【短編小説】あの庭

 土を作る。ずっしり詰まった袋から深型スコップで培養土を掬い、庭の瘦せこけた土と混ぜる。袋は厚手のビニール製で、表面には白と緑のシンプルなデザインが施されている。袋を握るたびにビニールがこすれ、わずかに湿った空気が指先に伝わる。一軒家の南側にある、二坪ほどの小さな小さな庭だ。ガーベラやラベンダーが立ち枯れていたのを引き抜いて、鋏で刻んでそれも土の材料にする。
 庭の真向いには、車一台分のコンクリートの駐車スペースを挟んで、果歩さんの寝室がある。ベージュの遮光カーテンが少し開いており、庭作業の合間に立ち上がって振り向くと、日焼けして色あせた青いカエルのティッシュケースと目が合う。二月、雲はほとんど無く、甕覗き色の日差しはさめざめと降り注いでいるが、冷たい風が時折病々《びょうびょう》と吹き抜けてゆく。スコップを庭の角に突き立てる。まだ何の栄養も、潤いもない土の渇いた感触が、スコップ越しに微かな振動として右手に伝わる。長く手入れされずに痩せこけた土は、指で摘むとさらさらと崩れ落ちる。表面には細かなひび割れが入り、枯れ草が風にさらわれるままに舞っていた。手袋とアームカバーを外し、庭の傍に自立している、培養土の入った袋の上にそっと置く。作業中にまとわりついた土埃を、作業着についたままの土と一緒に払う。カエルの監視の隙を狙って家のチャイムを鳴らす。
 はーい、と、家の奥からやわらかな女性の声がして、間もなく、ガラスの引き戸が静かに開いた。私は麦わら帽子を取って軽く会釈をする。帽子の内側はうっすらと汗で湿っていた。
 「すみません。お手洗いお借りしてもよろしいですか」と、雅史さんの奥さんに訊ねる。
 「もちろんどうぞ、お風呂の向かいね」奥さんは少し台湾訛りの日本語で案内してくれた。彼女の日本語は耳に心地よい。語尾がふわりと丸くなり、穏やかな響きがある。
 「ありがとうございます」私は地下足袋の金具を一つ一つ外し、脱いで玄関から家に上がる。帽子も上がり框《かまち》の端に置かせてもらった。入って右手、浴室の向かいにお手洗いがある。アルミのドアノブを捻ると、指先の冷えがドアノブの冷たさに混じって、この家そのものの一部になったような錯覚を覚えた。
 「ありがとうございました」用を足してお手洗いを出ると、奥さんが暖かいほうじ茶を淹れてくれていた。
 「良かったら、どうぞ」焦げ茶色のまあるいお盆に、乳白色の急須と、乳白色の湯呑二つが乗って玄関までやって来た。私は上がり框に腰掛け、急須で二つの湯呑にほうじ茶を注ぐ。どこかとろみのある琥珀色の液体で湯呑が満たされる。ありがとう、と、奥さんが小鳥のように囁いた。
 「果歩さんが見たら多分怒るか引くでしょうね。それか、怒りながら引くか……」湯呑の一方を所在なさげに持つ。指先はまだかすかに冷たく、湯呑のぬくもりが心地よい。爪の間に、洗い流しきれなかった土の粒が挟まっている。
 「もうね、滅多に帰って来ないだろうから。伝《つたう》さんこそ、良いんですか?」そう言って奥さんははにかんだ。
 「はい、私は良いんです。いただきます」ほうじ茶を一口含む。焙煎された仄かな苦みに、身体がゆっくり温められてゆく。眼鏡が少し曇った。
 「果歩とは、小学校の時から?」
 奥さんがふと問いかける。
 「はい、まあ」
 「どんな子だったのか、教えてくれない?」
 「私もそんなに覚えていませんが……」
 私は記憶の中から、果歩さんとの思い出の断片を手繰り寄せる。両手を使って交互に、暗闇の中からガラスでできた細い記憶の糸を引っ張ると、言葉が口からぽつり、ぽつり、零れ出す。

 私が果歩さんのことを最初に意識したのは、小学校に入学してすぐのことでした。ランドセルがまだ新品の革の匂いを残していて、廊下に響く子どもたちの足音がどこかぎこちない、そんな春の日のことです。窓の外には桜がふわりと風に揺れていました。花びらがいくつか舞い散り、校庭の土に淡いピンク色を添えているのが見えました。私は、その景色を一番後ろの席からぼんやりと眺めていました。誕生日順に並べられた席で、私はクラスで一番遅い誕生日だったので、一番窓際の、一番後ろの席でした。窓からはグラウンドが見渡せて、入学したばかりの一年生たちがまだ危なっかしい動きでかけっこをしたり、砂場で無邪気に遊んだりしているのが見えました。その喧騒がなんとなく遠く感じられたのは、多分、私が緊張していたからでしょう。新しい環境に飛び込むのは、やっぱり少し怖かったのだと思います。果歩さんは私と同じ列の前から二番目の席だったのですが、その日彼女の姿はありませんでした。
 朝のホームルームで、担任の男の若い先生が、黒板の前に立って、少し声を落として言いました。
 「果歩さんはお母さんが亡くなったので、お休みです」
 その言葉に私は大層衝撃を受けて、目を見開きました。突然、教室の空気が少しだけ重くなったのが分かりました。さっきまで元気に話していた子どもたちも、なんとなくざわついていた手を止めて、顔を見合わせていました。お母さんが亡くなるということがどういうことなのか、私にはよくわかっていなかった。ですが、それがとても悲しいことだというのは本能的に理解できました。
 きっと果歩ちゃんという子は、今ごろすごく泣いているんだろうな。お母さんがいない夜は、どんなに淋しいんだろう。お母さんの声が聞こえない朝は、どんなに心細いんだろう。私は想像するだけで胸が苦しくなりました。入学式には多分果歩さんも出席していたと思うんですが、その時は周りに知らない子だらけでしたし、果歩さんもその「知らない子」の内の一人でしかなかったので、どんな感じの子だったかも印象に残っていませんでした。
 その日の授業が終わって、給食を食べて昼過ぎに帰った後、私はすぐに母に報告しました。
 「かほちゃんって子が、きょうがっこうお休みだったの。お母さんがなくなったからだって」
 母は少し顔を曇らせました。そして、しゃがんで私と目線を合わせながら優しく言いました。
 「果歩ちゃんとお話しする時はね、果歩ちゃんが自分で話し出さない限りは、果歩ちゃんのお母さんのこと聞かないようにしようね」
 私は母の顔をじっと見つめました。母の瞳には優しさと心配が滲んでいました。その時、直感的に私は、果歩ちゃんのお母さんのことを聞かないようにするなら、自分のお母さんのことも果歩ちゃんに話さないようにしなければならないと悟りました。私が「お母さんと買い物に行ったよ」とか「お母さんと公園で遊んだよ」と話せば、果歩ちゃんはきっと、お母さんとの思い出が甦って心が痛くなる。だから、果歩ちゃんと話すときは「お母さん」の話題は避けなければならない、と、強く意識しました。
 なん日かたって、かほちゃんががっこうにくるようになりました。はじめて見たかほちゃんは、おもってたよりかみがみじかくて、おめめが大きくて、なにかツンとはなにくるにおいがしました。あたしは、なんてはなしかけたらいいか分からなくて、すこしきんちょうしながら「おはよう」ってかほちゃんにいいました。そしたらかほちゃんもあたしを見て、ほんのすこしわらって「おはよう」っていいました。そのこえはなんだか、おもっていたよりはきはきしていて、あたしはびっくりしました。かほちゃんは、だんだんあたしにはなしかけてきたり、休みじかんに図しょしつで一しょに本をよんだり、おえかきをしたりしてすごすようになりました。かほちゃんはえがとてもじょうずで、クーピーでお花や、とりのはねをきれいにきれいにぬります。えをかいているときのかほちゃんは、まるでおねえさんのようにおもえました。
 小学二年生になって、図工の時間に、かほちゃんがわたしに「ずっとしん友でいようねカード」を作って、プレゼントしてくれました。とってもうれしかったです。わたしも、かほちゃんに「ずっとしん友でいようねカード」を作ってプレゼントしました。おりがみでかざりつけたり、クーピーでおえかきしたり、いろをぬったりしたやつです。二つおりのカードの中には、てんしのはねがはえたかほちゃんとわたしがむかいあってかかれていて、わたしは、ずっとしん友でいようねカードがあるから、ずっと一しょにいなくてもしん友だし、いつも一しょにあそばなくてもしん友なんだ、だから大じょう夫だ、と、思いました。
