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コーチングの限界
昨今ではコーチングなど、問いかけることによって相手の成長を促す手法が流行っている。
要するに、相手の内側から答えを導き出そうって考えだね。
確かに、人は自分の言ったことを信じる傾向にあるし、ティーチングのように相手に命令するとかえって受け入れてもらえず逆効果になる場合が多い。
ソクラテスなどの哲学者も問いかけ(問答法)によって対話を促し、互いの思考を深めていった。
しかし、身も蓋もないことを言ってしまうと、こうした問いかけは、ある程度頭の土壌が出来上がってる人間でないと効力を発揮しないのではないかと思うんだ。
言葉を選ばずに言えば、相手があまりにバカすぎると問いの意味を把握できずトンチンカンな答えが返ってきたり、対話そのものが成立しない。
コーチングに関しても同じで、相手に基本的な知識や教育が不足していたら、たとえどんなに問いかけたところで意味はない。
そしてこれは、もっとハードな部分(知能とか)のレベルになるとかなり顕著になってくると思う。
言葉を理解する能力や読解力がそもそも相手になかったら、問いかけの意味も理解できるはずがない。
つまり、コーチングはある程度こういった人間としての条件をクリアしている人間でなければ通用しない。
彼らにはコーチングではなく、病院や施設に送り込むか、従来のティーチングによって再教育すべきではないかと考える。
そもそも、彼らに関わる価値があるかどうか疑問だが。
