売却を勧められる立場にある。それでも、急がない猫でいたい
なぜ、売却提案をしないのか
休みの午後のいつも違った道を自転車で進む。
無人の野菜売り場があったりと藤沢市と綾瀬市の境目あたりの裏路地はのどかな住宅街である。
こういった空き家のことを考える前は、気にしなかったが、
「あそこは、空き家かな」とおもって、自転車をゆっくり走らせる。
玄関、軒下、車両といったものに少し生活感を感じて、「まだ違うね」と自転車の速度を戻す。
人のいない家の空気が気になるようになったのは最近だけど、ただ、そこに空き家はずっとあったはずである。
空き家の解決策として言われるのは、
「売ったほうがいいですよね?」
合理的に考えれば、そうかもしれません。
維持費はかかる。固定資産税は続く。建物は劣化する。
市場に出せば、現金化できる可能性もある。
売却は、たしかに合理的な選択です。
けれど、合理と生活は、必ずしも一致しません。
そこにあった暮らし。
猫が窓辺で寝ていた場所。
家族で過ごした時間。
そうしたもの、オーナーの心情的付加は査定額には入りません。
単に、市場価格があるだけです。
だからこそ、「売る」という結果がオーナーの満足になるのか。
売るという“解決”は、気持ちの整理とは別の時間で進みます。
合理的な解決の道を提示することは、難しくありません。
市場動向を説明し、価格帯を示し、手続きの段取りを組めばいい。
けれど私は、そこに一つの“距離感”を置くことを選んでいます。
すぐに売却提案をしないことは、怠慢なのではありません。
むしろ、提案できる立場にありながら、急がせない選択を意図的に選ぶこと。
それが、私の覚悟です。正直言って、損な、利益のでない覚悟かもしれません。
しかし、売却は、人生の中でそう何度もある出来事ではありません。
一度手放せば、原則として戻らない。
不可逆な判断です。
だからこそ、私は「今はまだ決めない」という選択肢を、制度の外ではなく、制度を理解した上で守りたいと思っています。
急がせることは、簡単です。
「今が売り時です」「放っておくと損です」と言えば、人は動きます。
けれど、損得の言葉だけで動いた判断は、後から静かな後悔を残すこともあります。
私は行政書士試験と宅建士試験に合格し、現在、登録手続きの途中にあります。制度の内側に立とうとしているからこそ、その力の使い方には距離を置きたいと思っています。
空き家は、単なる資産ではなく、生活の途中にあるものです。
売ることが悪いのではありません。
貸すことが正しいとも限りません。
ただ、決めるまでの時間を守ることも、専門家の役割の一つではないかと、私は考えています。
合理性を知っているからこそ、急がない。
制度を理解しているからこそ、距離を保つ。
売らないことは、何もしないことではありません。
売却以外の選択肢を整理し、リスクを可視化し、家を静かな状態で保つ。
その上で、相談者自身が決める。
それが、にゃんともが大切にしている距離感です。
家も、人も、猫も。
急がせないほうがいい時間があります。
もし今、「早く決めなければ」と心が急いでいるなら、
そのスピードを少しだけ緩める場所があってもいい。
解決を、急がなくていい。
判断を急がせないという立場を、
私は、そういった時間を守る士業として、意図的に選んでいます。
売却を勧めることもできる立場にあります。それでも、急がない猫のようにいたい。
このnoteでは、空き家・高齢者・猫をテーマに、
判断を急がせない考え方をまとめています。
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