【社会的尊厳の喪失】夏でも容赦なく襲い来る、眼鏡曇りの「強制ホワイトアウト」
こんばんは、船長のrinrinです。
皆様、今日も一日という名の荒波を乗り越え、本当にお疲れ様です。
じりじりと照りつける太陽、うだるような暑さ。すっかり夏本番ですね。 私は普段、外出する時はコンタクトレンズを愛用しています。暑い中、眼鏡の重みやズレを気にせず行動できるのは、本当に快適です。汗をかいてもレンズが曇る心配もないし、サングラスだってかけ放題。まさに、無敵の「コンタクトモード」です。
しかし、一歩拠点の敷居をまたぐと、話は別です。コンタクトから眼鏡へと「強制シャットダウン」ならぬ「強制眼鏡モード」に切り替わるのです。家の中では、眼鏡が私の正装であり、リラックスの象徴なのです。
家での眼鏡生活は、至福の時間……のはずでした。 しかし、この眼鏡こそが、有無を言わさず私の視界を奪い、一時的にすべての社会的尊警を失わせる恐怖の兵器へと変貌する瞬間があるのです。
本日は、夏場でも容赦なく襲い来る、あの「強制ホワイトアウト」の恐怖について、この日常の記録に書き留めておきます。
エアコンの効いた部屋で、熱々の「お宝」をすする時

暑い夏だからこそ、エアコンの効いた冷え切った部屋で、熱々のラーメンやうどんをすする。これは、私にとって至高の贅沢であり、まさに「お宝」のような時間です。
冷気の中で、アツアツのスープから立ち上る湯気。その香りを楽しみながら、一気に麺をすり込む。心の中で「最高!」と叫ぼうとした、その刹那です。
麺をすする動作によって、湯気が一気に眼鏡のレンズへと襲いかかります。 有無を言わさず、視界は真っ白な霧に包まれました。 まさに「強制ホワイトアウト」。
さっきまで見えていた、美味しそうなラーメンも、エアコンの効いた快適な部屋も、すべてが白い壁の向こうへと消え去ったのです。
「有無を言わさず」奪われる社会的尊厳

この瞬間、私は一時的にすべての社会的尊厳を失います。 家の中なので、誰も見ていない、はずです。しかし、自分自身という厳しい監視の目からは逃れられません。
視界を失った私は、箸を持ったままフリーズ。 口元には麺が中途半端に残っているかもしれない。 白い眼鏡越しに、困惑した表情が透けて見えているかもしれない。 そして、何よりも悲しいのは、眼鏡を拭くという、あの無様で滑稽な動作をしなければならないことです。
Tシャツの裾で拭くか、ティッシュを探すか。視界が真っ白な中で、手探りで行動する姿は、まるで霧の中を漂う幽霊船のようです。
やっとの思いで眼鏡を拭き、視界を取り戻した時、ラーメンは少し冷め、私の心も少し冷めているのです。
冬場への追憶と、夏の眼鏡曇りの恐怖

眼鏡曇りといえば、多くの人が「冬場に暖かい部屋に入った瞬間」を思い浮かべるでしょう。 外は極寒、部屋の中は暖か。ドアを開けた瞬間に眼鏡が曇り、視界を失う。
私も昔は、外出先で何度かこの「冬の強制ホワイトアウト」に遭遇し、恥ずかしい思いをした記憶があります。電車に乗った瞬間、店に入った瞬間、有無を言わさず世界が真っ白になる。あの一瞬の恥ずかしさと無力感は、眼鏡を愛用する者共通の痛みです。
しかし、今の私の生活スタイルでは、外ではコンタクトなので、冬場の外出先での眼鏡曇りは回避できています。 「もう、あんな恥ずかしい思いをすることはない」と、高を括っていました。
その油断が、夏の家の中での悲劇を生むのです。
まさか、エアコンの効いた快適な拠点の中で、これほどまでに有無を言わさず視界を奪われるとは思ってもみませんでした。 眼鏡曇りは、季節を問わず、眼鏡を愛用する者すべてに襲いかかる、逃れられない呪いなのかもしれません。
この夏の眼鏡曇りの恐怖と、どう向き合っていくか。万能な曇り止めのお宝を探してみるしかないかもしれませんね。
明日もみんなにとって、快適な日常になりますように。….乾杯!🥃✨
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