罪石の運び屋|【狸の掌編】
この街では罪が重さを持つ。
後悔、嫉妬、偽り。
人が心に過ちを宿すたび、
手のひらに罪石(つみいし)が現れる。
その重さは罪の深さに比例するという。
人々は石を抱え、その重さに耐えながら生きている。
俺の肩には、ずしりと重い麻袋。
中には、これまで出会った人々の石が詰まっている。
どれもこれも、
持ち主が耐えきれずに手放したものばかりだ。
俺はそれを拾い集め、運ぶことを生業にしている。
街の連中は俺を運び屋と呼ぶが、
蔑むように罪喰らいと呼ぶ者もいる。
袋の中で一番大きく、そして冷たい石。
この仕事を始めるきっかけになった、最初の石だ。
俺自身の石ではない。
だが、誰の石よりも重く感じる。
ある日、路地裏で小さな少女が泣いていた。
彼女の足元には、
生まれたばかりのビー玉ほどの罪石がひとつ。
友達と喧嘩した、という些細な罪。
だが、彼女にとっては
世界の終わりのような重さなのだろう。
「おじさんの、なあに?」
少女が俺の麻袋を指さす。
「ああ、これは預かりもんだ」
俺は少女の小さな石をそっと拾い上げ、
自分の袋に加えた。
一瞬、袋が軽くなったような気がする。
不思議なこともあるものだ。
その夜、袋の底で冷たかったあの石が、
微かに温かいことに気づいた。
それからだ。
俺が誰かの罪石を預かるたび、
袋の中の石たちが少しずつ熱を取り戻す。
同時に俺自身の肩が、
ほんの少しだけ軽くなっていくような
奇妙な感覚に包まれるようになった。
まるで、誰かの罪を背負うことが、
俺自身の贖罪になるのだとでも言うように。
***
最後の石を袋に入れ、街の教会へ向かう。
扉を開けると、
祭壇の前で一人の老婆が静かに祈っていた。
彼女こそが、俺が最初に預かった、
あの最も重い石の持ち主。
「全部、集めてまいりました」
俺が麻袋を差し出すと、
老婆はゆっくりと顔を上げた。
その皺だらけの顔には、
穏やかな笑みが浮かんでいる。
「
ありがとう。あなたのおかげで、
この街は今日も平穏です
」
老婆はそう言うと、麻袋に手を触れた。
その瞬間、石という石が眩い光を放ち、
砂のようにさらさらと崩れ、消えていく。
空になった袋だけが俺の手に残された。
「
さあ、あなたの役目は終わり。
もう、お行きなさい
」
老婆に促され、俺は教会の外へ出る。
街は夕暮れの優しい光に包まれていた。
人々が笑い合い、誰も石を持っていない。
最初からそんなもの存在しなかったかのように。
俺は自分の肩に触れた。
あれほど深く、
骨にまで食い込んでいたはずの重さが、
幻かのように消えている。
俺は自分の手を見つめる。
そこには、一つの石もない。
罪を犯さなかったのではない。
罪を宿すほどの、
俺自身の人生を生きてこなかった。
喜びも怒りも罪さえも、
誰かのためのものであり続けた。
振り返るべき過ちも悔いるべき過去も、
この身には宿らなかった。
この街でただ一人、罪石を持てなかった。
空っぽの手のひら。
この街の罪が消え去った今、
この手で、これから何を掴むのだろう。
夕暮れの光の中で俺は初めて、
自分のための一歩をどこへ踏み出すべきか、
静かに考えていた。

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