あなたの“ライク”を教えてください|採用面接をめぐる話
Project MOON No. X-7
「御社で働きたい理由は、御社で働きたいからです!」
面接室の空気が、一瞬だけ止まった。
私は飛びかけた意識を、なんとか引き戻す。
なるほど。
うちで働きたい理由は、
うちで働きたいから……と。
朝の10時。
この日、一人目の面接だった。
蛍光灯の白い光が、
会議室を均一に照らしている。
壁には会社理念。
ホワイトボードには消し忘れた数字。
紙コップのコーヒーからは
湯気が少し立ち昇る。
向かいに座る彼は、
背筋をぴんと伸ばしたまま、
膝の上で指をぎゅっと握っている。
少しふっくらした顔。
丁寧に整えられたセンター分け
表情はかなり緊張している。
ネクタイは少しだけ曲がっていて、
スーツもまだ着慣れていない感じがあった。
たぶん、就活用に買ったばかりなのだと思う。
額にはうっすら汗が浮いていた。
哲学かな、と私は思った。
もう一度穏やかに聞く。
「なるほど。
うちの会社を志望した理由を、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいかな。」
彼は
「はい!」と少し大きな声で返事をしたあと、
目線を少し泳がせた。
かなり緊張しているらしい。
「ごめん。 緊張するよね。
お茶でも飲んで、少しリラックスして。」
彼は
「ありがとうございます」と小さく笑い、
目の前にあるコップを両手で持った。
その笑顔もまだ少し固い。
少し質問を変えてみる。
「普段、リラックスするときって何してるの?」
彼の顔が、少しだけ明るくなる。
「私の趣味は、本を読むことです!」
(まだ緊張が抜けてないな……)
「そうなんだ。
どんな本がおすすめ?」
「実は私も、本読むの好きなんだよね。」
すると彼は、待ってましたと言わんばかりに少し前のめりになった。
「これと、これと、これですね……!」
自己啓発本のタイトルが、次々と飛んでくる。
私は相槌を打ちながら、
その勢いをなんとか受け止めていた。
そして同時に、
静かに頭の中を整理していく。
もう少しだけ聞いてみる。
「自己啓発本、多いね。
その中で、一番おすすめの一冊ってある?」
彼は数秒考えたあと、
まっすぐこちらを見て言った。
「全部です!」
(……うーん。さて、どうするか)
私は一度履歴書へ目を落とし、
質問の角度を少し変えることにした。
「周りの人からは、どんな人って言われることが多いのかな?」
彼は少し考えたあと、自信ありげに答えた。
「潤滑油です!」
来た。
時々いる、“潤滑油男子”である。
ちょうど昨日、自転車のチェーンが錆びていて、
「そろそろ潤滑油ささないとな」
と思っていたところだった。
いやいや。
私は思考を仕事へ戻す。
「潤滑油。
どういうところを、そう言われることが多いの?」
彼は少し安心したように、今度はちゃんと笑った。
「友達思いで、優しいところかもしれません。」
「人と話すことも好きです。」
「だから営業を志望しました。」
(ふーむ……)
「働きたい」という気持ちだけで、
その会社へ入れるわけではない。
自分は、どう働きたいのか。
何を大事にして生きてきたのか。
どんな人生を歩いてきたのか。
そういうものを、
自分の言葉で伝えなければいけない。
面接官もまた、
就活生の本音と建前の奥にある“その人らしさ”を見ようとしている。
そのうえで、
会社側も「会社としての価値観」を伝える。
良いところも。
苦しいところも。
できるだけ隠さずに。
もちろん、
お互い多少の営業トークが入るのは分かっている。
就活生は、普段とは少し違う“余所行きのスーツ”を着てやって来る。
会社側もまた、“会社用の化粧”をしたまま面接室へ座っている。
ただ、本当に大事な部分だけは、
誤魔化してはいけないと思っている。
実際の仕事はどうなのか。
どんなところが大変なのか。
どんな瞬間にやりがいを感じるのか。
そして、
その人の“働きたい”と、会社の“求めるもの”が重なっていくのか。
今は少し違っていても、
時間をかけて同じ方向を向いていけるのか。
そういう部分を、
できるだけ先入観を持たずに見ようとする。
たぶん、その方がお互いのためだからだ。
ところで。
“ワーク〈ライク〉バランス”
という言葉があるらしい。
「あなたの“ライク”を教えてください」
最近の面接は、
そんな空気を少しずつ帯び始めている。
会社も就活生も、
お互いの“ライク”を探りながら、
「ここで働く」ということを決めようとしているのだと思う。

「失礼します!」
ノックと同時に、
少し大きめの声が会議室へ飛び込んできた。
ドアを開けた瞬間の空気で、
なんとなく分かることがある。
緊張している。
私は机の上の履歴書へ一度視線を落とし、
「どうぞ」と椅子をすすめた。
昼の2時半。
今日3人目の面接だった。
蛍光灯の白い光。
少し乾燥した会議室。
紙コップのコーヒーは、
さっき淹れ直したばかりである。
