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ジンベエザメに激突されそうになり、なぜか覆面警官を連れ回した素潜り女子のフィリピン旅

朝日が昇る頃、オスロブのビーチはすでに人々で溢れかえっていた。ここはセブ島の田舎の静かな漁村ではない。地元の漁師たちが野生のジンベエザメの餌付けに成功し、以来、ジンベエザメツアーが開催され、世界中から旅行者が集まるようになった一大観光スポットだ。温和でおとなしく、人を襲うことのないと言われる世界最大の魚、ジンベエザメとほぼ100%の確率で遭遇し、「安全に」泳ぐことができると言われている。まさかここで、ジンベエザメに頭突きされそうになるとは夢にも思わなかった。


ジンベエザメと泳ぎにオスロブへ

フリーダイビングを始めてちょうど1年目の2024年1月、私は魚オタクの素潜り友だち、通称“さかなちゃん”と、セブ島に旅立った。

目的はただ一つ、世界最大の魚、ジンベエザメと泳ぐこと!

予約していたドライバーが現れず、一日ずれ込むというトラブルもあったが、なんとか無事オスロブへ到着。1日おあずけになっていた分、いよいよジンベエザメと泳ぐことができると期待に胸が高鳴った。
ビーチは、すでに熱気に包まれていた。ジンベエザメと泳ごうと世界中から集まった旅行客が順番を待っている。

長い長い待ち時間を経て、ようやく自分たちの番が回ってきた。
乗船前に、ジンベエザメにストレスを与えないためのルールの説明を受けた。ジンベエザメには近づきすぎず一定の距離を保つこと、真上を泳がないこと、などだ。潜って撮影していいかと聞くと、「OK!」という軽い返事。

小型ボートに乗り込み、ポイントまで連れて行ってもらうと、10隻ぐらいのボートがポイントの周りに輪になって集まっていた。そこで、船頭さんがジンベエザメの大好物のオキアミを撒く。するとすぐさま3、4匹のジンベエザメがやってきた。
海に入ると、10m以上もある世界最大の魚が大きな口を開けて、水面付近に浮いているオキアミをまるで掃除機のように海水ごと吸い込んでいく。ジンベエザメには米粒ほどの歯が上下合わせて8,000本ほどあると言われているが、目の前で大口を開けて通り過ぎるジンベエザメには、歯があるようには見えない。まるでただひたすら大量のオキアミと海水を吸い上げていくホースのようだ。

大きな口ですべてを飲み込んでいくジンベエザメ

ジンベエザメから一定の距離を保っていなくてはいけないというルールにそって、なるべく離れようとしても、ジンベエザメの方から近づいてくる。避けても避けても、また大口を開けたジンベエザメが引き返して近づいてくるのだ。前から迫ってくるジンベエザメを避けようとすると、今度は別方向から別のジンベエザメがやってくる。大好物のオキアミに夢中で、ぶつかりそうになっては逃げる人間をまったく気にしている様子はない。

ジンベエザメは人を襲うことはなく、オキアミやプランクトンが主食のおとなしいサメだと言われているとはいえ、いざ目の前で大口を開けて10m以上ある巨大なサメが目の前に迫ってくるとものすごい迫力だ。実際、ジンベエザメやクジラに人間がすっぽりと飲み込まれてしまって、吐き出されたという事件がいくつかある。すべてを吸い込む大きな口が近づいてくると、海水ごと吸い込まれてしまうのではと、少しゾクっとする。
しかも、サメ肌と言われる通り、ジンベエザメの肌はザラザラとした鱗で覆われていて、硬いヤスリのようになっているそうだ。もしぶつかりでもしたら、血だらけの大惨事になりかねない。近くを通り過ぎるジンベエザメをギリギリ避けられたと思っても、尾びれがさらに目の前に現れヒヤッとする。