 それから、果歩ちゃんとクラスが別々になって、果歩ちゃん以外の友だちとも遊ぶようになりました。でも、果歩ちゃんみたいなかんじじゃなかったです。新しい友だちは、さいしょはわらってわたしの手を引いてくれました。「あそぼ!」「おにごっこしよう!」とげんきにさそってくれて、わたしは少しだけほっとしました。かほちゃんがいなくても、大じょう夫かもしれない、と思いました。でも、だんだんとそうではなくなりました。ちょっとしたことでわたしをおこったり、むししたり、たたいたりしてきました。わたしがボールをとおくになげてしまっただけで「なんでそんなとこなげんの? ばかじゃん」と言われました。あそんでいると中で、わたしだけおいてけぼりにされたこともありました。気がついたら、みんながどこかへ行ってしまって、校ていのすみっこで、ひとりぽつんと立っていたこともありました。
 ある日、休み時間におにごっこをしていた時です。わたしはおににつかまるのがこわくて、思わず近くにいたお友だちのうでをつかんでしまいました。そのしゅん間「やめてよ!」と、思いきりふりはらわれました。そして、その子はきつい目でにらんできました。
 「ばか! おににつかまっちゃうじゃん!」
 そう言いながら、わたしのうでをつよくたたきました。思わずいきが止まりました。ヒリヒリするうでをおさえながら、わたしはなにも言えずに立っていました。
 でも、大じょう夫でした。たたかれても、おこられても、かほちゃんとしん友だから、大じょう夫。かほちゃんは、わたしをたたいたりしないから。おこったりしないから。それだけで、大じょう夫でした。
 四年生になったある日、お友達の女の子が教室でわたしに言いました。
「伝と太《ふとし》で結こん式ごっこしてるところ見てみたいよね」
 彼女はニヤニヤと笑いながら、私の顔をのぞきこみました。私は一しゅん、何を言われたのかわかりませんでした。太君は「太い」って名前だけど、別に太っていたわけじゃありませんでした。でも、みんなは太君を「でぶ!でぶ!」とからかっていました。太君は笑ったりおこったりせずに、いつも静かにうつむいていました。
 わたしは太君をいじめたわけじゃないけど、とく別仲が良いわけでもなかったです。それなのに、その女の子は私が太君のことを好きだからいじめないんだと思ったみたいでした。どうして好きじゃない人と結こん式ごっこをやらないといけないのか分からなかったけど、でも、「やだ」と言ったら、きっと私もいじめられてしまう。太君も、今よりもっといじめられてしまうかもしれない。だから、私はうなずきました。
 女の子の家に、私と太君、それから何人かの男の子が集まりました。女の子のお家はとてもきれいで、広いお庭には色とりどりの花が咲いていました。風が吹くたびに、甘い香りがふわりとただよってきました。
 お庭のすみには背の高い木があって、その木かげはひんやりとしていて涼しかったです。葉っぱのすき間から、ちらちらと光がこぼれていました。その木かげの下のウッドデッキに集まって、私たちは「式」をすることになりました。
  「これ、着て!」
 女の子は私に白いワンピースをさし出しました。少し大きめのワンピースでしたが、女の子はげんかんでわたしに着せてくれました。そして、かみには小さな花のついたヘアピンをつけてくれました。私はかがみを見せてもらいました。ワンピースはちょっとぶかぶかだったけれど、花のヘアピンはとてもかわいく見えました。
 でも、太君の服はそのままでした。トレーナーとジーパンで、いつも通りの太君でした。女の子は「花よめさんはおしゃれにしないと!」と言って笑っていましたが、太君はただだまっていました。
 私と太君は、お庭のウッドデッキに向かい合わせで立たせられました。太君は目をふせて、しせんを合わせようとしませんでした。私もはずかしくて、足元ばかり見ていました。それを、女の子と男の子たちが見ていました。
 「じゃあ、十びょう数えるからその間キスしててね! よーい、スタート!」
 女の子が声をはり上げました。
 「いーち!」
 女の子がゆっくり数え始めると、男の子たちもそれに合わせて「にーい!」と声を重ねました。私はこわくなりました。太君もきっと同じ気持ちだったと思います。私は、多分太君も、みんなに見られてるところで、好きじゃないのにキスなんてしたくなかったのに、キスしなかったら太君がでぶ! でぶ! って、またいじめられるかもしれない。そう思って、おたがい顔を近づけて、目をつむって、キスしました。
  「きゅうーう! じゅーう!」
 数えおわると、見ていたみんなが「ギャー!」と叫びました。手をたたいて笑っていました。そのさわぎの中で、太君はすっと私からはなれて、せ中を向けました。とても長い十びょうでした。次の日から、太君は小学校に来なくなりました。結こん式ごっこの日が、太君と会ったさい後の日でした。太君がいじめられることは、もうありませんでした。
 五年生になって、果歩とまたクラスが一緒になりました。始業式の朝、クラス分けの名ぼに果歩と私の名前を見つけた時、思わず心の中で小さく「やった」とさけびました。うれしかったです。休み時間になると、果歩と一しょによく落書きをして遊びました。ある日、果歩がノートを開いたしゅん間、私はとてもおどろきました。果歩の絵が、見ちがえるほど上手になっていたのです。しかも、自分でキャラクターを作ってデザインしていました。果歩は「見て!」とうれしそうに私にノートをさし出しました。細かく描き込まれたかみの毛の流れや、きらきらした目、服のも様にまで丁ねいに工夫がされていて、私はただ「すごい!」とため息をもらすばかりでした。
 果歩は一年生の時から絵をかくのが好きだったので、私とクラスがべつべつだった時も、他のお友達とお絵描きをしていたんだと思います。家でも練習していたのでしょう。果歩が笑顔で「いっぱい描いたから!」と言いながらノートを見せてくれるたびに、私のむねが苦しくなりました。どうしてか分かりませんが、私はとてもあせりました。いいえ、本当はどうしてなのか分かります。私は、とく意と言えることが無くて、ただ、よく「伝はやさしいね」と言われることはありました。それが私の良いところだと思っていました。
 でも、やさしいね、というほめ言葉は、何の取りえも無い人によく使われる言葉なんだって、この間読んだ本に書かれていました。じゃあ私は何も無い人間なんだな、と思いました。しょう来なりたいものとか、行きたい高校とかも無いから、近所の高校に行って、何となくOLになるんだろうな、とぼんやり考えていました。自分にとってそれが当たり前の未来だと思っていました。
 でも、あるお昼休みのことでした。果歩が、お絵描き帳にさらさらと描いたキャラクターの横で鉛筆の動きを止めて、私の目をじっと見つめながら言いました。
 「マンガ家になりたい! 私が絵をかくから、伝は物語を考えて!」
 果歩は、きらきら目を輝かせながら、私の手をにぎっていました。真けんなひとみに見つめられて、私は一しゅん、声が出ませんでした。物語なんて考えたこともほとんどなかったのに、でも、果歩と一しょにいたかったから、ついて行きたかったから、思わず口から出ていました。
「分かった、一しょにマンガ家になろうね」
 そう言ってしまいながら、むねが高なるのを感じました。それから私は、「絵の上手い果歩の親友なんだ」という自信がわいてきました。
 同じころ、果歩とお手紙交かんも始めました。果歩がレターセットに小さくてカクカクした字で書いてくれた手紙には、果歩と私が考えたキャラクターの設定や、どんな話にしたいかがつづられていました。果歩が手紙の最後に「伝の考えたストーリー、楽しみにしてるね!」と書いてくれるたび、私はむねがいっぱいになりました。手紙には、果歩がお父さんと行った台わん旅行の話もよく書かれていて、お土産のちいさなキーホルダーや、花がらのかわいいシールが同ふうされていることもありました。果歩がくれた手紙は、私の宝物になりました。