今の新卒採用は、かなりの売り手市場だった。
特に大手ではない会社にとって、
「面接へ来てくれる新卒」
というだけで、かなり貴重な存在だった。
採用できればもちろん嬉しい。
ただ、不採用だったとしても、
将来どこかでお客様になるかもしれない。
だから、
緊張している子には、
まず話しやすい話題から入りたい。
「部活は何やってたの?」
「へー、すごいね。キャプテンだったんだ。」
「学生時代に力を入れてたことは?」
「アルバイトしてたんだ。何の仕事?」
「趣味とかある?」
「最近ハマってるものとか。」
「おー、音楽ね。」
「バンド? 何の楽器やってるの?」
最初はガチガチだった表情が、
少しずつ柔らかくなっていけば儲け物である。
膝の上で握り締めていた指も、
少しだけほどけたような気がする。
履歴書を読むより先に、
その人が持っている“温度”を知りたいのだ。
面接は、履歴書を確認する場所というより、
「どんな人生を歩いてここへ来たのか」
を探す時間だと思っている。
さあ。
普段の力を、ちゃんと出してこい。
そんなことを思いながら、面接を仕切り直す。
「では、弊社を志望した理由を聞いてもいいかな。」
彼は一度背筋を伸ばし、
「はい」と小さく息を吸った。
「私は、人と話すことが好きです。」
「人と関わる仕事がしたいと思って、
営業職を志望しています。」
なるほど。
私はゆっくり頷きながら、
頭の中で少し考える。
“人と話すのが好き”。
「ちなみに、業界は絞って就活してるの?」
彼はすぐ答えた。
「いえ、今は営業職を中心に、
業種を絞らず就職活動をしています。」
受け答えは堂々としている。
ただ、この堂々さは、
どこか少し“就活用”でもあった。
彼は続ける。
「ただ、御社の会社説明を聞いて、
入りたい気持ちが強くなりました。」
私は頷きながら、
「ありがとうございます」と返す。
そして、もう少し踏み込んでみる。
「将来的には、
どんな働き方をしたいとかあるの?」
彼は少しだけ迷ったあと、
まっすぐこちらを見て言った。
「将来は、御社で学んだことを活かして、
独立したいと考えています。」
独立、か。
しかも採用面接で、
かなり堂々と言う。
私は思わず、
彼の顔を二度見した。
ただ、
たぶん悪気はない。
目はまっすぐで、
妙にキラキラしていた。
“会社に尽くしたい”より先に、
“自分はどう生きたいか”
を話している。
そういう正直さは、
嫌いじゃなかった。
仕事を通して何を得たいのか。
どんな人生を送りたいのか。
仕事の外側に、どんな“ライク”を置いているのか。
会社で叶えたいこと。
自分自身が大切にしたいこと。
その両方を、
もっと熱を持って話す姿を見てみたいと思った。

「ぜひ御社に入社したいです。」
その言葉を、
彼女はまったく緊張した様子もなく言った。
会議室の空気が、少しだけ変わる。
就活生の中には、緊張で声が震える人もいる。
質問の意図を探りすぎて、
言葉が止まる人もいる。
でも彼女は違った。
最初から最後まで、視線がぶれなかった。
夕方4時過ぎ。
今日5人目の面接である。
西日が少し弱くなり始めた会議室。
蛍光灯の白い光。
乾いた空調。 空のコーヒーカップ。
彼女は椅子へ浅く腰掛け、
背筋をまっすぐ伸ばしている。
ショートカット。
少し浅黒い肌。
長く外でスポーツをやっていた人の焼け方だった。
視線に強さがある。
相手の目を見ながら、
言葉をまっすぐ返してくる。
「御社で出世されている方って、
どんな傾向がありますか?」
「入社までに身につけておいた方がいいスキルを教えてください。」
「御社が第一志望です。」
さっきまで、
大手企業や他の中小企業も受けていると言っていたはずなのに。
でも、言い方に迷いがない。
“面接だから言っている”のか、
“今この場では本当にそう思っている”のか。
ただ、
受け答えも終始気持ちがいい。
質問に対して、一度しっかり考えてから返す。
間も長すぎない。
準備してきた言葉と、
自分の言葉の境目が自然だった。
「会社説明会で感じた雰囲気がすごく良かったです。」
「あと、結婚して子どもができても働き続けたいので、育休前後のサポート制度にも魅力を感じました。」
そう話すときだけ、
少しだけ表情が柔らかくなる。
彼女は続けた。
「アルバイトで家電量販店に勤めていたんですが、店頭販売の実績は店内一位で、
表彰もいただきました。」
そう言いながら、
クリアファイルから一枚の紙を丁寧に取り出す。
「こちら、店長からの推薦書です。」
(おお。しっかりしてるな)
思わず、心の中でそうつぶやいた。
彼女は少しだけ口角を上げながら続ける。
「能力に応じたキャリアプランがある、
という説明にも魅力を感じています。」
話すたびに、
“ちゃんと準備してきた人”
という空気が伝わってくる。
でも同時に、
少しだけ“完璧すぎる”感じもあった。
たぶん彼女は、
今まで何度も面接対策をしてきたのだ。
どう答えれば印象がいいのか。