尾びれがぶつかりそうになる

私は水面でオキアミを食べているジンベエザメの邪魔にならないよう、深く潜って下から見上げてみた。
下から見るとまるで巨大な宇宙船のようだ。

巨大宇宙船のようなジンベエザメ

小さな魚の群れを引き連れて悠々と宇宙空間を漂っているかのように泳いでいく。
私は巨大海洋生物が好きだ。ジンベエザメやクジラなど、巨大な海洋生物は皆、別の惑星からやってきたのではないかと思う。深海は他の惑星と繋がるポータルとなっていて、たまに地球の海にひょっこりと遊びにくるのではないかと。そんなことを思いながら私は、ジンベエザメの下へ潜り込んでは、海底から巨大なジンベエザメを眺めて圧倒されていた。

まるで別の惑星からやってきたようなジンベエザメ
ジンベエザメと泳ぐ


そして事件は起きた

オキアミを食べるのに忙しいジンベエザメは、海底の方にはやってこない。そのため、のんびりと海底から朝の光に映し出された巨大なシルエットを眺めていた。そして真下から斜め横に移動して浮上しようとしたその時だった。

突然ジンベエザメが巨体を翻し、頭突きするかのように私に突進してきたのだ!

ジンベエザメが人間を食べないということは百も承知だ。でも、突然迫ってくる巨大なジンベエザメの頭と、脳裏に残っていたすべてを飲み込む大きな口が重なり、ジンベエザメが私を飲み込もうとしているかのように思えた。

人は死の直前に見ている風景がスローモーションになりさまざまな思いが巡ると聞いたことがある。一瞬のうちに起こった出来事だったが、私の脚スレスレまで近づいてきたジンベエザメに飲み込まれる映像がスローモーションで見えた気がした。スレスレを避けて水面に出た私は、巨体が翻ったバッシャーンというものすごい衝撃音と共に水飛沫が上がるのを見た。

死ぬかと思った……

突然頭から突っ込んでくるジンベエザメ

突然の出来事に、船の船頭さんたちや周りのシュノーケリング客の視線が一斉に私に向けられた。「お前、何をしでかしたんだ」と言わんばかりの形相だ。私がジンベエザメを触ったり何かちょっかいを出したと思ったのだろう。でも私はもちろん触ってなどいないし、一定の距離も保っていた。私にも突然の出来事で何が何だかわからなかった。事件の後に、少しでも私が潜ろうとすると、オキアミをあげている船頭さんが「Japanese! Japanese! 」と言って、お前はもっと離れてろと言わんばかりのジェスチャーをしてくる。私はすっかり要注意人物となってしまった。

事件が起こる前にも私は何度かジンベエザメの下を泳いでいたが、ジンベエザメは一向に私に気を止める様子もなく、ただただオキアミに夢中になっているように見えた。そして頭突きをしてくる寸前も、私はジンベエザメを追いかけたわけでもなく、近づきすぎないよう十分な距離を取りながら、ぶつからないよう横によけてゆっくりと浮上した。

私は何をやらかしてしまったのだろう?ジンベエザメを驚かしてしまったのだろうか?
友だちは「求愛行動だったんじゃない?」なんて冗談を言っていたが、突っ込んでくるジンベエザメの映像が脳裏から離れず、心臓のバクバクは止まらなかった。

頭突きの理由

マクタンのホテルに戻った後、長年の経験を持つセブのダイビングインストラクターにジンベエザメに頭突きされそうになった話をし、ジンベエザメが体を翻すような行動をとることがあるのか聞いてみたが、ジンベエザメがそんな行動を取るのは聞いたことがないと言う。

私の脳裏には体を翻してくるジンベエザメの映像が焼き付いており、まるでクジラがジャンプをするときのブリーチングみたいだと思った。そこで、ジンベエザメがブリーチングをすることがあるのか、ネットでいくら調べてみても、ジンベエザメがブリーチングをすることはなく、温和でおとなしい性格で、人間を襲うことはないと出てくるばかり。
一方、クジラがブリーチングする理由には、寄生虫を落とすため、単なる遊び、外敵への威嚇、メスへの求愛など諸説ある。
ジンベエザメの肌にオキアミか何かが触れて、痒かったりでもしたのだろうか。それとも、下から浮上してきたまあまあ大型哺乳類の私を、シャチか何かだと思って威嚇したのだろうか。はたまた、フィンをつけて泳いでいた私をメスの大型魚だと思って求愛してきたのか。日本に帰ってきてからも色々調べたが、答えは見つからず、サメの専門家にDMで見解を聞いてみても、「下から突然見知らぬ生物が近づいてきたので、防御反応を示したのでは」とのことだった。

