幸せに向かう足音
おはようございます。
社会福祉士×ダウン症児パパのTadaです。
Tadaのイントネーションはシャツ👔と同じです。
小噺です
最近の空模様はご機嫌斜め。
あと僅かに感じていた残暑が湿気を帯びて力を取り戻す。
このまま気がつけば寒い季節に突入するのではないかと少し不安になる。
気持ちの上では暦の流れである程度覚悟はできても、身体はたぶん追いつかない。
ただでさえ9月以降の気温の振り幅の大きさに体調を崩している人が多い印象。
さらに追い討ちをかけるのだけはやめておくれよお天道様。
そんな中、夕方の空を見上げてみると
足早に動く黒い雲の群れの奥に晴れやかな夕方の空が見える。グラデーションではなく、ハンバーガーのようにくっきりと黒い雲と赤い空が別れて層になっていた。縦の層でなく奥行きのある層。そのせいか黒い雲はとても近い距離にあるようにも感じた。
なんとも不思議な光景。
これが見れたことは悪いことではない。
おかげさまで
「残暑が厳しいざんしょ」
なんて絶滅危惧種なダジャレでも言いつつ
もう一踏ん張りできそうだ。
さて本題
幸せとはなんだろうか。
happiness
happy
lucky
どれも幸せが表現できそうな言葉たち。
だけどどれも短期間な感じがするように僕は感じる。
もちろんそれも人生には大いに大事だ。
幸せを感じることは何度あってもいい。
しかし、しかしだよ
長期的な幸せ
ってやつもあった方がよくない?
この長期的な幸せを
ウェルビーイング
と呼んでみる。
あたたかくて、ふわふわしてて、未来に不安はなく、心の底から安心して、心の底から満たされているような…
そんな幸せ。
脳にピシーーっ!!
脳汁ドバーーーつ!!
脳天ズゴーーーーん!!
と来るような幸福感ではないけれど、このゆるい幸福感に満たされている方が個人的には人生は幸せになるのではないかと考えている。
僕はソーシャルワーカーで、
ソーシャルワーカーには世界のソーシャルワーカー達で定められた“グローバル定義”というものがある。
その中にこんな一文が。
ソーシャルワークは、生活課題に取り組みウェルビーイングを高めるよう、人々やさまざまな構造に働きかける。
そう、ソーシャルワーカーは、ウェルビーイングを高めるように人や構造に働きかけるという活動をしているのだ。
僕のこのnoteもその一環。
読んでくれる人の中から一人でもウェルビーイングに近づいてくれる人、なってくれる人、感じてくれる人が現れてくれればと思っている。
とりわけ近代の幸福哲学のようなものは
「夢を持つ」
「貢献する」
「ミッションを掲げる」
などといったパワフルなものが多い。
だけど、ずっとパワフルなのはしんどくなる人もいるだろうし、なんならパワフル自体拒否反応を起こす人もいるだろう。
だからパワフルに活動できる人は相対的に幸福度は高いだろうけれど、パワフルに活動するという選択は総体的に幸福度は低いのではないだろうか。
もちろん人生のどこかの局面でパワフルに活動する必要のある時期はあるし、必要だと僕自身思っている。
しかしそれは、その先にパワフルでなくてもOKな人生があるからこそ成立するもの。
ずっとパワフルに生きていける人なんてこの世界にどのくらいいるのだろうか。そっちの方がきっと圧倒的にマイノリティ。
ウェルビーイングの高さはきっと、
パワフルの先ではなくて
お気楽の先にあるんだと思う。
世界中の人たちが飢えることなく、困ることなく、精一杯やりたいことにチャレンジできる、そんなお気楽に過ごせる社会になるといいな。
でもね、、、
「そんなことは夢物語なのかもしれない」
と、つい数年前までは思っていた。
だって現代の社会構造的に不可能だろうと思っていたから。
でも今は違う。
近年の科学の発展が目まぐるしくって、
これが上手く作用していけば本当に誰もがお気楽に過ごせる社会になるかもしれないと感じている。
幸せに向かう足音は力強くなっている。
もちろんそうならない可能性もあるし
もっと危険な社会になる可能性もある。
科学は夢も恐怖もはらんでいる。
それでも僕は幸せに向かう足音の力強さを信じたい。
どうかこのまま進んでいけ。
おわり。
