江戸のリテラシーと出版文化|恋川春町・十返舎一九・吉野屋酒楽まで
2025年8月2日、静岡市の葵生涯学習センターで行われた特別講演会「江戸の出版・文芸のチカラ」へ行ってきました。
この講演会は、静岡市歴史博物館で現在開催中の「十返舎一九と蔦屋重三郎」の関連イベントです。

企画展「十返舎一九と蔦屋重三郎」のチラシ
現在放映中の大河ドラマ『べらぼう』で注目が集まっている江戸時代の出版文化。
今回の講演では、江戸時代だけでなく現代にも通じる視点や、一般にはあまり知られていない文化人たちの魅力的なエピソードが紹介されました。
ここでは、印象に残った内容をメモ的にまとめます。
講演会「江戸の出版・文芸のチカラ」の概要
✅講演の内容
江戸時代中後期の出版文化の発展の中心を担った蔦屋重三郎と十返舎一九、彼らとそれを取り巻く人びとの動向や、同時代の駿府の文化について紹介。
✅講演の流れ
【講演1】大石学館長(静岡市歴史博物館)
「『徳川の平和 Pax Tokugawa』と江戸のリテラシー」
― 政治の「力」(ポリティカル・パワー)と文化の「チカラ」(ソフト・パワー)【講演2】小二田誠二教授(静岡大学人文社会科学部)
「書物が結ぶ駿府と江戸」【トークセッション】
司会:静岡市歴史博物館学芸員・増田亜矢乃さん
200名限定の会場は事前予約でほぼ満席。大河べらぼうも毎週見ているという、熱心な江戸文化ファンが多かったのが印象的でした。
静岡市内の蒸し暑さの中、涼やかな会場で聞く江戸の話は、驚くほど現代と地続きに感じられました。
🏯大石館長 講演|江戸の出版文化とリテラシーの意義
江戸時代を「初期近代」とすべきという大石館長。江戸時代からはじまった「安心安全な日本」を作ったのは、出版文化や教育というリテラシーであるとお話されました。
近代の起点を問い直す視点
一般的には「明治維新=近代の始まり」とされるが、それはあくまで西洋(アメリカ・ヨーロッパ)流の価値観を基準にした見方。
実際には、戦国の混乱を終わらせ、法による秩序が築かれた江戸時代こそ、「初期近代」と呼ぶにふさわしい。
江戸時代は、争いのない社会(徳川の平和)を目指し、長く安定した時代を実現した。
インバウンドが求める「安心安全」はどこから?
現代の外国人観光客が日本に求めているのは、「安心・安全」な体験。
その安心安全の文化的基盤は、すでに江戸時代に形成されていた。
江戸期に築かれた社会秩序や町のインフラ、治安、教育が、現代の日本にも継承されている。
宗教から法へ ― 江戸時代の社会変革
中世までは「神の力」が人間社会の裁きや秩序の基盤にあった(宗教的秩序)。
江戸時代は、公儀(幕府)という法的な権威が社会を律する体制へと大きく転換。
神の意志ではなく、人が人を法で裁く社会が構築された。
ゼロからの都市計画 ― 江戸の構築
幕府がゼロから首都・江戸を計画的に作り上げたことは、世界的にも稀有な事例。
これには、大量の人材の動員と、社会全体に通じる「リテラシー(読み書きや社会的理解力)」が不可欠だった。
リテラシーと教育の重要性
江戸の発展と秩序ある社会の実現には、広く普及したリテラシーが大きな役割を果たした。
江戸時代には寺子屋や出版文化が盛んになり、識字率の高さが庶民にも見られた。
現代社会でも、複雑化した情報社会を生き抜くためには、再びリテラシーと教育の強化が不可欠ではないか。
📚小二田先生 講演|春町・一九・吉野屋酒楽らと江戸出版ネットワーク
小二田先生の講演では、静岡ゆかりの文化人を中心に、江戸文化を支えた多彩な人物とそのネットワークが紹介されました。
リンク集でたどる静岡と江戸文化の関係
講演では、小二田先生がご自身でまとめられた「書物が結ぶ駿府と江戸」(なんとnoteで全公開中!)を起点に、江戸文化を支えた多様な人物を紹介。
地元静岡ゆかりの文化人たちに光を当てる。恋川春町、十返舎一九ほか、なかなか語られることのない吉野屋酒楽、栗杖亭鬼卵など。
俳諧ネットワークの再評価
江戸文化、とくに戯作の世界では、俳諧(俳句の前身)を軸とした人脈・交流が非常に重要だった。
たとえば、春町と歌麿は、鳥山石燕の門下生という共通点があり、さらに俳諧を通じてもつながっていた。
俳諧=一部の文人の趣味と見られがちだが、当時は文化人のネットワーク構築の要でもあり、江戸文化の裏打ちになっていた。
『金々先生栄花夢』には裏本が存在?
恋川春町の代表作『金々先生栄花夢』には、なんと春本(裏本)バージョンが存在するという興味深い情報も紹介された。
実はこちらのほうが寛政の改革で咎められたのではないか、という話もあるほど。
吉野屋酒楽 ― スポンサー以上の存在
これまでの研究では、吉野屋酒楽は「地方の豪農がパトロン的に資金を提供した存在」と見られがちだった。
しかし彼自身にも一定の文学的・文化的才能があった可能性を指摘されている。
その根拠の一つが、宿屋飯盛(やどやのめしもり/石川雅望)の晩年の旅日記に、わざわざ酒楽を訪ねて行ったが、その時にはすでに酒楽は亡くなっていたと記されている。
これは、吉野屋酒楽が同時代の文化人にとっても「会う価値がある人物」と認識されていたことの証左であり、単なる後援者以上の存在だったと考えられる。
🗣️トークセッション:江戸出版文化と現代の私たちへ
小二田先生のメッセージ
江戸の人々は、印刷や出版という新たなメディアを通じて、自由な発信や表現に挑んだ。
それは、私たちが今日、インターネットやAIなど新しいメディアを手にして何かを発信しようとしている姿と重なる。
当時の人々が、自分の言葉や絵を広めるために知恵を絞ったように、現代の私たちも同じように新しい道具を使いこなし、チャレンジをしていくことが必要では。
大石学館長のメッセージ
小二田先生の意見に賛同し、そのためにもやはり「リテラシー」が重要と。
江戸時代のように、社会を支えるのは「リテラシー」=考える力、学ぶ力、対話する力である。
文化で戦争をなくす。そのために、今の私たち一人ひとりが、自分に何ができるかを考え、学んでほしい。
おわりに

個人的には、大石館長の「江戸っ子」という呼び名が生まれた背景には、地方から来た人々を驚異と感じ、その人々と差別化する必要を感じたから、という言葉が印象的でした。
まさに現代、外国人労働者の増加と共に「日本人ファースト」と声高に主張する人々が増えたことにも重なります。
歴史を学ぶことは実は今を、そして未来を考えることに繋がると、改めてその相似性を感じる講演でした。
また、小二田先生の作ってくださったリストは、本当に「お宝」! 一つひとつ見ていくだけで、新たな学びが出てきます。
これは特に春町や一九について詳しく知りたかった私にとって、まさにありがた山。吉野屋酒楽、栗杖亭鬼卵など、一般的にはほぼ知られていない人物についても、新たな発見がありました。
今後、このnote執筆にも活用させていただきたいと思います。大石館長、小二田先生、貴重なお話をありがとうございました。
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