 「うん。その頃、雅史さんと果歩と台北で出会いました。私は旅行代理店に雇われたガイドだったんです」
 「あれ。私、どこまで話しましたっけ。すみません」
 いつの間にか譫言《うわごと》のように流れ出していた記憶を急いでかき集め、脳内にしまい込む。すっかり温くなってしまったほうじ茶を一口で嚥下した。余計なことも声に出してしまっていた気がする。何が思考で、何が発言か、曖昧になっていた。
 「果歩と雅史さんが台湾に来るようになったところまでです」
 「それなら、後はご存知でしょう。私も仕事を依頼された身ですから、話ばかりしているわけにもいきません。現場に戻ります」
 「そうですか。ありがとうございます」
 「いえ、まだ何も……」
 お茶ご馳走様でした、と言い添えて、お盆に湯呑を置く。地下足袋を履いて麦わら帽子を被り、引き戸を開けた。
 「お手洗いとか、何かあったらいつでも言ってくださいね」
 奥さんに見送られて、私はまたありがとうございます、と言いたかったが、上手く声に乗らず掠れてしまった。それでも言い直すのは何だか恥ずかしくて、ひたすら会釈を繰り返し、あの小さな庭作りに戻ってしまった。
 培養土の袋の上に置いていた手袋とアームカバーが、早春の風にぱたぱたと靡いている。両腕に装着して、突き刺していたスコップを引き抜く。培養土を袋から掬って、庭の個性を没した土に混ぜ返す。風の鳴る音に紛れるだろうと、少し大きめの声でSigur RósのHoppípollaを口遊む。
 手紙でやり取りをしながら、果歩さんは私に「今週の何曜日までに話の冒頭を考えてきてね!」と書いて寄越した時があった。帰宅後封筒を開いて便箋に書かれたその一文を見て、私は内心恐れ慄いた。胸が締めつけられ、喉がからからに渇いていった。叫び出したくて堪らなくなった。逃げ出したくて歯をガチガチと鳴らした。
 果歩さんとは唯の親友でありたかったのに、私がここで質の低い物語を提出したら、ハ、ハ、彼女は私を見限って絶交するかもしれない! とっくの昔に「ずっとしん友でいようねカード」は有効期限が切れてしまっていたのだ。自室の机で原稿用紙と向き合ってみる。しかし、書きたいことはあれだけ手紙で送り合ったのに、如何にして物語を始めれば良いのかが分からない。当然だ。果歩さんが家や別のクラスの教室で絵を描き続けていた間、私は何もしてこなかったのだから。
 結局私は、また、何もしないことに決めた。今週の何曜日までに話の冒頭を考えてきて、という話を、時間の経過により無かったことにしようと思った。手紙には取り留めのないことを書いて、マンガについては触れないよう努めた。その時からずっと、頭の中に吹雪のような雑音が鳴り続けていた。
 「今週の何曜日」を過ぎても、マンガとは関係の無い話を手紙に書いた。果歩さんの方も、休み時間一緒に遊んでいても特に「今週の何曜日」の話題を振ってこなかった。私は密かに胸をなでおろした。作戦は成功した。
 果歩さんからの手紙の中に、一度だけ「台湾に行きたくない」と書かれていたことがあった。烏賊をコーラで煮たような料理を食わされるからだという。その奇妙な組み合わせが不気味だったのか、それとも実際に口にしたときの甘ったるく生臭い味が耐え難かったのか、そこまでは書かれていなかった。ただ、果歩さんの筆致はいつになく重たげで、行きたくない。の一言が妙に浮き上がって見えた。私は、行きたくないのに何故旅行に行くのか当時不思議でならなかったが、深く考えなかった。「行きたくないなら、お父さんが台湾行ってる間うちに泊まりなよ」とか、馬鹿な返事を書いた気がする。果歩さんが行きたくないと書いたのは、それが理由のすべてではなかったかもしれないのに。
 土作りが終わった。栄養の無かった赤茶色の枯れ土も、黒く湿った培養土を含みふっくらとして見える。先程までは石ころと細い枯れ草がまばらに生えているだけだった土地が、ようやく柔らかく耕され、草花を受け入れる大地となった。空になった培養土の袋を畳み、家の前に駐めさせてもらっている軽トラに放ると、袋はくしゃりと情けない音を立ててしぼんだ。荷台に積んできた花々の苗を何となく眺める。苗たちは、すでに少し乾きかけていて、プラスチックのポットの縁がかさついている。早く植えてやらなければならないのに、何故か手が止まる。
 果歩さんのご両親とご自宅で庭作りの打ち合わせをした時、全て私に任せると言われた。果実のなる木や株は、収穫を意識しなければならないため避けた方が良いだろう。今まで、果歩さんのお母さんが亡くなってから二十年以上放置していたのだ。一年中、何の草も生えない死んだ庭だった。ご両親は、ガーデニングに時間を割く気はまるで無いようだった。
 まず、ラベンダー。風通しの良い庭に向かって左端に二株、横並びに植える。ラベンダーは暑さにも寒さにもよく耐えてくれるので、手間がかからない。それでいて香りも芳《よ》い。頭の中のノイズを包み込んで音を小さくしてくれる、ヴェールのような香りだ。土を掘り返し、苗をそっと押し込むように植えながら、果歩さんと同じ公立中学に進学した日のことを思い出す。絵が描けないし好きでもないくせに、私は果歩さんと同じ美術部に入った。果歩さんとは別のクラスだった。他のクラスメイトと仲良くなる方法が分からず、休み時間はずっと一人で本を読んでいた。分厚い文庫本の端を折りながら、窓際でページをめくる。陽射しが本に落ちると、その影が窓枠にくっきり映る。特別読書や文学が好きなわけではなかった。私にとって本というものは、周囲の獣共の喧騒から逃れるための活字だった。ラベンダーは私とは対極の座標に位置する、自立した花だ。手間をかけられなくても、ちゃんとそこに存在し続ける。私は、自分のために自分に手間をかけるということを怠っていた。
 果歩さんが別のクラスになると、途端に休み時間に会うことが無くなる。小学生の時からそうで、別の組の教室という異空間に足を踏み入れるのが互いに恐ろしかったのだ。放課後美術室で果歩さんと会うのが待ち遠しかった。手紙は、中学に進学した頃に自然とやり取りしなくなっていった。
 それでも、自分から他人に話しかけない私を気にかけてくれたAという子がいた。Aとは同じクラスで、果歩さんと同じくらい絵が上手だった。彼女と私は、休み時間に絵を描いて過ごすことが増えた。Aも当然ながら美術部だった。部活の時間、Aと、恐らく私と同じ理由で美術部に入ったAの旧友B、果歩さんと私の四人で絵を描いて遊ぶことがほとんどだった。次に、ヒヤシンス。ラベンダー同様、害虫のつきにくい草花で揃えた。取り寄せた球根をラベンダーの右隣の辺り、ぽん、ぽん、ぽん、と手前に三球、奥に二球植える。ぽん、ぽん。ラベンダーよりも赤みがかった紫色の花と、白い花が咲く品種を交ぜた。春先に咲く花はそう多くないけれど、ヒヤシンスは三月ごろに咲き始めるため、寂しい庭を優しく彩ってくれるだろう。
 中学でAという級友ができて間もない四月下旬の朝、ホームルームが始まる前の忙しない廊下を一人歩いていると、同じクラスの男女複数人が私目掛けて向かってくるのが見えた。特に親交の無い複数人が、私のような陰気な人間一人に対して固まってやって来る時というのは、大抵あまり良くないことが起きるものだ。彼らの表情は無機質で、意思を持たない灰色の塊のようだった。塊の内の一人の女子が私に、「話があるからトイレの前に来て」と言った。一体何が起こるのか分からなかったが、反抗して何かされるのも嫌だったので、警戒しながら塊の後を歩いた。塊はぶよぶよしていて、歪だった。トイレ前の廊下の壁際に立たされたかと思うと、灰色の塊の中から一人、気弱そうな男子が押し出されるように私の前に現れた。
 「好きです。付き合ってください」
