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背負った森|【狸のSS】

 祖父が遺した山の境界杭を探すため、
 私は苔むした獣道へ足を踏み入れた。

 生い茂るシダが衣服を濡らし、
 ひやりとした感触が肌を伝う。
 
 ここが人の世界との境なのだと、
 そう空気が告げている。

 昼だと思えないほど暗い森の奥、
 地図に記された等高線は、
 とうに意味をなさなくなっていた。

 黄昏時が近づき、
 湿った霧が立ちこめ始めると、
 世界の輪郭がゆっくりと滲んでいく。

 その頃からだった。
 右の肩に、じわりと重みが浸透し始める。

 枝でも落ちてきたのかと振り返るが、
 そこには揺らめく木々の影があるだけ。

 重さは見えない何かがもたれかかるように、
 着実に増していく。

 やがて霧の中で、
 私と森を隔てていた薄い膜が
 破れるような感覚に襲われた。

 方向感覚が融解し、
 自分の呼吸と木々のざわめきが共鳴する。

 肩にのしかかる重みは、疲労ではない。
 
 この土地に忘れ去られた幾人もの吐息、
 そのものの重さのように感じられる。

 気づけば、私は山の稜線に立っていた。
 
 霧は晴れ、月が静かにこちらを見下ろす。
 
 どちらが森の縁で、どちらが帰り道なのか。
 もう判然としなかった。

 ただ、右肩に深く食い込むこの重みだけが、
 私がまだここに存在することの、
 唯一確かな証しであった。




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