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Xを強制的に手放した1週間で気づいたこと
事件は3月の最終日に起こりました。実は、乗っ取り被害に合いまして、Xにログインできなくなってしまいました…。
毎朝の習慣になっていた「おはようポスト」の投稿もできず、仲良しのフォロワーさんの近況や、AIなどの最新情報が追えないのは辛いところなのですが…。
めちゃくちゃ困っているか? というと、意外と平気な私がいます。
なぜかというと、今私はnoteの連続投稿に絶賛チャレンジ中で、自分の中にある「発信欲」はnoteで満たされているからじゃないか? と考えています。
Xでポストするとき、私は何を求めていたんだろう? と改めて考えてみると、「反応をもらうこと」よりも「自分の考えを外に出すこと」のほうが優先度が高かったのかもしれません。だとしたら、noteはその欲求をより深く満たしてくれている気がします。
Xでもnoteでも、なにかしら反応してもらえるのはやっぱりうれしくてモチベーションも上がるのですが…
でも、Xが使えなくなって焦ったこともありました。
一つはDMが届かなくなってしまったこと。連絡をいただいているかどうかも確認ができなくなっています…。連絡手段を一つのツールだけに頼るのは、いかに恐ろしいかを実感しました。
そしてもう一つは、noteを更新してもお知らせができないことです。せっかく25日続けているのに(この記事で26日目)、届けたい人に届けられないもどかしさがあります。
この一連の件での教訓は、「大切な人とは複数の連絡手段を持つこと」。「情報を発信する場所」としてのSNSは代替可能でも、「人とつながるためのインフラ」としては脆弱なのだなと感じました。
現在、Xの公式サポートに問い合わせており、復旧対応中です…。
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