 周囲に飛び散った灰色の肉塊が、私とその男子を監視している。この言葉と状況から瞬時に私は、言わされているんだな。と悟った。本当はすごく断りたい。入学以来一度も話したことの無い子だし、どのような性格で、何が好きで、何が嫌いとか、どんな趣味をしているのかとか、何も知らないのに、いきなり恋人にならなければならないの? 飛び散った塊それぞれに付いた二粒の眼球が、断ったら何をするか分からないぞ、と言っている。ホームルームのチャイムが鳴ってしまったので、私は「いいです、いいです、分かりました」と言って、教室に戻った。その男子とは約三ヶ月交際していたが、別れるまで一度も話さなかった。交際期間中彼の誕生日を迎えたので、誕生日プレゼントに無言で電卓をあげた。淡い黄緑色の小さな電卓だ。彼もまた無言で電卓を受け取った。誕生日プレゼントに電卓という感覚が意味不明だったらしく、灰色のぶよぶよのうちの一人が「ねえ、電卓あげたんでしょ? 電卓あげたんでしょ?」としつこく聞いてきたが、無視した。
 夏休み前の週末、一度だけ地元の大型ショッピングセンターへ、彼氏と一緒に自転車で行ったことがある。何も買わず、何も会話せず、ただ涼しい箱の中を移動するだけして施設を出た。蝉の声は全く聞こえなくて、私と、彼と、太陽しか動くものが無いような、静かで死んだ夏だった。その後、私の彼氏を演じさせられている男の子が自転車に乗って何処かへ走り始めたので、急いで私も自分の自転車に跨り、彼氏の後を追った。力強く一足一足ペダルを踏み込む彼は、ぐんぐんスピードを上げて私の先、遥か遠くを走る。小さくなった彼の姿を見失わないよう、私も小さなタイヤの小さな自転車をカチャカチャいわせながら、それまで出したことの無い速度で走った。夏の、透明で、厚くて重い膜のような込み上げる空気が前進を阻んできたが、二人力いっぱい漕ぎ続け、やがて河川敷に着いた。彼が自転車を橋の近くに駐めて河原まで下りて行く。私も倣って橋の近くに駐輪し、滑り落ちないよう貧弱な腹筋に力を入れながら一歩一歩急な斜面を下りた。河原を二人無言で歩く。彼が河原に落ちていたオロナミンCの空き瓶を拾って、真っ直ぐ前方に投げた。褐色の瓶は遠くで小さくかしゃん、と音を立てて割れた。しばらく歩いていると、河川敷のサイクリングロードからちりんちりん、と自転車のベルの音が聞こえた。音の主は、知らぬ内に私たちの後を付いて来ていたぶよぶよの塊だった。
 終業式の日、灰色のぶよぶよたちが、彼氏役の男子と私とで花火大会に来い、伝は浴衣を着て来いと命令した。制服以外の服装で、しかも普段着でなく和服で彼と会わなければならないのが本当に嫌で、胃が焼けるほど屈辱的だった。花火大会の前日、連絡網に書いてあった男の子の家に電話を架けて、何もしてないし別れよう、と言った。男の子はああ、うん。と返事をして、電話を切った。これが二回目の、そして最後の会話だった。灰色のぶよぶよが私の頭に重くのしかかってきた気がした。花火大会には行かなくて済んだ。ぶよぶよ。
 A、B、果歩さんと私は、夏休み中も部活で学校に集まって絵画コンクールに向けて一枚絵を描いたり、落書きをしたり、美術室でかくれんぼをしたりして遊んでいた。時折、筆を握る手がだるくなると、四人で絵の具だらけの美術室でかくれんぼをした。大きな石膏像の陰や、カーテンで仕切られた暗がりに隠れて息を殺すと、絵具の匂いと夏の汗ばむ体臭が入り混じった甘酸っぱい空気が鼻をついた。その空気の中でも、果歩さんのあの、ツンと来るにおいを判別することができた。それがワキガと呼ばれるものだということを、私はつい先日知った。見つかると「わっ!」と無邪気に驚かされて、笑い声が跳ねるように美術室に響いた。いつからだろうか。次第にAとBが「果歩はマゾだから」という出所の分からない理由で、美術室の絵の具がこびりついた床に果歩さんを寝かせ、それを二人が上靴を脱いで、薄汚れた靴下で踏んだり転がしたりするという遊びが始まった。果歩さんはやめてよー、と笑いながら言っていたし、AもBも笑っていた。皆笑っていたので、皆楽しいなら私も果歩さんのために果歩さんを踏んだり転がしたりしようと思い、靴下の足で果歩さんを蹴り転がした。踏むたびにわずかに沈み、戻る肉の弾力が心地よくて、何度も繰り返した。お腹の柔らかい感触が足に伝わって、楽しくて幸せだな、と思った。果歩さんのくすぐったそうな笑い声が、私の心を昂らせた。ぶよぶよした頭の上のわだかまりは、いつの間にかふっと消えていた。
 晩秋のある日、肌寒い風に肩をすぼめながら家に帰ると、果歩さんから電話がかかってきた。受話器越しの声はどこか沈んでいて、夏の日差しのようなあの笑い声は影を潜めていた。
 「お父さんが再婚するかもしれなくてさ」果歩さんの声色は暗く、今度はぶよぶよが色を変えて彼女の頭に乗っかっているのだと思った。
 「あんまり、なんて言うかさ。再婚は……なんて言うかさ。どうすれば良いんだろう」
 どうすれば良いんだろう? 分かる訳が無い。私たちみたいな子供が、大人の人生を変える力なんて持っていない。果歩さんの家に遊びに行くといつも目にする、お母さんの遺影が脳裏に浮かんだ。そこには、優しい笑顔のまま時の止まった女性がいて、私達を見守るように飾られていた。
 「ごめんね。話聞くくらいしかできなくて。またいつでも電話して」
 それからというもの、果歩さんから電話が架かってくることは無かった。私はまた、何もしなかった。
 学年が上がって二年生になると、AとBと果歩さんが同じ組で、私だけ別の組に分けられた。あの三人以外の友人を作る方法が分からず、やはり休み時間は本を読んで過ごした。授業中や休み時間中、給食中も一言も発言しなかった。教室にいる間は声の出し方が分からなくなっていた。声帯が錆びついてしまったかのように、言葉が喉の奥で引っかかったまま出てこない。風の噂で、AとBと果歩さんと元彼と同じクラスのぶよぶよ達が、自習の時間中「大川伝!」と大きい声を出して騒いでいるらしいことを知った。私の教室までは聞こえてこないし、別の組の人間がわざわざ別の組のぶよぶよを注意しに行くのも変だと思ったので、何もしなかった。放課後の私は沈黙を押し殺していた反動が弾けたかのように人が変わり、美術室でべらべらと三人に話しかけた。「キイイイイイイイイイイ!」「私より頭良いやつ全員殺す!」「アハハハハハハ!」
 声はうわずり、笑い声は乱暴で、狂い、爆発した。AもBも果歩さんも笑っていた。
 楽しい、楽しい! 楽しい!!! 部活をしている時だけは本当の自分でいられる! そう思っていると果歩さんが、
 「高橋賢人」
 と突然言い放った。一年生の頃に私と付き合わされていた男子生徒の名だ。私はその言葉にぐっと声帯を鷲掴みにされて押し黙った。冬だというのに冷や汗が止まらない。石油ストーブがゴウゴウと音を立てていたけれど、その熱が肌に届かない。美術室の四角い、背もたれの無い椅子に力なく座って、下校時刻まで絵も描かず呆けていた。
 雪が積もった日、学校の帰りにいつもの四人で通学路を歩いていると、誰がきっかけになるでもなく三人が雪遊びを始めた。三人が雪を投げたり、うさぎの形に固めたりして遊んでいる様子を見守っていると、Aに「伝ちゃんは雪遊びしないの?」と言われた。
 「手が冷たくなるのが嫌だから見てるよ」吹き下ろす北風に耐えながら、精一杯優しい声色で言った。
 「自分が可愛いんだね」Aはそう吐き捨てると、雪合戦をしていたBと果歩さんの元へ駆けて行き、果歩さんに雪玉をぶつけた。突如として崖っぷちに立たされた気持ちになって、私は急いで崖を引き返して一目散に走り、果歩さんに雪玉を投げた。雪玉は果歩さんに当たってざらざらと崩れ、「つめたーい」と笑った。チョコレートゼラニウムは、ラベンダーやヒヤシンスに比べると寒さに少し弱い。けれど、葉の中央部に名の通り、チョコレートのような色の斑模様が入る。これにより、庭の印象が一気に引き締まるのだ。香りも仄かなミントを思い起こさせ、他の花々の香りも邪魔せず、調和を生み出す。真冬は屋内に避難させても楽しめるよう、鉢に植えてある苗を、庭の向かって右端に二つ、横に並べる。この庭は家屋に対して横長の長方形なので、苗が成長することを考えると大分スペースが埋まってきた。