私はやっぱりジンベエザメを驚かしてしまっただろうか……申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、直前まで何度もジンベエザメの下を泳いでいた私を気に留める様子もなかったジンベエザメが、なぜ突然そんな行動に出たのか、どうにも納得がいかず、再び動画をじっくりと見返してみた。

すると重要なポイントに気がついた。

あれ……ジャンプしてない。

浮上した瞬間に見た白波と水飛沫のせいで、てっきりクジラのようにジャンプしたかのように思い込んでいたが、よく見たら水中で巨体を豪快に翻していただけだった。これは「ローリング」と言われる行動で、寄生虫を振り落とすためや、餌を吸い込みやすくする時にとる行動らしい。そしてジンベエザメの下には2匹のコバンザメがくっついていて、頭突きしてくる寸前、コバンザメがくっついている左脇腹を少しくねらせていた。

脇腹に吸盤でくっつくコバンザメがうざかったのか、それとももっとオキアミを一気飲みしたかったのか。真相は不明だが、ひとまず私が怒らせたり怖がらせたりしたのではなかったのだろうという理由が見つかり、ほっと胸を撫でおろした。
そんなこんなで、私の初めてのジンベエザメ・スイムはジンベエザメに頭突きされそうになるという衝撃の体験で終わった。

懲りもせず、ボホールのジンベエザメ・スイムへ

数日後、フェリーでセブ島の隣の島、ボホール島にやってきた。
ボホール島のホテルスタッフにバリカサグ島に行きたいと言うと、ドライバー兼船乗りガイドのJさん(仮名)を手配してくれた。その時はジンベエザメと泳げるのはオスロブだけだと思っていたので、ボホールではチョコレートヒルズなどの観光名所を巡って帰る予定だったが、Jさんによると、ボホールでもジンベエザメと泳げるところがあるという。私とさかなちゃんは、懲りもせず再びジンベエザメと泳ぎに行くことを決め、翌日もJさんに1日ツアーをお願いすることにした。

そして翌日、ジンベエザメと泳げるリラ地区に行くと、駐車場にはまだ数台の車しか止まっていなかった。
ジンベエザメ・スイムで世界的に有名なオスロブと違い、ボホールのジンベエザメ・スイムはまだあまり知られておらず、支度をしたらほとんど待たずにすぐ泳ぐことができた。
オスロブの時と同様、注意事項を聞いた後、手漕ぎボートでポイントまで行くと指示に従いゆっくりと海に入った。
オスロブよりずっとボートの数も少なく、もっとゆっくりジンベエザメと泳ぐことができた。
ただ、数日前の衝撃と恐怖がまだ残っていたため、脳裏には頭突きして突っ込んでくるジンベエザメの映像がまざまざと浮かぶ。私は自分が何かやらかしてしまったのかもという後ろめたい気持ちと、あの巨体にぶつかったらどうなっていただろうという、なすすべもない野生生物に対する畏怖を感じながら、なるべく離れて横からそうっと泳いだ。

ボホールのジンベエザメ
頭突きされないようビビってそうっと横を泳ぐ私


野生のジンベエザメの餌付けは世界中の人々を惹きつける一方、環境や海洋生物に与えるネガティブな影響を考慮して否定的な意見も多い。私は野生の海洋生物を捕えて檻に閉じ込め、見せ物にする行為には絶対反対だが、野生生物と人間の交流はあっていいと思うし、時には心が通じ合う時もあると信じている。あの時頭突きをしてきたジンベエザメは何を思っていたのだろう。
私がオスロブとボホールでジンベエザメと泳いだ翌年の2025年2月。環境保護と生態系への影響を考慮して、州政府の指示により、ボホールのジンベエザメ・スイムは全面禁止となったそうだ。オスロブもいつまで泳げるのかわからないが、ジンベエザメを間近で見ることができ、そして幸か不幸か頭突きされそうになるという唯一無二の体験をした。

旅の最後の衝撃告白

ボホールのジンベエザメ・スイムと午後のボホール観光を終え、セブ島行きのフェリーポートに向かう旅の終わりで、ガイドのJさんが驚くべき話を始めた。

実は、僕はガイドじゃなくて覆面警官なんだ……

えええええええ!?どういうこと!?


