」の売れ行きの伝聞はないそうですが、作者が幕府の御用達町人だったことから作品の内容が幕府側に伝わり処分につながったとも考えられる、とのこと。
そもそも、黄表紙は正月に売り出されるめでたい縁起物。新版(新刊)であることがポイントなので、基本は増刷もなく年中売り歩かれるものではありません。
正月に売り出され、初春の間に消えるたわいもないギャグ漫画ということなら、それほど幕府も目くじらを立てる必要はなかったかもしれない。
しかし、これらの咎めがあった作品は、初春が過ぎても長く売られていた、大売れしていたというのです。
多くの読者を持つロングセラーとなれば影響も大きい。幕府も看過できなくなったのでしょう。
※ 『文武二道万石通』には、絶版前に版木に手を入れた修正版があります。これには、あまりの大ヒットに危うい部分をやわらげて余計な詮索を避けようとしたともとれるし、受けを狙ってさらに危うい部分を強調している、という見方もできるとか。
最悪の事態に…!初期メンバーの退場と春町の運命

前述の『よしの冊子』には、この『鸚鵡返文武二道』が恋川春町の主君である駿河小島藩主・信義の作であるという噂が流れていたとあります。
『鸚鵡返』の草双紙は松平豊前守殿(春町の藩主)の作であるとも言い、豊前守殿の作であるがそれを春町の名で出したのだとも言う。また豊前守殿は小石川の春日町に上屋敷があるので、俳名を春町ともいうとの噂である。
※「よしの冊子」には豊前守とあるが、実際には丹後守の誤記。
※そもそも恋川春町は駿河小島藩に仕えている武士。たしかに恋川春町のペンネームは、小石川の春日町の藩邸に由来しているのですが…。
当時の戯作者は武家が多数。そのためふざけた書物を書いたり狂歌を詠んだりするときはペンネームを使い分け、一般的にそのペンネームが誰のことかは分からないようにしていました。いわば匿名、ハンドルネームで活動していたわけです。
しかし、大ヒット作になれば特定班が騒ぎ出す。勝手にこの作者はあの人だろう、いや誰々に違いないと噂が立ってしまいます。その結果、誤情報ながら恋川春町は駿河小島藩主その人ではないか、ということになってしまった。
つまり、春町は自分の主君にとんでもない迷惑をかけてしまったことになります。
さらに作者の詮索は喜三二にも及びました。同じ『よしの冊子』には、喜三二の主君である佐竹藩主が、定信から「この作者の才は家老職には向かないのではないか」と言われて、喜三二を国元に返すよう申し付けられたという噂も書かれています。
自分だけのことならともかく、自分の藩や藩主にまで迷惑がかかるような噂が出回ってしまっては、当時の体面を重んじる武家社会ではとても戯作を続けていくことはできなかったでしょう。
喜三二はこれ以降、戯作の筆を折り、黄表紙を書くことはなくなりました。
春町は、曲亭馬琴が書いた『近世物之本江戸作者部類』によれば、定信の呼び出しを受けたものの、病気で応じないまま七月七日に没したとあります。
自殺説もありますが、死因ははっきりしていません。ただ、この『鸚鵡返文武二道』が彼の最後の作となってしまったのでした。
おわりに(初期メン退場後も黄表紙は終わらない…!)
以上、恋川春町作の『鸚鵡返文武二道』をメインに、寛政の改革や絶版の理由、春町の最期について紹介しました。
大河べらぼうでもおそらく明日の回で、この春町の最期が描かれると思います。
ドラマではどう描かれるか、今から楽しみなようなつらいような気持ちですが、黄表紙というくだらなくも楽しくてすばらしいジャンルを生み出した恋川春町という人が、戯作界からこのような退場の仕方をしたというのは残念でなりません。
べらぼうファンの方はきっと春町ファンにもなっていることでしょう。
ぜひ放送前でも放送後でも、春町先生への想いをコメントで聞かせてください。大ファンの一人として私も待ってます…!
ちなみに黄表紙は、この後も続いていきます。
春町と喜三二は、盟友でありもあり戯作のパートナーでもありました。互いの作品をパロディーし合ったり、春町が喜三二の作品に絵を描くなど、黄表紙界のゴールデンコンビといってもいい二人です。
今後は、その初期メンから山東京伝、さらに十返舎一九、式亭三馬など次世代の戯作者たちにバトンが渡されていくことに。
そうそう、本邦の伝奇ロマン小説の白眉『南総里見八犬伝』でおなじみの曲亭馬琴も、黄表紙作家をめざしたり、黄表紙を書いていた時期があったんですよ。
まだまだ黄表紙についてはこれからも紹介していく予定ですので、どうぞお楽しみに。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう♪
参考文献
「江戸の戯作絵本(三)」(社会思想社)
「蔦屋重三郎」鈴木俊幸(平凡社)
「江戸の出版統制」佐藤至子(吉川弘文堂)
恋川春町作『鸚鵡返文武二道』画像
すべて国立国会図書館デジタルコレクションより
※ちなみに春町は『金々先生栄花夢』の艶本バージョンを描いており、実はこっちのほうが問題とされたのでは?という説もあったり…?
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