 三年生になると、果歩さんが私と遊びに出かける時「私彼氏役するね」と腕を組んできたり、私の部屋のベッドで二人でお昼寝をしたりするようになった。ある日、午後の陽射しがカーテンの隙間から淡く差し込み、部屋の中をぼんやりと温かく照らしていた。隣で寝息を立てる果歩さんの顔をそっと覗き込む。長いまつ毛が美しく整い、微かに揺れる胸の起伏が規則正しい。彼女の肩が私の肩にかすかに触れていて、そのぬくもりがじんわりと伝わる。私は、そうか、と心の中で深く頷いた。つまり、私が高橋賢人と付き合わされても何の進展も無かったのは、私が同性愛者だからで、果歩さんとは親友の仲だと思っていたけれども、私のことを好きでいてくれる果歩さんのことが恋愛対象として好きだったのだ。いつ、どうやって思いを告げるべきか。そうだ今言おう。今ベッドの上で好きだと言えば抱きしめてもらえるかもしれない。頭を撫でて、優しく微笑んでくれるかもしれない。「若旅さん、若旅さん」私は小さな声で果歩さんの肩を揺らした。
 「どうしたの、大川さん」まだ夢の中にいるような、眠そうな声で彼女は呟く。私は息を整えて言葉を選んだ。
 「私、レズビアンかもしれない」
 「え?」
 「好きな女の人がいるの」
 「だ、誰?」
 「誰だと思う?」果歩さんは瞬きをして、まだ完全に目を覚ましていないようだった。
 「え?」
 「ヒントはね、髪が短い人」
 「え?」
 「……」
 「え?」
 私は意を決して、彼女の瞳をじっと見つめた。
 「若旅さん、私……」
 果歩さんの表情が一瞬固まる。わずかに開いた唇から、消え入りそうな声が漏れた。「私?」
 「え? あ、うん。そう。うん……」
 沈黙が落ちる。部屋の中には、遠くの車の走る音と、カーテンが揺れるかすかな音だけが満ちていた。
 「……」
 「ごめん、ごめんね」
 「こっちこそ、ごめん」
 「じょ、冗談だよ! 冗談! 気にしないで!」
 それ以来、果歩さんが私とお昼寝をすることは二度と無かった。
 百五十センチメートルほどの高さの黒いアイアントレリスを二枚、塀に沿うよう庭土に刺し込んで固定する。果歩さんとは同じ高校に進学したけれど、学科が違かったのでクラスも別だった。果歩さんはずっと絵を描いていて、その情熱と技術の高さから美術部でも部長を務めるほどの腕前だったので、美術系のクラスに進学した。何の取り柄も無い私は、普通科に進学した。中学時代、美術部に所属してはいたものの、絵が特別好きでも得意でもなかったし、ましてや将来美術の道で生きていく覚悟など持ち合わせていなかった。ただ、果歩さんと一緒に電車で通学できることだけが、私にとっての唯一の救いで、鉢植えのブランピエールドゥロンサールという品種の乳白色の蔓薔薇の苗を二鉢、アイアントレリスの左端と右端に置いた。学校へは電車で二時間かかる。早朝のホームに立つと、寒さが肌を刺し、白い息がゆらめきながら空へ消えていく。始発の次の電車がホームに滑り込むと、まだ夢の中のような乗客が一人、二人と乗り込んでいった。私も果歩さんも、毎朝決まってその電車に乗った。冬場はまだ金銀の星々が瞬いていて、遥か東の山の背が、微かに朱色く染まり始める時間だった。電車の窓に映る果歩さんの横顔は、車内の冷たい光を受けて静かな影を落とし、私が話しかけると、少しだけ目を細めて微笑んだ。
 一年生の冬休み、果歩さんから年賀状が届いた。葉書の裏面には、私たちが小学生の頃考えたキャラクターが三人描かれていた。私はひっと小さな悲鳴を上げて年賀状の裏面を机に伏せた。
 無かったことにできていなかった。無かったことにできていなかった。彼女の中では、あのキャラクターたちはまだ生きていたのだ。小学生の頃、果歩さんと二人で夢中になって作り上げようとした世界。あれは、過去の幻ではなかった。彼女はまだ、マンガ家になる希望を捨てていなかったのだ。小学生の頃よりも更に上達した筆致で描かれた彼らが、よりリアリティを帯びていて、今にも動き出しそうだった。心臓がばくばく鳴って、涙が熱く、とめどなく溢れた。
 高校には、中学の頃のような灰色の肉塊はいなかった。かといって、特に親しい、果歩さんほど気心の知れた友人ができたわけでもない。それでも、私は少しずつ変わっていった。人並みに、他人と話せるようにはなっていた。果歩さん以外の友人二人とつるむようになり、次第に一人で本を読む時間が無くなった。昼休みには友人たちと一緒にご飯を食べ、放課後には試験の話や、ささやかな悩みを共有するようになった。私の高校生活は、穏やかで、静かに彩られていった。果歩さんも果歩さんで、美術の道を志す仲間に囲まれ、充実した日々を送っているように見えた。三年間で一度だけ、美術学徒らが制作に励むアトリエを覗いたことがある。果歩さんが絵具のついた指先を無造作に制服の裾で拭いながら仲間に囲まれて笑う姿は、それまでとはまるで違う色の光を湛えていた。私は私のために見るべきでなかったものを見てしまった気がして、それ以来、アトリエ前の廊下を避けて移動した。日中、時折果歩さんと校舎で出会うと、彼女は以前と変わらない笑顔を向けてくれた。でも、日を追うごとに会話は短くなり、やがて挨拶を交わすだけになった。
 三年生に進級するのとほとんど同じタイミングで、果歩さんは始発に乗り通学するようになったと共通の友人から聞いた。私は美大受験の準備で色々忙しいんだろうな、と、深く考えずに受け止めた。一人になりたい時もあるだろう。そうやって彼女を理解したふうを装い、駅のホームで列車を待つ。ホームには誰もいない。暁のしんとした空気が肌に張りつき、息を吸うたびに肺の奥がじんと冷えた。いつも通り始発の次の電車に乗る。電車の振動に身を預けながら、窓の外に広がる曙の風景をぼんやりと眺める。黄金の朝日が昇る。空を橙色に染めるその光は美しく、薄皮が捲れっぱなしで爛れた心に染み入った。
 自分の受験を意識し始めたある日、教室で評論の問題文を読んでいると、突然、頭の中で何かの糸の切れる音がした。ぶちん、と引き千切れてしまったのをきっかけとして、文章が視界に入っても目の上をつるつると滑るようになった。人の話を聞いているつもりでも、音がするすると首の後ろの方へ抜けていく。人の話は全く頭に留めておけないというのに、やけに他人の立てる物音が気になる。紙に強い筆圧で書く音、ガリガリ。物を食べる音、くちゃくちゃ。くしゃみ、ヘックシ。鼻を啜る音、ズズー。唾を飲み込む音、ゴク。咳ばらい、ゴホン。あくび、ふわあ。ため息、はあ。足音、コツコツ。挙げ出すとキリが無い。どんな小さなとりとめのない音も、耳について離れない。頭の中でリフレインが止まらない。雑音が、脳の一番使ってはいけないところを無駄遣いして、とてつもなく私を苛立たせる。この音を止めなければ。発生源である人間を、たとえ友人だとしても殺さなければ。あるいは、私が死ななければならない。そうしなければ、頭の中の、道端に捨てられたごみのような音たちが止むことはない。……殺意の津波が引いてゆくのを、スマホに挿したイヤホンでHoppípollaを繰り返し聴きながらじっと待つ……。数年後、ブランピエールドゥロンサールの、白くて薄手の、空気をたっぷり含んだワンピースのような花弁と、しなやかで鮮やかな深緑の蔓が、アイアントレリスに絡み合って天上へ昇って行く様を想像する。柔らかな花びらは、触れると指先の温度で溶けてしまいそうだ。淡いクリーム色を含んだ花芯が風に奥ゆかしく揺蕩っている。蔦の力強く確かな曲線は、トレリスの骨組みを縫って空へ、空へ! 梅雨が来て、トレリスに微かな錆が浮かび上がってくる。その無骨な冷たさと、花弁の儚さが対比となり、絡み合うたびに一層際立つ。私が目にすることは永遠に叶わないが、未来のその佳景に確信を持っている。それだけで胸がすっと落ち着く。
 果歩さんは私の想像を絶する努力を積み重ね、高名な美術大学へ進学した。彼女は高校では洋画を専攻していたにもかかわらず、大学では思い切って日本画の道へと舵を切ったのだ。その選択を聞いたとき、私は驚くと同時に心の奥で畏怖に近い感情を抱いた。洋画と日本画は、ただ描く対象が異なるだけではない。筆致、画材、表現の根底にある思想までもが違う。それを素人である私でさえ知っていたからこそ、果歩さんの挑戦がどれほどの覚悟と研鑽に支えられているかを思い知った。努力だけでは辿り着けない領域だ。彼女には確かな「才」があった。筆を握るたびに血管の奥に宿る創造の炎が燃え上がるような、天性の資質。それが無ければ、たとえどれほどの鍛錬を積んだとしても、技法の大きく異なる分野を受験し、合格を勝ち取ることは到底難しかっただろう。素養の無い私は、その凄まじさを想像するだけで圧倒されてしまった。
