【緑の悲劇】野菜室という名の「意識高い系食材」の墓場
こんばんは、船長のrinrinです。
皆様、今日も一日の過酷な航海、本当にお疲れ様です。
スーパーの野菜売り場という名の寄港地に降り立つと、時々、自分自身が生まれ変わったかのような謎の万能感に包まれることはありませんか?
「今週こそはちゃんと自炊して、ビタミンたっぷりの健康的な食生活を送るぞ!」 そんな強い決意と共に、みずみずしいレタスや、シャキシャキの水菜、色鮮やかなパプリカなどを次々と買い物カゴに放り込んでいく瞬間。私は間違いなく「丁寧な暮らし」を体現する、意識の高い船長になっています。
カゴの中の緑色が増えれば増えるほど、自分の体の中まで浄化されていくような、そんな錯覚すら覚えるのです。この時の私は、未来の健康な自分を微塵も疑っていません。
輝かしい「野菜室の初日」と完璧なシミュレーション

家に帰り、買ってきたばかりの新鮮な野菜たちを冷蔵庫の野菜室へと丁寧に並べる時間は、まさに至福のひとときです。
綺麗に整頓された野菜室を見下ろしながら、「明日の朝はフレッシュなグリーンサラダを食べて、夜は野菜たっぷりのスープを作ろう」と、頭の中では完璧な献立のシミュレーション、言うなれば輝かしい航海図が完成しています。
この時の私にとって、野菜室は希望に満ちた宝箱であり、未来の健康への確実な投資そのものです。
「自炊できる私、えらい!これで今週の食糧事情は完璧だ」と、自分を褒めたたえながら冷蔵庫の扉を閉める。色鮮やかな野菜たちが冷気の中で静かに出番を待っている姿を想像するだけで、なんとも言えない充実感に満たされます。
ここまでは、私の思い描いた完璧なシナリオ通りに進んでいるのです。
日常への敗北と、次第に重くなる野菜室の扉

しかし、その意識の高さとモチベーションは、悲しいほどに長続きしません。
翌日、仕事という名の日常の波に揉まれ、クタクタになって帰港すると、厨房に立って「野菜を洗う」「切る」という工程が、果てしなく高い壁に感じられます。
「今日はもう遅いし疲れたから、明日から本気出そう……」 そうやって自分に都合の良い言い訳をして、結局は手軽なレトルト食品や、お湯を注ぐだけの簡単なもので済ませてしまうのです。
一度この「甘え」を許してしまうと、もう後戻りはできません。
野菜室の扉は、日を追うごとに鉛のように重くなっていきます。「見えないものは存在しない」という、人間が持つ都合の良い防衛本能が働き、私の意識は野菜たちから完全にフェードアウトしていくのです。
冷蔵庫を開けるたびに、下の段にある野菜室から微かなプレッシャーを感じつつも、あえて視線を外して見なかったことにする。そんな現実逃避の日々が始まります。
発見される「緑の液体」と、繰り返される歴史への罪悪感

そして、運命の数日後。あるいは一週間後。ふとした拍子に、うっかり野菜室の奥底を覗き込んでしまった時、ついに悲劇は起こります。
そこにあるのは、あの日目を輝かせて迎え入れた、みずみずしいレタスや水菜の姿ではありません。なぜか袋の底にタプタプと溜まっている、正体不明の「緑色の液体」。あるいは、水分を完全に失い、しなしなのミイラと化した謎の物体たち。
「うわあああ……またやってしまった……」
液状化したかつての「意識高い系食材」たちを前に、強烈な罪悪感が胸を締め付けます。健康になるはずだった命ある野菜をダメにしてしまったことへの申し訳なさと、「また同じ失敗を繰り返してしまった」という自分への呆れ。息を止めながら、ドロドロになった野菜をビニール袋に二重にして捨てる時のあの敗北感たるや、筆舌に尽くしがたいものがあります。
野菜室はいつの間にか、私の儚い決意と幻想が眠る「墓場」へと姿を変えていたのです。
「次からは、その日に食べる分しか絶対に買わないぞ」 そう固く心に誓いながら、野菜室を綺麗に拭き上げます。
しかし、数日後にはまたスーパーで「今日から本気出す!」と緑色の葉物野菜をカゴに入れている自分がいる。この無限ループから抜け出せる日は、果たして来るのでしょうか。
皆様の家の冷蔵庫にも、液状化の危機に瀕している「意識高い系食材」が眠っていませんか? 手遅れになる前に、どうか救い出してあげてください。
それでは、明日も皆様にとっていい航海でありますように。….乾杯!🥃✨
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