【創作大賞2026 エッセイ部門】コーヒーと私と|コーヒーを飲み続けて23年後にわかった話
Project MOON No.X-8
第一章
コーヒーと私と|「母さんには内緒だぞ」

四歳の私は、父親からコーヒーをもらった。
次に父親からコーヒーを受け取ったのは、
二十三年後だった。
その話をしようと思う。
◇
私の記憶に残る父親は、
いつもコーヒーと共にあった。
父親は
休日になると、
自宅の二階にある仕事部屋へこもる。
小さな丸テーブル。
揺れるハンモックチェア。
サングラス。
分厚い本。
そしてコーヒー。
窓からは傾いた西日が静かに差し込んでいた。
私は時々、
その部屋をのぞきに行った。
父親は本から顔を上げ、
私を見る。
そして、
少しだけ微笑む。
それだけだった。
でも、
その時間が私は好きだった。
コーヒーの香り。
本の匂い。
静かに流れる時間。
子どもだった私には、
その部屋が
少しだけ大人の世界のように見えていた。
そして今でも、
父親を思い出す時、
真っ先によみがえるのは、
あの部屋の空気とコーヒーの香りだ。
◇
私が人生で初めてコーヒーを口にしたのは
四歳の頃だった。
幼い頃の記憶は断片的にしか残っていない。
だが、
この日のことだけは、
今でもはっきりと思い出せる。
夕方の公園だった。
父親と二人で遊んだ帰り道。
公園の端にある自動販売機の前で
父親が足を止めた。
少し色あせた赤い自動販売機だった。
父親はズボンのポケットから小銭を取り出し、
手のひらの上で数えながら商品の列を見つめた。
私は当然、
ジュースが出てくることを期待した。
父親は迷うことなくボタンを押した。
そして、同じボタンをもう一度押す。
ガタン。
ガタンッ。
乾いた音を立てて缶が落ちる。
父親は屈み込み、二本の缶を取り出した。
“ミルクコーヒー”
縦に細長い缶で、
茶色と白、
そして赤いロゴが印象的な缶コーヒーだった。
父親は自分の分を一本取り出し、
なぜかもう一本を私へ差し出した。
私は少し驚いた。
ジュースではなかったからだ。
子どもだった私の目には、
それは
大人だけが飲む特別な飲み物に見えた。
父親は缶を差し出しながら
少しだけ口元を緩めた。
そして声をひそめるように言った。
「母さんには内緒だぞ」
その瞬間の私は、
秘密を共有する仲間に選ばれた気がした。
今思えば、
四歳の子どもに
缶コーヒーを渡すのは
なかなかである。
だが
当時の私は
そんなことを考えるはずもない。
父親から渡された
「秘密の飲み物」に胸を躍らせながら、
恐る恐る口をつけた。
そして驚いた。
ものすごく甘かったのである。
想像していた大人の飲み物は、
もっと苦いものだと思っていた。
だが、
その缶コーヒーは甘くて、
とてもおいしかった。
松ぼっくり集めに費やした体力が、
その甘さで
ゆっくり回復していくような気がした。
私は缶を両手で抱えながら、
何度も缶の縁へ唇を寄せた。
父親はそんな様子を横目で見ながら、
自分のコーヒーをゆっくり飲んでいた。
時折こちらを見て笑っていた気がする。
気づけば、
私は一本をあっという間に飲み干していた。
今思えば、
嬉しかった理由は単純だった。
父親から秘密の飲み物をもらったこと。
それが驚くほどおいしかったこと。
そして、
父親と同じものを飲んでいたこと。
たったそれだけのことだった。
でも、
そのことがたまらなく嬉しかったのだ。
父親と同じ缶を持ち、
父親と同じ時間を過ごしている。
ただそれだけのことなのに、
四歳の私には特別だった。
夕焼けも。
両手いっぱいに抱えた松ぼっくりも。
父親の横顔も。
「ミルクコーヒー」も。
あの日の景色は、
今でも私の中に残っている。
今の私は、
甘い缶コーヒーを飲むことはない。
でも、
あの日の景色だけは、
不思議と時間に流されなかった。
だから私にとってコーヒーは、
ただの飲み物ではない。
父親のこと。
あの公園のこと。
子どもだった頃の自分のこと。
そんな遠い記憶を、
そっと連れてきてくれる。
コーヒーは、
私にとって小さなタイムマシンなのである。
第2章
コーヒーと私と|父親は消えたのに、コーヒーだけが残った話

父親はいなくなった。
そして、
コーヒーだけが残った。
