お茶を飲みながら、猫と住まいの話をする時間があってもいい
コーヒーカップを、両手で包む。
手のひらだけでなく、ゆっくりと体の奥まで温まっていく。
テーブルの上には、急いで書くための紙も、答えを出すための資料もない。
猫は、少し離れた場所で、本気寝をして警戒なくとろけて居る。
話の輪に入ってくるわけでもなく、でも、そこにいる。
そんな時間があっても、いいのではないか。
高齢の親と、住まいの話をしようとすると、
どうしても「大事な話」になりがちだ。
これからのこと。
もしものとき。
困らないために、今のうちに。
話す側は、心配して緊張し、
聞く側は、身構えてしまう。
その結果、どちらも疲れてしまうことがある。
「お茶を飲む」という行為は、
休憩や、水分補給だけのものではない。
来客があったとき。
何かを頼まれたとき。
純粋にお茶の風味を楽しむとき。
そして、「お茶を飲む」という行為は、
「話してもいい時間ですよ」という合図でもある。
正面から向き合うための、
少しだけ距離を保つための、生活の知恵だ。
だからこそ、
相談でもない。
面談でもない。
契約でもない。
ただ、
お茶を飲みながら、猫の話をする。
ついでに、住まいの話が混ざる。
そんな関わり方があってもいいのでは。
家で話すからこそ、見えてくることがある。
玄関までの動線。
猫のトイレの置き場所。
日当たりのいい窓辺。
いつも座る椅子。
書類の上では分からない、
「その人の生活の真ん中と、その余白」
「ここは、まだ大丈夫そうだね」
「ここは、少しだけ気になるね」
そんな言葉が、自然に出てくる。
この時間には、目的がない。
何かを決める必要もない。
方向性をまとめる必要もない。
結論を出さなくていい。
ただ、
今の暮らしを壊さずに、
気になっていることを、ひとつずつ置いてみる。
「まだ大丈夫」
「今は考えたくない」
その言葉を、否定しない場所。
むしろ、
「そう思えるだけの理由が、ちゃんとあるんですね」と
一度、そのまま受け取る場所。
猫と暮らす時間は、
高齢者にとって「残り時間」ではなく、
「今の生活そのもの」だ。
そこに土足で入り込むような関わり方ではなく、
靴を脱いで、靴下の柄にもこだわって室内を歩きたい。
それが、
お茶を飲みながら話す、ということであって欲しい。
にゃんとも事業の
「猫と暮らし続けるための住まいお茶会」は、
問題を解決する場ではない。
答えを出す場でもない。
猫と暮らす今を前提に、
住まいと将来を、いったん分けて置いてみるための時間。
急がなくていい。
決めなくていい。
説得しなくていい。
「今日はここまででいいですね」と言える関係。
それだけで、
家族との会話が、少しだけ楽になることもある。
住まいと猫の話は、
重くしようと思えば、いくらでも重くなる。
だからこそ、
最初は、お茶からでいい。
湯のみが冷めるころ、
少しだけ、空気がやわらぐ。
そのくらいの距離感で、
暮らしの話ができる場所があってもいい。
――解決を、急がなくていい。
その前段階の時間を、そっと用意しています。
次の記事では、「猫がどこで寝ているか、住まいの話は変わるかも?」をまとめていきます。
※はじめての方へ
このnoteの考え方は、こちらの記事にまとめています。
👉 はじめての方へ ―― 解決を、急がなくていい理由
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