見出し画像

眼鏡女子おていの魅力と蔦重のプロポーズに迫る!べらぼう24話

べらぼう24話、『げにつれなきは日本橋』。いや~、ストレートすぎる蔦重のプロポーズにびっくりしましたね笑。でもおていの本に対する想いの深さが、蔦重の耕書堂に込めた想いと重なったことで、この二人が結ばれることを心から応援したくなりました。

今回はドラマ内の蔦重とおていの想い、またおていのイメージを、実際の浮世絵や黄表紙から考察してみたいと思います!

◎前回の『我こそは江戸一の利者なり』の感想考察はこちら。蔦重の日本橋進出への決断を3つのきっかけから考察してますので、こちらもあわせてどうぞ♪


蔦重とおてい、重なる本への想い

吉原者には店は売りたくないという丸屋の真面目女子・おてい。

それを蔦重のものにしようと、吉原の親父たちが店の証文買い上げなどを画策しますが、賢いおていと鶴屋に見破られ大失敗。

鶴屋に「そんな卑怯な手は座頭や亡八のやり口で、日本橋にふさわしくない」と厳しく批判されてしまいます。

しかし、そんな親父たちのやり口を横目に、蔦重はあっさりとおていに「いっそ俺と一緒になるってのはどうでしょう」とプロポーズしてしまったのでした。

そうなればこのまま看板を下ろすはずだった丸屋も生き残り、耕書堂も日本橋に進出できる。

実は蔦重は、事前におていが漢籍の手ほどきを受けている寺に行き、おていが

「子らに文字や知恵を与え、その一生が豊かで喜びに満ちたものとなれば、本も本望。本屋も本望というものにございます」

と住職に語っているのを聞いていたからでした。そのおていの願いは、「書をもって世を耕す」という耕書堂の理念と重なるもの。ここで蔦重は、自分のパートナーとしてまたとない人物を発見したのでしょう。

しかし、そんなことは全く知らないおていは、店を残すことができ、共に本屋を続けて行けるという魅力的な申し出には心惹かれながらも、過去のトラウマからきっぱりとはねのけてしまいます。

おていのトラウマとは、前の旦那から「真面目な人がいい」と迫られて結婚したが、結局は吉原で遊ぶ金目当てだったという裏切り。眼鏡をかけて本ばかり読む、当時としては「変わった娘」だっただろう彼女にとって、この傷は特に深かったのでしょう。

だから、いきなりの蔦重の申し出に「独り身の女だと思って軽んじているのではないか、己の利益のために自分をだますつもりではないか」と拒絶したわけです。

大黒屋のおりつはじめ、吉原の親父たちが「蔦重は女の気持ちがわかってない」と言った鈍感さが発揮されてしまいましたね。ビジネスの上では非常に合理的な蔦重の申し出ですが、夫婦ともなれば情の部分も大切でしょう。もう少し段階を踏んだり、説明をした方がよかったわけですが…。

でも、誤解さえ解ければきっとこの二人は良いパートナーになれる。本を愛し、本の力を信じて世の中を豊かにしていこうと互いに協力し合える。そんな確信さえ感じられた出会いのシーン。私は一気におていが好きになりました。

でもこれからどういう流れで二人が打ち解けることができるのか…。まだまだわかりませんね~。楽しみです。


おていのイメージはどこから?

さて、前回の初登場から、いやキャストのビジュアル発表のときからすでに印象深かったおていの眼鏡姿。

史実のおていについては詳しく分かっておらず、べらぼうを監修されている鈴木俊幸氏いわく、おていも蔦重と同じく吉原者だったのではないか、とのこと。

そのため、ドラマのキャラクター、日本橋の本屋・丸屋の娘、という設定自体がまるっと創作ということになります。

しかし、脚本家の方や演出家の方などがどういうものを参考にされたのか、とても興味深いところ。当時の女性像でも、珍しい「本好き女子」のイメージを少し探ってみましょう。



江戸時代に描かれた眼鏡女子

寛政2年刊の恋川行町作『栄増眼鏡徳(さかえますめがねのとく)』には、下記のような眼鏡をかけた女性が描かれているとのポストを見ました。


眼鏡をかけた女性が描かれた『榮増眼鏡徳』,寛政2 [1790] 序. 国立国会図書館デジタルコレクション


アップはこちら

この作品を国立国会図書館デジタルコレクションで探してみてみると、登場人物ほぼ全員が眼鏡をかけています。遊女まで眼鏡姿。

ストーリーは、眼鏡で儲ける男の話ということですから、おもしろおかしく世の中をおちょくって描く黄表紙(今でいえば漫画やライトノベル)のこと。

実際に眼鏡をかけていた女性がたくさんいた、ということではなく、世の中の人々が男の売る眼鏡をどんどん使い始めるという誇張された創作では、と思いますがどうなんでしょうか。

▶くずし字分からなくても絵を見るだけでも面白いですよ。興味ある方は下記からどうぞ。
『榮増眼鏡徳』国立国会図書館デジタルコレクション

でも、この絵はおていさんのビジュアルイメージに近いですよね。きっと参考の一つになったのかも?