気づけば私の生活には、
いつもコーヒーがあった。
普通の子どもなら、
喉が渇けばジュースを飲む。
運動をした後は、
スポーツドリンクを飲む。
友達と遊んだ帰りには、
コーラやサイダーを買う。
ところが私は違った。
なぜか、
いつもコーヒーを選んでいた。
◇
父親はある日、
突然私たちの前からいなくなった。
もちろん、
本当に消えたわけではない。
交通事故で頭を強く打ち、
記憶をつかさどる
海馬という部分を
損傷したらしい。
母親は何度も説明してくれた。
父親がどんな状態なのか。
なぜ一緒に暮らせなくなったのか。
これからどうなるのか。
私は黙って話を聞いていた。
言葉はわかった。
でも、
その意味までは理解できなかった。
昨日までいた人が、
明日もいる。
子どもだった私は、
それを当たり前だと思っていた。
だから、
父親がいなくなるということが、
うまく想像できなかった。
やがて私たちは、
住み慣れた家を離れ、
母親の実家へ引っ越した。
父親のいない生活が、
そこで静かに始まった。
その後の話については、
別の記事で詳しく書いています。
もし興味があれば、
のぞいてみてください。
▶︎「マチコは毎日そこにいた|家を壊さなかった人の話」
私の人生から父親は消えた。
でも、
不思議なことにコーヒーは残った。
いや、
残ったどころか、
私の暮らしの一部になっていた。
スポーツをして喉が渇いても。
スーパーで飲み物を買う時も。
自動販売機の前に立てば、
少し悩むふりをして、
結局カフェオレのボタンを押す。
テスト前の一夜漬けも。
友達と公園で遊んだ帰りも。
弁当と一緒に飲むのも。
私はコーヒーと一緒に育った子どもだった。
◇
ちなみに余談だが、
一般的にコーヒーかどうかは、
「コーヒー豆由来の成分が
どれくらい含まれているか」
で分類されるらしい。
その基準でいうと、
私が人生で初めて飲んだ
某メーカーのミルクコーヒーは、
実はコーヒーより牛乳の方が主役である。
厳密には、
「コーヒー飲料」ですらなく、
「乳飲料」の分類らしい。
つまり、
私のコーヒー人生の原点は、
そもそもコーヒーではなかった可能性がある。
なかなか衝撃的な事実だが、
今回は私の思い出に免じて、
この情報はひとまず
棚の上へ置かせていただきたい。
◇
今思えば、
本当にコーヒーが好きだったのか。
父親への憧れだったのか。
そのあたりは、
今でもよくわからない。
ただひとつ確かなことがある。
私の周りに、
コーヒーが好きな小学生は
一人もいなかった。
◇
中学生になった。
当時、
マネージャーが用意してくれる
大型の保冷タンク(通称キーパー)は、
私たち部員にとって神様のような存在だった。
体育館に終了の笛が響く。
汗だくのままキーパーの前に並ぶ。
蛇口をひねる。
冷えた麦茶が勢いよく流れ出る。
みんな夢中で飲んでいた。
「くーっ!」
冷えた麦茶を飲んだ瞬間、
みんな自然と声が漏れていた。
もちろん私も飲んだ。
普通においしかった。
むしろ、
あの麦茶は格別だったと思う。
それでも。
帰り道になると、
私は自動販売機の前に立っていた。
そして迷ったふりをしながら、
結局コーヒーを買っていた。
◇
家に帰れば、
祖母がやかんで沸かした麦茶が、
いつも冷蔵庫に入っていた。
大きなボトルが二本。
喉が渇けば麦茶を飲む。
たぶん、
中学生というのはそういうものだ。
少なくとも、
私の周りはみんなそうだった。
でも、
私だけは少し違った。
麦茶も飲む。
もちろんジュースも飲む。
それなのに、
隙さえあればコーヒーを飲んでいたのである。
今思えば、
変わった中学生だった。
◇
当然、
母親は黙っていなかった。
私が冷蔵庫の前で
コーヒー牛乳を飲んでいると、
「あんた、またコーヒー飲んでるの?」
と眉をひそめる。
自動販売機で缶コーヒーを買って帰れば、
「そんなに飲んだら身長が伸びないよ」
と真面目な顔で注意された。
当時の親世代には広く信じられていた。
いわゆる、
「コーヒーを飲むと身長が伸びない説」
である。
母親は本気だった。
だが私は内心、
(そんなことあるかよ)
と思っていた。
とはいえ、
完全に無視するほどの勇気もない。
そこで私は考えた。
だったら牛乳も飲めばいい。