 私は、努力しない理由をあれこれと見つけて、結局は推薦で地方の大学に入学した。アンデス考古学の研究で知られる大学だ。高校の卒業研究でアンデス考古学をテーマに選んだのは、推薦入試で少しでも面接官の印象に残るための戦略だった。実際にアンデスの歴史や遺物に心惹かれていたわけではない。ただ、他の誰とも被らない題材を選べば、少しでも成績に有利に働くだろうという安直な計算だった。それでいて、研究のために文献を探し、資料を読み漁る努力は極力避けた。教師に紹介された学術書をパラパラとめくり、要点だけを抜き取る。楽に済む方法を選びながら、それでも表面的な努力の体裁だけは整えた。そうして私は、気がつけば努力をしないまま合格を手にしていた。
 初めて果歩さんと別々の学校に通うのは不安だったけれど、果歩さんと私は十年来の親友である。もはや果歩さんは、私の先、ずっと遠くの見えないところまで行ってしまったものの、語らわずとも繋がっているはずなのだ。そう信じて「芸術に関わった方が良いかもしれない」という大雑把な理由で、大学では演劇をやってみようと思い立ち、劇団に所属した。けれど、稽古に明け暮れるうちに、私はすっかりその世界にのめり込んでいった。大きく息を吸い込んでから発する台詞の響き、照明が差すときの舞台上の陰影、袖幕の隙間から覗く客席の表情——それらすべてが、自分ではない誰かを演じる高揚感をもたらした。仲間と共に場面場面の完成度を上げ、一つの大きな、生きた作品を作る充実感は、心の隙間を埋めていくのに十分だった。劇団内に気の合う友人も、彼氏もできたことで、いつしか私は、果歩さんのことを意識する頻度が減っていった。どのような声をしていたのか、思い出すことすら難しい。
 軽トラの荷台からオダマキの鉢を一つ下ろし、ラベンダーの後に置く。ヴェルヴァエネアナという品種で、青紫の花が咲き、稀に八重咲になる。その気まぐれな可憐さが、この小さな庭に躍動を生み出してくれるだろう。
 大学二年生の冬、教授からペルーに留学しないかと声をかけられた。私は、演劇の忙しさに音を上げそうになっていたところだったので、演劇から逃れるために留学を決意した。だが、理由はそれだけではなかった。
 「そうだったんですね。三時のおやつはいかがですか?」
 柔らかな声が背後から降ってきた。
 「あれ? 奥さん、いつの間に……」
 全く気づかなかった。驚いて振り返ると、奥さんがカエルのティッシュケースの前に立ち、いつからか私の作業を見守っていた。私はHoppípollaを呟いていたはずなのに、彼女に話を聞かれていたらしい。軽く風にそよぐ前髪が、穏やかな午後の日差しにふわりと揺れている。また、思考と発言の境界が曖昧になっていた。
 「もうそんな時間でしたか。では私は一度家に帰ります」散らばっていたスコップや空いたカップなどを軽トラの荷台に放り込む。
 「良かったら、うちで休んで行ってください」
 「良いんですか?」
 普段であれば、お客様の家で休憩を取ることはしない。しかし、奥さんと約束をしている手前、断ることはできなかった。
 「また、ほうじ茶で良いですか? 伊予柑もありますよ」
 「ほうじ茶好きなので嬉しいです。伊予柑も、いただきます」
 数日前から固形物を口にしないようにしていた。しかし、シトラスの爽やかな果汁なら許されるであろう。奥さんは家の裏手にある物置から、キャンプ用の折り畳み椅子を二脚と、小さな折り畳みテーブルを運んできてくださった。私はそれらを庭の前に設置した。その間に、奥さんがキッチンから、まあるいお盆に、ほうじ茶を淹れた乳白色の急須と、乳白色の湯呑二つ、そして伊予柑二つを乗せて持って来た。小さなテーブルは、お盆を置いただけで完成する。急須で二つの湯呑にほうじ茶を注ぐ。どこかとろみのある琥珀色の液体で湯呑が満たされる。ありがとう、と、奥さんが小鳥のように囁く。デジャヴュではない。しかし、ルーティンでもないことを短い期間に何度も繰り返すと、少し不思議な気持ちになる。
 「すみません、またお手洗いお借りしてもよろしいでしょうか」
 「もちろん、どうぞ」
 奥さんはキャンプチェアに腰掛け、湯呑を口許まで運んで静かに傾いだ。手袋とアームカバーと帽子を外してチェアの背もたれに掛け、服の土を払う。玄関で地下足袋を脱ぎ、家に上がる。誰も居ない。いや、居る。果歩さんのお母さんの遺影が、リビングから真っすぐに私を見ている。アルミのドアノブを捻る手が僅かに震えた。
 「ありがとうございました」
 用を済ませ庭の前に戻ってくると、奥さんは伊予柑の薄皮を剥きながら頷いた。丁寧に果実を指で裂き、小さな房を口に運んでいる。もう一方のチェアに腰掛け、奥さんに倣い伊予柑の皮を剥く。体重をかけると、椅子の脚がわずかに沈む感触があった。
 「いただきます」
 薄皮を捲る。橙色の粒が密集した果実を半分口に含み、前歯で嚙み切る。強すぎない酸味が弾けて味蕾に染み渡った。種は入っていなかった。
 「この伊予柑、美味しいですね」
 「はい、ほんとうに」
 庭に向かって隣り合うように置かれたチェアに並んで座っている。奥さんが上品に伊予柑を一口齧って、何回か咀嚼した後、こくんと飲み込む。その喉の動きを目で追ってしまう。彼女の横顔から伸びる美しい睫毛を見ると、果歩さんの寝顔を思い出す。血の繋がりは無くとも、心なしか果歩さんに似ている気がする。瞼のカーブも、鼻筋のラインも、どこか重なって見えた。
 「それで、留学したもう一つの理由って何ですか?」じっと見ていた私に今気が付いた、というように、奥さんが訊ねた。茶を啜る仕草を止め、わずかに首を傾げる。その横顔には、無遠慮な詮索ではなく、ただ純粋な好奇心が滲んでいた。私は何が面白かったわけでもないのに、あはは、と笑って、
 「ペルーには、砂漠があるんです」
 そう前置きしてから、言葉を選ぶように間を置いた。
 「ミイラが出土するくらいには乾燥していて……その砂漠に居るだけで、肉体の水分が風に盗まれていきます」
 私はふと目を伏せ、遠い記憶を手繰る。
 「周りに誰も居ない砂漠に寝転んで、眠るように干からびて死にたい。と、考えていたんです」
 気がつくと、言葉がするりと、乾いた砂とともにこぼれていた。奥さんは、湯呑みを両手で包むように持ちながら、瞬きもせずに私を見ている。その静かな視線が、胸の奥をじわりと焼いた。
 「三年生になるのとほぼ同時にペルーへ留学しました。時差ボケと慣れない環境で、体の奥がどこかすり減っていくような日々が続いていました。砂漠に行く計画を立てたのは、留学して二ヶ月ほど過ぎた頃でした。その日の夜、まあ、日本は昼なのですが、私はふと携帯を手に取りました。死ぬ前に一度くらいは挨拶しておこう。そんな思いが、急に浮かんだんです。私は何の脈絡もなく、果歩さんに取り留めのないメッセージを送りました。数時間後、『バイト中だった、遅くなってごめん、元気だよ』と返事が来ました。それだけなのに、何故か嬉しくなってしまって、何度も文面を読み返しました。スマホの画面には当然、彼女の名前が表示されています。でもどういうわけか、現実味がまるでありませんでした。彼女がバイトをしている姿を想像できなかったんです。私にとっては、彼女はまだあの時のまま止まっていました。これが最後になるだろう。そう思いながら、私は『元気でね』と送りました。それきり、やり取りは途切れました。
