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セッショクするミチ|【狸の掌編】

私の住むアパートと駅を繋ぐ、名もなき裏路地。

近道だからと誰もが使うその道に、
いつからか奇妙な清潔さが漂い始めていた。

雨上がりの翌朝でも、水たまり一つない。
風が強く吹いた日も、落ち葉一枚落ちていない。

誰かが捨てたはずの空き缶や煙草の吸い殻は、
翌日には必ず姿を消している。

まるで、道そのものが意思を持って、
自らを浄化しているかのように。


ある霧の深い夜だった。

終電を逃し、
タクシーで路地の入り口まで戻ってきた私は、
その光景を目の当たりにする。

街灯の頼りない光に照らされたアスファルトが、
ぬるりと湿った光を放っている。

霧のせいではない。

道全体が微かに蠢き、
粘液めいたもので覆われていた。

思ったその時、
道の真ん中に落ちていた誰かの手袋が、
ゆっくりと、アスファルトの中へと沈み込んでいく。

抵抗も音もなく、じわじわと。
沼に飲み込まれるように。

が、そこに落ちたものを食べている。


その日から、私は恐怖と倒錯した好奇心に駆られ、
夜ごと窓から路地を観察するようになった。

道は実に偏食。

ビニール傘の骨、割れたガラス瓶、鳥の羽根。
無機物やかつて生きていたものの残骸だけを
好んで消化していく。

その効率的な捕食と清掃の様に、
一種の生態系としての完成度すら感じ始めていた。

この道は、街の静かな捕食者なのだと。


異変が起きたのは、先週のこと。

子供が乗り捨てたのであろう、
小さな赤い三輪車が路地の隅に
置き去りにされていた。

無機物だから、明日の朝には消えているだろう。


しかし、三輪車は三日経ってもそこにあった。

道は、
それがそこに在ることを許しているかのように、その周りだけを避けている。


そして四日目の朝。

三輪車は忽然と消えていた。

ただ、
それが置かれていた場所のアスファルトだけが、
不自然なまでに黒々と、そして深く窪んでいる。

無理やり何かを抉り取られた傷跡のように。

道は、三輪車を食べたのではない。
三輪車に飽きてその存在ごと空間から拒絶した。

その考えに至った時、
私の背筋を冷たいものが走り抜けた。

この道は、ただの捕食者ではない。

気まぐれな神のように、
存在の要・不要を選別している。


そして、今夜。

私はアパートの窓から、
一人の男が道に足を踏み入れるのを見ていた。

千鳥足で、何かを探すようにきょろきょろしている。おそらく、あの三輪車の持ち主の父親なのだろう。

男は、三輪車があった場所の窪みに気づき、
そこに屈み込んで指で触れた。

その瞬間だった。

道が、今まで見たこともないほど激しく脈打つ。

アスファルトが液体のように粘性を帯び、
男の足首に絡みつく。

男は悲鳴を上げる間もなかった。

まるで底なしの胃袋に引きずり込まれるように、
ずるりと上半身が地面に沈んでいく。

最後に虚空を掴んだ指先が
アスファルトに飲み込まれ、
あとには気泡ひとつ残らなかった。


静寂が戻る。

道は、何事もなかったかのように、
元の硬いアスファルトの表情を取り戻していた。

ただ、男が消えた場所だけが、
満腹になった獣の腹のように、
僅かに、そして緩やかに盛り上がっている。


私は息を殺し、カーテンを引く。
見てはいけないものを見てしまった。

ふと、床に視線を落とす。

アパートの床板の隙間から、
黒く粘り気のある液体が、
ゆっくりと滲み出してきていた。

この建物もまた、道の一部なのだ。

道は、生きている人間を味わい
その味を覚えてしまった。

そして、次の食事を、もう探し始めている。

私の部屋の扉を、内側から、静かに。


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