基本的に江戸時代の眼鏡は老眼用が一般的で、やはり老人が使うことが多かったようです。


喜多川歌麿の「千話鏡月の村雲」シリーズの「お染・久松」/大英博物館

上記の喜多川歌麿の「千話鏡月の村雲」シリーズの「お染・久松」では、眼鏡をかけた老人の姿が描かれています。紐のついた眼鏡を耳にひっかけていますよね。



歌麿「教訓親の目鑑 理口者」

さて、ドラマのおていさんは当時の女性には珍しく漢籍(漢文で書かれた書物)を読むという本マニア。本屋の娘であることから、なおさら小さなころから読書に耽溺し、そこから学ぶ楽しさや広がる世界に心躍らせていたことが今回の描写でわかりましたよね。

でも、彼女が深い教養があることを示すように漢文から引用した言葉を話し出すと、周りの日本橋の店主たちはうんざりしたような顔。鶴屋もすぐにさえぎっていました。

喜多川歌麿が描いた「教訓 親の目鑑」シリーズという続きものの中に、「理口者」という絵があります。これは「絵本太閤記」を仰向けに寝ながら読んでいる女性の姿を描いたもの。そこには「裁縫にも精をださず読書ばかりして利口になるのも考えものだ」といったような文章が書かれています。

面白いのはここにもシリーズ名の飾りとして眼鏡が描かれているんですよね。著作権フリーの画像を見つけられなかったので、上記のリンクから見てみてください。

つい近年まで「女性が高学歴になっても嫁の貰い手がなくなるだけ」なんて言われてましたが。いや、今もその風潮が全くないわけではないですよね。

昨年の大河ドラマ「光る君へ」でも描かれていましたが、紫式部もまた漢籍が読めました。しかし、それを褒められるどころか「男なら出世できたのに」と残念がられる始末。

昨年から続けて、女性が知識や教養をみがくことへの世間の理解のなさがきちんと描かれている、とも思えます。やはり両方とも女性の脚本家だからこそかもしれません。

それだけに、物事をストレートに見る熱い男・蔦重が、世間の目など気にせずおていさんの知識や教養を素直にリスペクトして、活かしていってくれることに期待したいですね。


おわりに(次回は浅間山が大噴火?)

さて、蔦重の吉原から日本橋への進出も気になりますが、もう一方では田沼親子の蝦夷地召し上げ計画も心配になるところ。

いよいよ松前廣年の吉原通いが兄であり松前藩主である松前道廣に見つかってしまったと思ったら、まさかの道廣から抜け荷ビジネスを持ち掛けられるとは…!

今まで傀儡人形を操っていた一橋治斉が、今度はアイヌの楽器・ムックリを鳴らしていたのも怖い…。一体、この蝦夷地をめぐる謀略に、最終的に「釣ろうよ~釣ろうよ~」と釣られてしまうのは誰なのでしょうか。

次回はとうとう、天明三年七月。浅間山が大噴火してしまいますね。ますます蔦重の今後がどうなるのか、目が離せません。

あなたは蔦重の突然のプロポーズ、どう思いましたか。あり、なし? おていさんのトラウマ、わかるな~とか、いやいや誰袖が自分に夢中だと信じている松前廣年が可哀そうだろとか。
気になっていること、何でもコメントくださいね。

それではまた、次の記事でお会いしましょう~♪



『べらぼう』をもっと楽しむなら!

  • べらぼう感想マガジン:毎話のディープな感想や江戸文化の裏話をたっぷりお届け! ドラマの魅力をさらに深掘りしたい方はこちらをフォローしてチェック


  • 黄表紙のぞきシリーズ:べらぼうにも登場した『金々先生栄華夢』や『楠無益委記』、『御存商売物』など江戸の黄表紙を当時のレイアウトのまま現代語訳で楽しめるシリーズ。大河べらぼうのお供に最適です。通販サイトアリスブックスからどうぞ♪


いいなと思ったら応援しよう!

大和愛 江戸の面白ネタを掘り起こして発信中。サポートしてもらえると、さらに楽しい記事をお届けできます!