◇
当時の牛乳は、
身長を伸ばす飲み物界の絶対王者だった。
コーヒーはやめたくない。
身長も伸ばしたい。
子どもなりに導き出した答えである。
私はコーヒーを飲みながら、
牛乳も飲んだ。
結果、
麦茶。
コーヒー。
牛乳。
麦茶。
コーヒー。
牛乳。
という鉄壁のローテーションが完成した。
今思えば、
短期決戦で中継ぎ投手を酷使する
メジャーリーグの監督みたいな采配だった。
もちろん当時の私は
大真面目である。
◇
そして結論から言うと、
母親と当時の親世代が信じていた理論は、
私によって見事に論破された。
私は日本人の平均値を
大きく上回る身長になった。
どうやら現在でも、
「コーヒーそのものが身長を止める」
という明確な根拠は見つかっていない。
問題になるのはカフェインだ。
寝つきが悪くなる。
睡眠の質が下がる。
結果として発育へ影響する可能性がある。
つまり本当に大事なのは、
コーヒーではなく睡眠だったのだ。
◇
もっとも、
大人になってからは、
「牛乳は日本人の体質に合わない」
という説もあるらしいことを知った。
そうなると、
私の身長を伸ばした功労者は、
牛乳でもコーヒーでもない。
父親の事故のあと、
私たちは祖母と一緒に暮らしていた。
毎日せっせとご飯を作ってくれていた、
あの祖母こそが
本当の功労者だったのかもしれない。
結局、
一番効果があったのは、
栄養バランスの良い食事だった。
ただ、
私は幼い頃から、
コーヒーを飲み続けていた。
もし本当に、
カフェインのせいで睡眠が浅くなり、
集中力が落ちていたのだとしたら。
高校時代、
留年ギリギリまで成績が落ちたことも。
大学卒業後に就職せず、
しばらくふらふらしていたことも。
司法浪人時代に、
思うような結果が出なかったことも。
全部、
コーヒーのせいだった可能性がある。
たぶん。
もちろん、
これは私の持論であり、
根拠は当然、ない。
◇
結局、
父親は消えてしまった。
でも、
コーヒーだけは消えなかった。
むしろ、
私と一緒に歳を重ねていった。
そして私は、
コーヒー好きの
少し変わった子ども時代を経て、
筋金入りの
コーヒー好きな大人になっていくのである。
第3章
コーヒーと私と|コーヒーが仕事になった頃の話

コーヒーは甘いものだと思っていた。
少なくとも、四歳の頃は。
私の中でコーヒーとは、
少し特別で、
少し大人で、
そしてすごく甘い飲み物だった。
そんな私が
ブラックコーヒーを飲むようになった。
◇
きっかけは浪人時代だった。
大学受験のために勉強を続けながら、
私はイタリアンレストランの厨房で
アルバイトをすることになった。
初めて入った本格的な飲食店だった。
厨房の中は想像以上に忙しかった。
フライパンがぶつかる音。
オーダーを呼ぶ声。
換気扇の低い唸り。
ニンニクとオリーブオイルの香り。
そして慌ただしく行き交う料理人たち。
私はその空間が好きだった。
まだ右も左もわからない新人だったが、
プロが働く場所には
独特の格好良さがあった。
その店に一人の先輩がいた。
無駄な動きが少なく、
包丁を握る立ち姿も様になっていた。
私のような新人からすると、
少し近寄りがたいくらい格好良かった。
その先輩は休憩になると
決まって店の裏へ向かった。
バックヤードのコンクリートの壁にもたれ、
少しまくった白いコックコートの袖から
日に焼けた腕をのぞかせながら
タバコに火をつける。
そして、
もう片方の手には、
いつも
小さなブラックコーヒーの缶が握られていた。
不思議だった。
店ではドリップコーヒーも出している。
エスプレッソマシンもある。
その気になれば、
いくらでも美味しいコーヒーが飲める。
それなのに先輩は
頑なに缶コーヒーを選んでいた。
理由を聞くと、
「飲み終わったあと灰皿になるから」
と言った。
確かに、
あのサイズはちょうど良かった。
持ち運びやすい。
飲み切るのにも時間がかからない。
気づけば私は、
先輩と同じ缶コーヒーを
買うようになっていた。
もっとも、
真似をしたのはコーヒーだけである。
タバコだけは、
最後まで真似できなかった。
コンビニで飲み物を買う時も
休憩中に飲むのも
気づけば甘い缶コーヒーではなく、
