高齢になっても、猫と暮らしたいと思うのは、わがままですか?
夕方の部屋は静かで、
ソファーの上で、猫が丸くなっています。
「年を取ってから猫と暮らしたいなんて、わがままだろうか」
高齢になると、
住まいのこと、健康のこと、将来のこと。
いろいろな「心配」があるのは当然なことです。
その中で、
猫と暮らしたいという気持ちは、
どこかわがままで、後ろめたいものとして扱われがちです。
「責任が取れるの?」
「もし何かあったらどうするの?」
「もう飼う年齢じゃないでしょう」
そう言われるたびに、
本当は大切にしてきた気持ちを、
少しずつ引っ込めてしまう人もいます。
でも、
高齢になっても猫と暮らしたいと思う気持ちは、
本当に「わがまま」なのでしょうか。
猫がいる生活は、
特別な贅沢ではありません(とても贅沢な気持ちにはなれますが)。
朝、起きる理由になる。
ごはんの時間を気にする。
部屋を少し片づける。
窓を開ける。
今日も一日が、静かに始まる。
猫と暮らすことは、
朝に顔をあらって、歯を磨くこと、
その生活の輪郭を保つことに近いものです。
年齢を重ねると、
できなくなることが増えていきます。
その一方で、
「まだ続けられていること」があるのは、
とても大きな意味を持ちます。
猫の世話をすること。猫と暮らすこと。
それは、自分の生活が、まだ自分のものであるという、
小さなぬくもりであり、証のようなものです。
ところが、住まいの話、介護の話が出てくると
後回しにされ、余計なものとされがちです。
「効率」や「安全」が前に出て、
生活のぬくもり、肌触りは、説明しづらいものとして扱われます。
でも、
住まいは制度のためにあるものではなく、
生活のためにあるものです。
猫と暮らしたいという気持ちは、
将来を軽く考えている証拠ではありません。
むしろ、
これからの時間を、どう過ごしたいかを
真剣に考えているからこそ、出てくる気持ちです。
すぐに答えを出さなくてもいい。
今すぐ決めなくてもいい。
「この気持ちは、あっていいのだろうか」
そう立ち止まって考える時間自体が、
すでに大切な一歩です。
高齢になっても、
猫と暮らしたいと思うこと。
それは、
誰かを困らせるためのわがままではなく、
自分の生活を、最後まで大切にしようとする
自然な感覚なのだと思います。
もし今、
猫と暮らす気持ちと、住まいの不安のあいだで
立ち止まっているなら。
まずは、
その気持ちを否定しないところからでいい。
答えは、
急いで出さなくても大丈夫です。
もし、
高齢になっても猫と暮らしたいという気持ちと、
住まいのことをどう考えたらいいのかの間で、
少し立ち止まっている方がいたら。
にゃんともでは、
猫と暮らし続けることを前提に、
住まいのことをゆっくり話す
「住まいお茶会」という時間を用意します。
何かを決める場ではありません。
お茶を飲みながら、
今の暮らしのことを、
そのまま話していただくだけで大丈夫です。
答えを出す前に、
その気持ちを、置いておける場所があってもいいのだと思います。
次の記事では、
「親が高齢で猫を飼っている――それだけで将来が心配になる家族へ」
――家族側の視点から、
この問題を見てみたいと思います。
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👉 はじめての方へ ―― 解決を、急がなくていい理由
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