 ペルーでの日々は、孤独そのものでした。留学してきたばかりの頃は、スペイン語を上手く、いや、ほとんど全く喋れませんでした。発音はぎこちなく、文法もたどたどしい。話しかけても、現地の人々は怪訝そうな顔を向けてきました。目を逸らされることもありました。日本人同士で集まる機会もあったのですが、エネルギッシュで野心的な留学生たちと私は折り合えませんでした。私は、ますます孤立しました。それで結局、ハハ、砂漠には行ったんですが、そこで死を待つことはできませんでした。行ったのはトルヒーヨという、ペルー北部の砂漠地帯です。地上絵のあるナスカの方が有名ですが、有名な分、人も多いだろうと思い、首都のリマから高速バスに乗って、トルヒーヨを目指しました。到着すると、カメラを構えた欧米人、笑い声を上げる若いカップル。砂に寝転びながら叫ぶ子供たち。誰も居ない砂漠で孤独に死ねるはずが、そこは人だらけの観光地でした。トルヒーヨの砂漠は、砂の粒一つ一つが白金でできているかのように、格式高く輝いていました。私は、トルヒーヨで死に損なったまま留学期間を呆然と過ごし、恥を忍んで帰国しました。……軽トラックに積んでいる、残りの鉢も持ってきてしまいますね。ああ、手袋やら何やら忘れるところだった」
 荷台には、先ほどの作業で使った土まみれのスコップと、空いたプラスチックポットが無造作に転がっていた。
 「このオリエンタルユリは縁が白く、中心に向かって明るいイエローに色づきます。あまり大きく成長しないので、お庭のワンポイントになります」
 先ほど植えたラベンダーの細く伸びた茎がかすかに如月の風に揺れ、葉がちらちらと陽の光を弾いている。その後には、オダマキがそっと寄り添うように置かれている。
 「ラベンダーの後、オダマキの隣に置くと、このような感じです」
 白と黄色、紫と青――彩りの異なる花々が緩やかに並ぶ様を思い浮かべる。オリエンタルユリは控えめな丈で、けれどもその鮮やかな色合いと存在感で庭のアクセントになる。ユリの白さが、周囲の花々をより鮮やかに引き立てる。
 「ペルーから帰って来て、その後はずっと日本に?」
 奥さんの穏やかな問いかけに、私はほんの少し間を置いてから頷いた。
 「ええ。独身の頃は大学院に進学してアンデス考古学を追究しようとしていたんですが、彼氏と国際恋愛になるのは辛いからと、日本で就職することにしました。異国の地での夢よりも、誰かのそばにいるという現実を選んだ。無意識に楽な方へ流されるように。帰国してからは就職活動を適当にやって、卒論も無難なアンデス考古学をテーマに選んで、卒業しました。それからは新卒で、普通にOLとして東京で働き、暮らしていました」
 電車の混雑に揉まれながら、無機質なビル街に消えていく日々が思い浮かぶ。朝は満員電車に揺られ、無表情な人々に挟まれて通勤した。昼はオフィスで書類を整理し、定時を迎えたら、ただ家に帰るだけ。私は、ペルーで死んだのだ。
 「就職した年の十二月、何となく観劇したくなって、インターネットを検索してみたのです」
 そのときのことを思い出し、私はかすかに目線を落とした。冬の東京の空気は冷たく澄んでいて、頬が少し赤くなるほどだった。検索画面に表示された公演情報。そこに、果歩さんがかつて夢中になっていた俳優の名前があった。
 「果歩さんが中学時代好きだと言っていた俳優さんの出る舞台が、クリスマスに上演されることを知りました」
 指先でスマホの画面を滑らせながら、震えるような心持ちで送信ボタンを押した。文面は何度も書き直した。気軽なノリにしようか、久しぶりだから丁寧な言葉にしようか――迷いながら、結局は淡々とした短い文章を送った。送信した直後、心臓が少しだけ速くなった。
 「それで、久しぶりに果歩さんに連絡を取ってみようと……一緒にその舞台を観に行きたいと思い、チャットアプリでメッセージを何度か送りました。高校の共通の友人から、果歩さんも首都圏に住んでいると聞いていたからです。けれど、公演一週間前になっても返事は来ませんでした。メッセージを見た様子もありませんでした。どうやら果歩さんは、いつの間にか私のことをチャットアプリ上でブロックしたみたいでした。その時。その時ですよ。ようやく、初めて、私は果歩さんに嫌われるようなことをしただろうかと、果歩さんとの記憶を最初から辿ったんです」
 奥さんの隣で、苦笑いを浮かべる。けれど、その笑いはすぐに消えた。
 「エリゲロンは、菊を小さく小さく縮めたようなかわいらしい花を咲かせます。風に揺れるたび、まるで花が笑うようにふるふると震えるのが愛らしいですよ。道端に咲いている、ヒメジョオンやハルジオンの仲間です。咲き始めは真っ白ですが、徐々にピンクから赤に近い、濃いピンクに変化してゆきます。成長に伴って、色合いの変化を楽しめる品種です。ユリの隣に置くと、このような景観になります」
 小学生の頃、果歩さんが夢を語る瞳は、どこまでも澄んでいた。その瞳が輝くたび、果歩さんの夢を一緒に叶えると口先だけで言って、何もしなかった。無かったことにしようとした。ただ、言葉だけで彼女のそばにいられると思っていた。中学生の頃、果歩さんをA、Bとともにいじめた。果歩さんは、なおも私に友好的に接してくれていた。私は、彼女のその優しさを履き違えた。恋愛関係になろうと迫った。距離感を無視し、押し付けるように気持ちを伝えた。果歩さんが少し困ったように微笑んだのを覚えている。あの微笑みは拒絶だったのに、私は気づかなかった。
 「あれだけのことをしておきながら、私はそれまで、自分を善良で無罪な人間だと信じて疑っていませんでした。私が邪悪な人間であると自覚するまでに、二十年以上かかってしまった。自分が犯した罪を理解するまでに、あまりにも長い年月を費やしてしまいました。この年数そのものすら罪でありましょう。どうにかして、果歩さんに謝りたい。しかし、果歩さんは私と距離を置き、縁を切りたいに決まっている。当然です。それなのに、私は愚かにも、切れた縁を無理やり繋ぎ合わせようとしました。果歩さんが一人暮らしされている住所は、今も存じ上げません。私が実家に帰省した際、果歩さんへの謝罪の手紙と、奥さんと雅史さんに、お願いの手紙を書きましたね」
 震える手でペンを握り、何度も書き直した。かちりと音を立てて、手紙はポストの中に落ちた。その瞬間、私は思わず立ち尽くした。投函したはずなのに、後戻りしたくなった。けれど、もう戻せない。私の罪は、手紙とともに届いてしまう。
 「果歩の現在の住所を知らず連絡も取れないので、手紙を届けてほしいという内容でしたね」
 奥さんの声は、静かながらも少し緊張を孕んでいた。私は指先をぎゅっと握りしめ、唇を湿らせてから小さく頷いた。
 「はい。でも……」
 言葉が喉で詰まる。奥歯を噛み締めるようにしてから、私は絞り出すように続けた。
 「手紙を投函した後、結局私が昔使用していたガラケーを自室で見つけて、そのアドレス帳に果歩さんの携帯電話番号が書いてあったので、メモしてしまいました」
 声が震えていた。昔のガラケーは、黄ばんだプラスチックカバーが少しべたついていて、手に取った瞬間、指にざらりとした感触が残った。埃がうっすらと積もった画面に、かつての記憶が眠っていた。
 「それで、東京の自宅に帰ってからその番号に架けて……繋がってしまいました。申し訳ありません」
 「いえ……。果歩は、何か言っていましたか?」
 「電話越しに、約五年ぶりに聞いた果歩さんの声は、全く変わっていませんでした。手紙を見た、とか、そんな十字架を背負うような謝り方をしないで、とか、言われた気がします。十字架。そう言われた瞬間、私の中でこらえていたものが堰を切ったように溢れてしまいました。自分から電話を架けたというのに、みっともなく取り乱して、喉の奥が詰まって、声が上手く出ませんでした。嗚咽を飲み込もうとしても、声がかすれて、震えていました。
 果歩さんはそれでも優しく静かに、まるで遠くの湖に落ちる雨粒のような声で話し続けてくれました。最終的に、半年に一度位の頻度であれば連絡を取っても構わないと言ってくださいました。私は震える指でスマートフォンを持ちながら、深く頭を下げるような気持ちで『ありがとうございます』と何度も呟きました。今までも半年に一回、四月一日と十月一日に、とりとめのない挨拶のメッセージを送り合っていました。私の罪を赦すわけではないけれど、拒絶もしない。そんな果歩さんの静かな優しさが滲んでいる気がしました。
