コラム:【ミラーレス笑】と嘲笑されたあの日、俺だけが未来を見ていた
2012年、あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
カメラ売り場の特等席には、黒くて重厚なキヤノンとニコンの巨体が鎮座していた。世はまさに【一眼レフ絶対王政】の時代。「写真は光学ファインダー(OVF)で生の光を見て撮るもの」という教義が絶対であり、それ以外はすべて異端、あるいは「お遊び」と見なされていた頃だ。
そんな中、俺が手にしたのは、発売されたばかりの【FUJIFILM X-Pro1】だった。
周囲の視線は冷ややかだった。いや、もっと露骨に言えば、馬鹿にされていた。
写真仲間の集まりでX-Pro1を出した瞬間の、あの空気。「なにそれ、コンデジ?」「APS-C? フルサイズじゃないの?」「EVFなんて、テレビ画面見て撮ってるようなもんでしょ?」。
当時の【一眼レフ原理主義者】たちの言葉は鋭利だった。彼らは口を揃えてこう言った。「ミラーレス(笑)」。
ラグのあるEVF、迷いまくるAF、決して便利とは言えない操作系。彼らの言うことは、スペック上は正しかったのかもしれない。動きものは撮れないし、バッテリーも持たない。彼らが「重くてデカい黒い塊」を振り回し、秒間何コマもの高速連写音を響かせている横で、俺は一枚一枚、じっくりと、時にもっさりと動くカメラと対話していた。
でも、俺には分かっていた。
この【スクエアでクラシカルな箱】の中に詰まった、えも言われぬ美学が。
カチカチとアナログなダイヤルを回して露出を決める、あの指先の快感が。
そして、覗いたファインダーの向こうに見える、数値化できない【未来】が。
「不便? だからどうした。俺はこれが楽しいんだよ」
超少数派の強がりと言われても構わなかった。俺は、便利さよりも【愛せる道具】であることを選んだのだから。
──あれから10年以上の時が流れた。
かつて俺を「ミラーレス(笑)」と嘲笑ったあの巨頭たちはどうなった?
一眼レフは事実上の【絶滅】を迎え、あれほど「生の光じゃないとダメだ」と豪語していた原理主義者たちは今、こぞってミラーレスを手にし、EVFを覗いて「瞳AFすごい!」などと喜んでいる。
世界がようやく、俺たち(と富士フイルム)に追いついたのだ。
あの時の俺の選択は間違っていなかった。先見の明があったのは、スペック表しか見ていなかった彼らではなく、ロマンを信じた俺たちだったのだ。そう、俺たちの完全勝利だ。
……と思っていたら、ここに来て予想外の事態が起きている。
2024年、あんなに硬派でマニアックだったはずの富士フイルムが、若者たちから【可愛い(Kawaii)】と言われているらしい。
TikTokやInstagramで「レトロでエモい」と持て囃され、X100シリーズは幻のアイテムとなり、Xシリーズ全体がファッションアイコンになりつつある。
正直、古参としては戸惑いもある。「俺たちの硬派な道具が、ファッションだと?」。
だが、悪い気はしない。かつて「おもちゃ」と笑われたカメラが、今や世界中で【争奪戦】になるほどの憧れの対象になっているのだから。
ありがとう、富士フイルム。
あの暗黒時代、頑なに「画質と色とデザイン」を貫いてくれて。
最近、値段は随分と【高級品】になってしまったし、供給不足でヤキモキすることもあるけれど、文句は言わない。
俺はあの日、X-Pro1を選んだ自分を誇りに思う。
そしてこれからも、この「変わり者」のメーカーと共に生きていく。
たとえ時代がどう変わろうと、俺たちは【写真の楽しさ】を知っているのだから。
一生ついていくよ、富士フイルム!