ブラックコーヒーを選ぶようになっていた。
◇
大学を卒業した。
大学卒業後の私は、
まだ自分の進む道を決めきれずにいた。
アルバイト。
塾講師。
臨時職員。
契約社員。
飲食店。
販売職。
タレントモデル業。
挙げればきりがないほど、
いろいろな仕事を転々としていた。
ただ、
不思議なことに
気がつけば常にコーヒーの近くにいた。
高級イタリアン。
個人経営のカフェ。
チェーン系コーヒーショップ。
昼はカフェ、
夜はバーになる店。
働く場所は違ったが、
そこには必ずコーヒーがあった。
振り返ると、
私は仕事を探していたのではなく、
コーヒーのある場所を
探していたのかもしれない。
朝の開店準備で豆を挽く音。
エスプレッソマシンから立ち上る蒸気。
ミルクをスチームする「シューッ」という音。
カップを温める湯気。
カウンター越しに広がる香り。
開店前の静かな店内。
磨き上げられたグラス。
整然と並ぶカップ。
私はそういう空気が好きだった。
気づけば
コーヒーを淹れる技術も身についていた。
豆の種類。
焙煎の違い。
抽出方法。
エスプレッソ。
ラテ。
カプチーノ。
タンパーで粉を均す感触。
ミルクの泡を細かく整える感覚。
コーヒーについて
学ぶ機会はどんどん増えていった。
だが、
私は職人にはなれなかった。
もっと深く。
もっと尖って。
もっと追求して。
そういう世界もあったと思う。
実際、
周囲には
コーヒーを
人生そのものにしている人たちがいた。
私はそこまでではなかった。
コーヒーは好きだった。
だが、
コーヒーのために生きていたわけではなかった。
だから私は適当なところで落ち着いた。
ある程度の技術を身につけると満足した。
ある程度の知識を覚えると満足した。
今思えば、
父親より私の方が
ずっと適当な人間だったのかもしれない。
◇
それでも二十代の半分以上を
私はコーヒーのそばで過ごした。
気づけばコーヒーは
趣味でも憧れでもなくなっていた。
生活の一部になっていた。
朝起きて飲む。
仕事中に飲む。
休憩中に飲む。
考え事をしながら飲む。
まるで空気のように
当たり前の存在になっていた。
だが、
そんなある日のこと。
一本の電話がかかってきた。
何年も会っていなかった
父親についての連絡だった。
第4章
コーヒーと私と|父親に会いに行く話

父親は癌だった。
とはいえ、
手術は無事に終わっていた。
今は経過観察中らしい。
たぶん、
「それは良かった」
で終わる話なのだと思う。
でも、
それだけでは終わらなかった。
気づけば私は、
父親に会いに行く準備をしていた。
◇
私が父親と別々に暮らすことになったのは、
五歳の頃だった。
その後、
十年ほど経った頃に一度だけ会っている。
そしてさらに十三年。
二十三年間で、
私が父親と直接会ったのは、
たった一回だった。
手紙のやり取りはしていた。
そして
年に一度あるかないかくらいの頻度で、
電話をすることもあった。
ただ、
それは
いつでも自由にできるものではなかった。
なぜなら、
父親は重い記憶障害を抱えていた。
外出。
電話。
面会。
そういったことも、
病院の先生の判断や体調次第だった。
ようやく面会の予定が決まっても、
当日の体調によって中止になる。
電話の約束をしていても、
精神状態によってはキャンセルになる。
そんなことが珍しくなかった。
父親は長い間、
そういう環境で暮らしていた。
私はただ、
「大変だろうな」
と思っていた。
好きな場所へ行くことも難しい。
会いたい人に自由に会えるわけでもない。
思い描いていた人生とも、
きっと違ったはずだ。
もし自分だったら耐えられるだろうか。
そんなことを考えることがあった。
◇
父親と再び連絡を取るようになったのは、
私が十歳くらいの頃だったと思う。
それまで私の中の父親は、
ずっと昔のままだった。
サングラスをかけていて。
本を読んでいて。
コーヒーを飲んでいる。
母や祖父母、
そして叔父から聞く話も、
その父親像を少しずつ補強していた。
頭が良くて。
努力家で。
不器用で。
負けず嫌いで。
運動は得意ではないのに、
人一倍努力する人。
そして、
ここぞという時に力を発揮する人。
そんな父親だった。
病院の先生の許可が出て、
