『胃のない私の内臓が語り出す』―欠員の補充を要求する内臓たち―
*この物語は、私の体験とそこから生まれた気づきから創作されたものです。
*医療的なエビデンスとは関係ありません。
この物語は、欠けているすべてのアナタへ捧げる、オマージュです。
By. めじゅ
消化器科の会議が始まる
「これより、会議を始めます」
定刻の9時。
Missスリム・ビューティ(食道)の声が響いた。

彼女は、株式会社内臓でもトップクラスのスピードで捌く。
……下部組織にはお構いなし、という欠点は、ここでは伏せておこう。
彼女を怒らせると、仕事の流れが逆流する。
ここは沈黙が一番、仕事がスムーズに運ぶのだ。
「今日の議題は、喫緊に決めていく。会議での議論は大いに結構だが、紛糾するような真似は、株式会社内臓の社是【エレガンス】に抵触することを肝に銘じて欲しい」
会議で議長を務めるのは、飛騨課長(小腸)。
飛騨課長は少々毛深いが、非常に有能だ。
社外からのクレーム対応においては、会社にとって『最強の防御壁』とさえ言われている。
「本日の議題は、消化器科の欠員補充についてです」
イン・スリン(膵臓)は議事進行役。
中国からヘッドハンティングされた。
非常に切れ者なのだが、寡黙でもある。
多言語を操る言語学者だったらしいが、時々、多重放送になり周囲を困惑させる。
「欠員は何名になっている?」
バリトンボイスで発言したのは、大和田専務(大腸)だ。
大和田専務は、入社時から情報システム部一筋の叩き上げであり、ヘルスマネジメント推進部との統括本部長も兼任されている。
「3名です」
レバー・デ・トックス(肝臓)がメガネを拭きながら答えた。
神経質な彼は、フランスで公衆衛生学の学位を取得している。
フランスは景色は美しいが、下を見ればゴミと犬の糞だらけだ……
が口癖の、癖強男子である。
「一度に3名の欠員? 我が社の危機管理は、どうなっているのかしら?」
「自己都合による退職なの?」
「一体、誰なの⁉️」
立て板に水とはよく言ったものだ。
さすがにMissスリム・ビューティ(・スピーディ)である。
「大蔵(胃)、ロカ(脾臓)、胆下(胆嚢)の3名です」
顔をしかめながら答えたレバー・デ・トックスの額に、冷や汗が浮かんだ。
「しかしながら……、彼らの退職は納得せざるを得ない理由があります。
大蔵は実家の両親が相次いで亡くなり、実家のレストランを継ぐということでした。
ロカは、長年の夢だった刀匠への弟子入りが決まり、胆下は……奥方の海外赴任に同行したいということです」
会議室に、異様な静けさが広がる。
発言する者は一人もいない。
重苦しい時間だけが、経過していく……
聞こえてきた齧る音
カリ……カリカリ……
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ……
沈黙を破る音。
「なんだ……一体この音は……❓
誰だ、この場に不釣り合いな音を出すやつは⁉️」
大和田専務らしからぬ声が、会議室に響く。
「おい冷や汗が吹き出してるぞ‼️」
飛騨課長がレバー・デ・トックスに詰め寄った。
「いや、私がナニカをしているのではなく……
そう言う飛騨課長こそ、顔色が悪いですよ⁉️」
弁解するレバー・デ・トックス。
腹を押さえながら飛騨課長が呻きながら叫ぶ。
「なんだって言うんだ💦
こんな時に‼️……ぅぉおお……腹が、腹がっ」
飛騨課長は会議室を飛び出し、猛烈な勢いでトイレに走っていった。
「皆さん、どうなさったの❓
まるでエレガンスじゃないわ」
狂騒の会議室の中、唯一、冷静なMissスリム・ビューティが言い放った。
ねずみ小僧のねずみ算
「あいつよ❗️
あいつが社内の空調システムに侵入しているんだわ……」
震える声を隠せないまま、イン・スリンが呟いた。
「あいつ?あいつとは何者なんだ」
「専務……実は……今まで消化器科内には、駆除しようと害虫除去の業者に何度も依頼を出しているのです」
大量に滴る汗を拭きながら、レバー・デ・トックスが苦しそうな表情で言った。
そこにトイレから戻った飛騨課長が飛び込んできた。
「出たぞ、ヤツが❗️
ねずみ小僧(迷走神経)が、消化器科以外にも会社中で大量発生している‼️」
カリ……
カリカリ……
音は、止まらない。
むしろ、増えている。
「……まだ走り回っているのか」
大和田専務が低く言った。
「さっきの勢いは……尋常じゃない」
レバー・デ・トックスが静かに言う。
「社内通信が乱れている。
業務ラインが……どうにも安定しない」
カリカリカリカリ……
欠員を思う
「……こういう時だ」
ぽつりと、大和田専務が言った。
「こういう時の対応が、一番うまかったのは」
「……大蔵(胃)だった」
会議室の空気が、わずかに沈む。
「ロカ(脾臓)もいた」
「彼はいつも、社内の騒ぎを静める調整役だった」
「胆下(胆嚢)もな」
「業務の乱れを、ぴたりと締め直す名人だった」
沈黙。
カリ……
カリカリ……
「……彼らがいないなんて」
飛騨課長が苦々しく呟いた。
「ありえん」
「誰が代わりに、ねずみ小僧を黙らせるというんだ」
誰も答えない。
最高責任者中務(なかつかさ)参上
そのとき――
廊下から足音が近づいてきた。
コツ……
コツ……
コツ……
規則正しく、迷いのない足取り。
会議室の空気が、ぴたりと張り詰める。
扉が開いた。
現れたのは――
CEO中務(脳)だった。
その手には、宝石箱のような美しい箱がひとつ。
中務はMissスリム・ビューティの前で足を止めると、その箱を差し出した。
「これを配れ」
Missスリム・ビューティが箱を受け取る。
そっと蓋を開けた。
中には、艶やかなベルギー産の高級チョコレートが整然と並んでいた。
会議室の全員が思わずそれを見つめる。

中務は静かに言った。
「ねずみ小僧の嫌がらせなど、我が社には痛くも痒くもない」
カリ……
カリカリ……
音は、まだ続いている。
だが中務の声は揺れない。
「まずは落ち着け」
ほんの一瞬、間を置く。
「甘くて美味しいものは、人の気持ちを整える」
Missスリム・ビューティは静かに頷いた。
「承知しました」
彼女はチョコレートを会議室の全員に配り始めた。
一粒ずつ、丁寧に。
カリ……
カリカリ……
音は止まらない。
だが、もう誰も慌ててはいなかった。
やがて配布が終わる。
Missスリム・ビューティは、箱を抱え直した。
「では、社内にも配ってきます」
中務は軽く頷く。
次の瞬間――
彼女は会議室を飛び出した。
コツコツコツコツコツ……
その足音は、さっきよりも速い。
社内全員にチョコレートを届けるために。
「流石だな、Missスリム・ビューティのスピードは」
CEOの中務は、小さく呟いた。
会議室には、まだ小さな音が残っている。
カリ……
カリカリ……
だがその音はもう
さっきほど不気味ではなかった。
⸻
欠けている人へ。
身体でも
心でも
人生でも。
だからこそ、そのあとに始まります。
内臓たちの会議。
この物語は、欠けているすべてのアナタへ捧げる、オマージュです。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ、応援、お願い🙏🏻💫致します🫶いただいたチップは、還流させて有効に使わせていただきます❣️