実際、Jさんはずっとガイドっぽくないガイドさんだなと思ってはいた。
バリカサグに行く時は、出発するとすぐに水漏れでエンジン周りに水が上がってきて、明らかにいつも観光客を乗せているボートではなかった。手伝いに来ていた親戚の男の子と必死で水をバケツで外に出し、なんとか沈没せずに済んだ。観光地についても説明は一切なし。写真を撮ってくれることもなく、ひたすら寡黙で、あまりガイド業に慣れていない人なのかなと思っていた。

事情を聞くと、ボホールは2017年にイスラム過激派のテロ組織と治安部隊が衝突した歴史があるそうだ。双方に大きな死傷者が出たが、Jさんはその壮絶な戦いを生き延びた治安部隊の一人だという。近年では大きなテロ事件は起きていないが、Jさんによれば、周辺の島々には今でも残党も生き残っており、再び観光地が狙われる危険性もあるため、ガイドのふりをしてボートを停め、不穏な動きがないか見張りをするのが彼の普段の仕事なのだという。
覆面警官として旅行会社のガイドにも登録しているため、他のガイドに空きがなく、彼が代わりに私たち日本人観光客二人を案内することになってしまったのだという。
その流れで、「ジンベエザメと泳ぎたい! でもターシャにも会いたいの! あ、チョコレートヒルズは絶対外せないよね〜! でも、ホタルもぜひ見たい! そうそう、カヌーにも乗らなくちゃね!」という、なんでも体験したい私たちの盛りだくさんなわがまますぎるリクエストに応える観光に連れ回される羽目になったのだ。
そんな事情はつゆ知らず、道中あーだこーだダメ出しをして何度も私たちの写真撮影をさせてしまった。

ダメ出しを受けて何度も写真を撮らされる覆面警察Jさん

そして夕方、元々はカヌーの予定はなかったが、通りかかったところにカヌーをやってるところがあったので、小鳥のさえずりを聴きながらの優雅で癒しの川下りを想像して思わずカヌーやりたいと言い出した私たちのために、閉店間近のカヌー業者にJさんが交渉してくれて、閉店までの1時間以内に帰ってこれるならいいと言われた私たちは、2時間以上かかるコースを必死で漕ぎまくって、優雅さのかけらもない地獄のカヌー体験をする羽目になったのだ。トライアスロンを終えてゴールするアスリートのような勢いで戻ってきた私たちを待っていた寡黙な覆面警官、Jさんは、なんかツボにハマったらしく、雄叫びを上げながら帰ってくる私たちの写真を撮って笑っていた。

雄叫びを上げて戻ってくる私

ジンベエザメと泳ぐ旅の最後に、思わぬ展開だったが、Jさんはいつもの張り詰めた仕事とは違い、2日間楽しかったよと笑顔でボホールの港からフェリーでセブに向かう私たちを見送ってれた。ジンベエザメに頭突きされそうになるという衝撃のハプニングで始まり、なぜかテロ事件を生き延びた覆面警察とボホール観光をして終わるという謎なフィリピンの旅。なぜジンベエザメが私に向かって突っ込んできたのか。今でも本当のところはわからない。ちょろちょろと周りを泳ぐ私がうざくて威嚇してきたのかもしれないし、または私という存在はまったく目に入らず、単にコバンザメや寄生虫で痒かったのかもしれないし、オキアミをもっと食べたいという食いしん坊根性だったのかもしれない。そして覆面警察にガイドをしてもらった話も、友だちに話すと「そんな嘘みたいな話ある?騙されてるんじゃないの?」と一笑された。そしてこの数日の出来事は現実だったのだろうか?それとも、海洋生物が他の惑星から遊びに来ているかのように、私の頭はどこかにトリップしていたのだろうか。セブ島に向かうフェリーのデッキで夜風に吹かれながら、私はこの数日間に起きたあり得ない出来事を、狐につままれたような気分で思い返しながら、フィリピンの地をあとにした。


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