ようやく電話がつながった。
受話器の向こうから聞こえてきた父親の声は、
私が想像していたものとは少し違っていた。
受け答えはゆっくりだった。
話の途中で、
急に会話が途切れることもある。
同じことを何度も聞き返す。
脳の後遺症によるものだと聞いていた。
私は返事をしながら、
どこか戸惑っていた。
電話の向こうにいる父親は、
確かに生きていた。
声も聞こえる。
会話もできる。
でも、
私がずっと思い描いていた父親とは、
どこか違っていた。
電話を切ったあとも、
その感覚だけが胸に残った。
父親は生きている。
それなのに、
私が知っている父親は、
もうそこにはいないような気がしていた。
◇
父親には、
私と妹の二人の子どもがいる。
私たちは成長した。
子どもから大人になった。
でも、
父親はその時間を知らない。
会うことも難しかった。
電話も自由にはできなかった。
私たちがどんな大人になったのか。
何を好きになり、
何に悩み、
どんな人生を歩いてきたのか。
父親はほとんど知らないままだ。
私たちは前へ進んだ。
それなのに、
父親の時間だけが、
止まったままのように見えた。
◇
そして、
いよいよ十三年ぶりの再会の日が来た。
十年前にも一度だけ会っている。
ただ、
その時は慌ただしかった。
ろくに話もできないまま、
気づけば面会時間が終わっていた。
今となっては、
あまり記憶に残っていない。
だから私の感覚では、
これが二十三年ぶりの再会だった。
ようやく、
父親と向き合う日が来たのである。
ただ、
会えることが決まっていたわけではない。
この病院の面会は、
当日の体調次第だった。
体調が良ければ会える。
悪ければ中止。
そして中止になれば、
次にいつ会えるのかもわからない。
明日かもしれない。
一週間後かもしれない。
もっと先かもしれない。
最初は信じられなかった。
だが、
この病院ではそれが普通だった。
◇
私は叔父に案内されながら病院へ入った。
消毒液の匂い。
白い壁。
静かに行き交う看護師たち。
車椅子に座り、
窓の外を眺めている人。
穏やかに会話をしている人。
病院全体に、
時間が
ゆっくり流れているような空気があった。
ここには父親と同じように、
脳の障害を抱えた人たちが
多く入院しているらしい。
すれ違う人たちの表情は穏やかだった。
でも、
その目は
どこか遠くを見ているようにも見えた。
◇
私は受付前の待合室で待つことになった。
大きな窓から、
午後の陽射しが差し込んでいる。
座る。
落ち着かない。
立つ。
やっぱり落ち着かない。
また座る。
十三年ぶりなのである。
落ち着けという方が無理だった。
ふと目の前に、
カップ式の
コーヒー自販機があることに気づいた。
少しだけ高級なやつだ。
濃さ。
砂糖。
クリーム。
いろいろ選べる。
私は濃いめのブラックを選んだ。
ガコン。
紙コップが落ちる。
ゴゴゴゴ……。
豆を挽く音が響く。
私は窓の外を眺めながら、
コーヒーが落ちるのを待っていた。
その時だった。
コーヒーができあがる前に、
父親が現れた。
叔父に車椅子を押されながら、
ゆっくりとこちらへ向かってくる。
私は一瞬、
誰だかわからなかった。
本当に父親なのか。
記憶の中の父親と、
あまりにも違っていたからだ。
小さくなっていた。
髪には白いものが増え、
額も少し広くなっている。
体つきも、
昔よりずっと細く見えた。
どこか頼りなく、
弱々しく見えた。
それでも。
父親は私を見ると、
穏やかに笑った。
◇
父親は私を見ると、
少しだけ目を細めた。
そして、
私の名前を呼んだ。
その瞬間のことを、
私は今でも覚えている。
本来なら、
あり得ないことだったからだ。
父親の記憶は事故の日で止まっている。
父親の中で私は、
五歳のままのはずだった。
目の前にいる大人になった私と、
記憶の中の私が結びつくはずがない。
きっと叔父が、
何度も何度も説明してくれたのだろう。
それでも、
私はうれしかった。
◇
この病院へ来るまで、
私はずっと考えていた。
父親に会ったら、
どんな気持ちになるのだろうと。
正直に言うと、
文句のひとつくらい言ってやろうと思っていた。
事故なんか起こしやがって。
母さんやばあちゃんが、