どこで笑えば感じが良いのか。
どんな言葉が企業側に刺さるのか。
その全部を、かなり高い精度で理解している。
「ぜひ、よろしくお願いします。」
「今日はありがとうございました。」
最後までそつなく、綺麗なお辞儀をして、
彼女は会議室を出ていった。
ドアが閉まったあとも、
さっきまでそこにあった緊張感だけが、
少し静かに残っていた。
◇
「推しがいる人は、思っているより強い。」
そんなことを、私はこの採用面接で知った。
「失礼します。」
約束の時間より5分早く来ていた彼女は、
待機室の椅子へ浅く腰掛け、
そわそわと落ち着かない様子で両手を膝の上へ置いていた。
背筋を伸ばし、小さく息を吐く。
を繰り返す。
そして、
ドアを二回ノックして会議室へ入ってきた。
夕方5時半過ぎ。
今日最後の面接である。
蛍光灯の白い光が、
少し乾いた会議室を静かに照らしている。
先ほど淹れなおした紙コップのコーヒーは、
少し冷め始めている。
彼女は椅子へ座ると、小さく背筋を伸ばし、
緊張した顔のまま自己紹介を始めた。
「御社の営業を志望しています。」
「御社のホームページを拝見して……先輩社員のお話を会社説明会で聞いて、この会社に入りたいと思いました。」
前髪は眉の上でまっすぐ切りそろえられている。
後ろ髪はひとつにまとめられ、
きゅっと後ろで結ばれていた。
スーツもサイズが合っていて、
ブラウスにも清潔感がある。
かなり真面目な子なのだと思う。
ただ、緊張は話し始めてもなかなか抜けない。
「私は……」
そこで一度言葉が止まり、小さく唇を結ぶ。
声も少し細い。
空気を変えようと思い、
履歴書へ視線を落としながら聞いてみた。
「趣味の欄、“推しのライブ”って書いてるね。」
すると
彼女の目が、急に明るくなった。
「ライブに行くのが趣味で、
好きなバンドの推し活をしています。」
さっきまでとは、声の温度が違う。
「どんなにしんどいことがあっても、
推しのライブに行けば復活できるんです。」
少し前のめりになりながら話す。
「御社の仕事内容を聞いて、魅力だけじゃなくて大変なことも多いって分かりました。」
「でも、ライブに行ければ、
また頑張れると思ってるんです。」
彼女は、
さっきとは別人みたいにカラッと笑った。
その笑顔に、思わずこちらも引き込まれる。
“この子は、
ちゃんと自分の回復方法を知っている。”
そんな感じがした。
そこからは、
彼女の志望理由やキャリアプランを、
等身大の言葉で話してくれた。
決して派手ではない。
でも、
何を大切にして働きたいのか。
どういう人生を送りたいのか。
その輪郭が、ちゃんと見える話し方だった。
面接が終わる頃には、
外はもう暗くなっていた。
会議室の窓へ夜の街の灯りがぼんやり映っている。
彼女は椅子から立ち上がると、
来たときより少し大きな声で言った。
「ありがとうございました!」
最初の緊張した表情は、
もうほとんど消えていた。
軽く頭を下げ、
少しだけ弾むような足取りでドアへ向かう。
その背中を見送りながら、
なんだか少しだけ、
こちらも元気を分けてもらった気がした。

面接が終わった会議室には、
静かな疲れが残っていた。
机の上に履歴書を並べ直しながら、
今日面接をした6人の顔を思い返す。
蛍光灯の白い光。
少し乾いた空調。
ホワイトボードに残った数字。
冷めたコーヒーを、一気に飲み干す。
椅子へ深く座り直し、小さく息を吐く。
これから、
最終面接へ上げるための報告書を書く。
受け答え。
表情。
空気感。
話している途中で感じた違和感。
履歴書だけでは分からなかった“その人らしさ”を、できるだけ言葉にしていく。
「今日は……一人かな。」
もう一度資料を見直す。
誰を通すのか。
誰を見送るのか。
決める側の人間は、一定以上の責任が伴う。
その判断が、
誰かの人生を大きく変えるかもしれないからだ。
今の時代、
ひとつの会社で定年まで働く、
という感覚はかなり薄くなった。
新卒の三年以内離職率は三割近い、
という話もある。
転職サイトのCMは毎日のように流れ、
「キャリアアップ」や「市場価値」という言葉も、
当たり前みたいに聞こえてくる。
まさに、大転職時代である。
それでも。
会社の入口に立つ人間としては、
やっぱり考えてしまう。
この人は、何を大切にして生きてきたのか。
何を支えにして、何に傷ついてきたのか。
どんな環境で育って、
どんな言葉を聞いてきたのか。
仕事を通して、何を手に入れたいのか。
採用は、
ただ条件が合う人を探す仕事ではない。
“その人の価値観と、会社の空気が、
ちゃんと重なっていくか”
そこを見る仕事なのだと思う。
誰かの「働く」が始まる入口で、
その人の“ライク”と、会社の“ライク”が重なり合う場所を探していく。
それが、
“ワークライクバランス”の入口なのかもしれない。
了
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