どれだけ苦労したと思ってるんだ。
私や妹が、
どれだけ大変だったと思ってるんだ。
そんな気持ちが、
心のどこかにあった。
もちろん、
実際には言えないこともわかっていた。
叔父からも。
病院の先生からも。
父親の前では、
そういう話はしないようにと
念を押されていたからだ。
◇
でも。
実際に会ったら。
そんな言葉は、
ひとつも出てこなかった。
思い浮かびすらしなかった。
代わりに涙が出た。
自分でも驚くほど自然に。
そして、
何も話せなくなった。
父親はただ笑っていた。
そしてなぜか、
右手には缶コーヒー。
左手には
某メーカーの茶色い小瓶に入った炭酸飲料。
あの、
"元気ハツラツ"な感じの炭酸飲料である。
「どっちがいい?」
父親は少しだけ悪戯っぽく笑った。
何でその"元気ハツラツ"なやつなんだよ。
そう思いながら、
私は当然缶コーヒーを受け取った。
気づけば、
さっきまで待っていた
自動販売機のコーヒーのことなど、
すっかり忘れていた。
どうやら父親は、
コーヒーより
某メーカーの茶色い小瓶に入った炭酸飲料
の方が好きだったらしい。
「兄貴は昔から、こればっかり飲むんだよ」
隣にいた叔父が、
少し笑いながら教えてくれた。
そうなの?
そんなの知らねーよ。
私は何度も父親に
意識的に
「父さん」と声をかけた。
そして
父親も私の名前を呼んだ。
ぎこちない。
ぎくしゃくする。
会話は何度も途切れる。
それでも
不思議と居心地は悪くなかった。
仕事の話をした。
母親や祖母の話をした。
父親は穏やかに笑っていた。
私もその笑顔に合わせるように笑った。
面会時間は30分。
この時間を短いと取るか長いと取るか。
私たちは、
できるだけゆっくり時間を使って
空白の時間を埋めていった。
◇
「そろそろ面会終了時間です。」
看護師さんが申し訳なさそうに声をかけた。
私は時計を見た。
実は気づいていた。
私は時計をずっと確認していたのだ。
何を話していいかわからないと思って
この場に来た。
そして
実際何を話していいかわからなかった。
でも、
もう少しだけ。
そんな気持ちだった。
病院の先生も配慮してくれたらしい。
面会時間は特別に少し延長された。
それでも終わりは来る。
父親は去り際に
はにかむように笑った。
「またな」
そう言って手を軽く上げる。
何が“またな”だよ。
父親らしい言葉なんかかけてきやがって。
叔父が車椅子を押し始める。
ゆっくり。
ゆっくり。
父親は病棟の奥へ消えていった。
私はその小さな背中を見送った。
◇
父親からもらった缶コーヒーは
空になっていた。
そして思い出した。
そういえば私は、
自動販売機のコーヒーを買っていたのだった。
振り返る。
注文していたコーヒーは、
誰かが気を利かせて
待合室のテーブルに置いてくれていた。
すっかり冷めていた。
私はその冷めたコーヒーを静かに捨てた。
そして叔父が戻ってくるのを待った。
待合室には相変わらず、
柔らかな陽射しが差し込んでいる。
(オロナミンCが好きだったなんて知らねーよ)
叔父が戻ってくる前に、
私はもう一度自動販売機の前に立った。
濃いめ。
ブラック。
ホット。
ボタンを押す。
ガコン。
紙コップが落ちる。
ゴゴゴゴ……。
豆を挽く音が響く。
窓の外では、
午後の光が少し傾き始めていた。
私はカップへ落ちていくコーヒーを
眺めながら思った。
父親のことは、
最後までよくわからなかった。
何を考えていたのか。
何が好きだったのか。
どんな気持ちで生きていたのか。
たぶん、
その全部はわからないままなのだと思う。
でも、
ひとつだけわかったことがある。
私はコーヒーが好きだった。
待つ時間も。
考える時間も。
少しだけ立ち止まる時間も。
気づけばいつも、
その隣にはコーヒーがあった。
父親は茶色い小瓶に入った炭酸飲料を選んだ。
私はコーヒーを選んだ。
それだけの違いなのかもしれない。
それでも、
カップから立ちのぼる湯気を眺めながら、
私はようやく、
コーヒーと自分の記憶が
ひとつにつながった気がしていた。
了
🌙初めてMOONへ来られた方へ
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