 ビオラはスミレのラテン語名ですが、園芸においては、パンジーの仲間のうち小ぶりな品種を一般にそう呼びます。これはその中でもフルーナという、中心にかけて鮮やかで深い青に色づく花が咲く品種です。エリゲロンの隣に置くと、このようになります。
 東京は何でもありますから、何かやろうと思えばできてしまうんですよね。私は、私が果歩さんに犯した罪を償うために出家しようと決め、OLを辞めて、お寺で修行しました。ですが、修行を重ねていくうちに、仏教に関する知識が増えていくうちに、このまま出家を目指すことは、極楽往生を目指すことになってしまうと気づいたのです」
 「それではいけないのですか? 徳を積むことは、素晴らしいことだと思います」
 「はい、もちろん、出家を目指される他の方は何にも問題無いのです。でも私は、極楽往生してはいけない。地獄に堕ちて、この罪に対する罰を永遠に受け続けるべきだと結論付けたのです。それで、修行は辞めました。その後は転職と休職と引っ越しを繰り返して、最終的に栃木でガーデナー見習いとしてしばらく落ち着きました。でも、栃木で同棲していた彼氏と別れて、ガーデナーとして働いていた会社も辞めて、実家に帰って来たんですよ」
 「ええ。先日家にいらした時びっくりしました。昔は髪が長かったのに、坊主頭になっていたものだから」
 「修行をきっかけに頭を剃ったら、ドライヤーの手間も掛からなくて意外と快適だったので、それ以来ずっと坊主なんです。バコパは、花一輪の大きさ自体はとても小さいですが、たくさんの花を咲かせるので繊細なレースのように見映えします。この品種は真っ白な花が咲きますから、ビオラの隣に置いてみましょう。……これで、このお庭のデザインは以上です。育ち切っていないものがほとんどなので、まだどことなく寂しいですが……いかがでしょうか」
 「ありがとうございます。とてもきれいになりました」
 奥さんはチェアからゆっくりとスカートの裾を払うように立ち上がった。そして、微かに頷くように目を細めながら、小さな庭をぐるりと見渡す。視線で隅々まで這うように庭を撫で、スマホで写真を一枚撮影した。
 私は庭の中程に置いたオダマキ、オリエンタルユリ、エリゲロン、ビオラ、バコパの鉢を、庭の脇に避けた。度々服から払い落とした土や、風に舞い散った砂埃、枯れ草などの細々としたごみを、荷台に載せてきた竹箒と塵取りで掃除する。土色がかっていたコンクリートの地面から、綺麗な灰色が覗いた。庭の周りは元の姿を取り戻した。
 荷台から、鉄製の中型スコップを持ち出す。スコップは、手に取った瞬間ひんやりと冷たく、指先にじわりと痺れが残った。柄は使い込まれて少し黒ずんでいる。スコップを軽く振ると、鉄の先端が鈍く光った。
 鉢を退けたばかりの土に、私は無言で刃先を突き立てる。グッ……と、足で踏み込む。
 土は先ほど掘り返して柔らかくしていたため、驚くほどすんなり割れた。刃先が沈むたびに、黒土がもろもろ崩れ落ちる。縦四、五十センチメートル、横百四十センチメートルほどの穴。スコップを両手で握りしめ、奥さんの前に差し出す。奥さんは一瞬だけ私を見上げた後、ゆっくりとそれを受け取った。指先がわずかに震えている。けれど、彼女は何も言わず、確かにスコップの柄を握った。打ち合わせ通り、ここからは奥さんの仕事だ。
 「では、此処に埋めてください」
 私は掘り終えた穴を指さして静かに言った。夕陽が斜めに差し込む庭には、長い影が落ちている。東の空は薄い紫に染まり、雲が筆でぼかしたように霞んでいた。東から薄暗い風が吹き、草の葉の小さく揺れる音が耳をかすめた。
 「本当に、しばらく帰って来ないかもしれませんよ?」
 「果歩さんには、この庭を作ったのが誰なのか。此処に何が埋まっているのか。どうか内密にしておいてください」
 「でも……」
 「もし怪しまれたら、庭を久しぶりに弄ってみたところ人骨が出てきたと、言ってください。骨になる前にバレたら、うーん。知らない人だと言ってください」
 奥さんは黙って私とスコップを交互に見ている。瞳が、恐怖と悲しみの色に揺れている。
 「私を埋め終わったら、この鉢植えの花たちを上に乗せてください。それから、私の家からご自宅までの道に、防犯カメラが一台あります。だから奥さんは私の服を着て軽トラを私の家の駐車場まで運転して、駐めてください。ご自宅までは歩いて帰って来てくださいね。それで、私が着ていた服は燃やして、庭の土に肥料として撒いてください」
 「伝さん、やっぱり……」
 「お母さん。これから起こることは事故。あるいは、何も起こらないんです。お母さんは何もしていないし、何も見ていない。普通の一軒家に、普通に手入れされた庭がある。それだけなんです」
 身に纏っていた衣類と眼鏡、麦わら帽子を全て脱ぎ去る。予め、髪の毛から足の指の毛まで全て剃って来た。無駄なものは遺せない。
 暦の上では立春を過ぎたとはいえ、素肌に風の冷たさが堪える。奥さんからほうじ茶の入った湯呑を受け取り、処方されていた四週間分の睡眠薬を全て胃に流し込む。喉を通る錠剤は異様に冷たく感じた。それらすべてが胃の中に沈むとき、身体がかすかに震えた。彼女に湯呑を返し、穴の中に横たわる。両膝を曲げ、左肘を枕に瞼を閉じる。遠慮しているのか、足の先から頭の方へ、順に土を被せられてゆく。湿った土が頬に冷たく押し付けられる。少しくすぐったくて、足の指を二、三度軽く折り曲げたり、伸ばしたりした。

 遠くで十七時のチャイムが鳴っている。
 『スコットランドの釣鐘草』のメロディーが降り注ぐ。
 ずっと。
 ずっと。
 ずっと。





 二坪ほどのその庭は、ささやかながらも、命の息吹と色彩が緻密に織り込まれた一幅の絵画のように、静かに佇んでいた。
 「本当に久しぶりだね」
 「ずっと帰ってなくてごめん。ただいま」壮年の女が、微笑みを湛えながら娘を迎え入れる。
 「お帰り。葡萄あるよ。食べる?」
 「あ、うん。ガーデニング始めたんだ」
 「ああ、うん。そうなの。始めたのはもうずいぶん前だけど」
 「へー」母親の話を聞きつつ、娘は庭の様々な方向に立ち、眺める。大学に入学してから、大学院の博士課程を終えるまで一度も帰省していなかった。約十二年ぶりの我が家だ。記憶より、壁の色が少し日に焼けたと思う。カエルのティッシュケースもすっかり色を失って、もはや何色だったか思い出せない。
 ブランピエールドゥロンサールは、庭の塀に沿うように緩やかな曲線を描きながら伸び、細い枝を絡ませてアイアントレリスを覆い尽くしている。花びらは繊細で、ほのかに乳白色がかった純白。陽光を受けると透き通るような儚さが際立つ。花弁の縁はふんわりと波打ち、風が通るたびに震える。ふわりと香るのは柔らかな甘さにグリーンノートを感じさせる清潔な香りで、空気に溶け込みながら鼻腔をかすめる。
 その足元には、オダマキがひっそりと咲いていた。濃い紫と白が混じり合い、花弁は星のように五芒を描いて広がる。中心から伸びる長い距が、くるりと巻くように反り返り、まるで蝶が舞い降りたような優美な姿をしている。細い茎は風に頼りなげに揺れながらも、凛と立つ姿に気高さが漂う。オリエンタルユリの花弁はレモンイエローの中心から外側に向かって柔らかく色が抜け、縁は白に溶けていく。肉厚の外側に沿った花びらには、艶があり、午後の陽光を受けて微かに光を返す。蕊には赤銅色の花粉がつき、少し近づいただけで甘く重たい香りが立ち込める。エリゲロンが、まるで小さな妖精たちが集うように咲き乱れている。白とピンクの花が同じ株で入り混じるため、庭にはグラデーションのような色彩の波が生まれていた。花びらは細く、ふんわりと柔らかく広がり、揺れるたびに細かな影が土の上に踊る。ビオラは、その鮮やかな蒼のコントラストで庭に可憐なアクセントを添えていた。花弁はベルベットのような質感を持ち、陽に透けると、ほんのりと光を帯びて見える。わずかに甘い香りが足元を漂い、花の中心から放射状に広がる模様が、小さな顔のように愛らしい。バコパは、淡い紫がかった白色の小花を無数に咲かせ、地面を這うように広がっていた。葉は丸みを帯びた緑で柔らかく、花と花の隙間から顔を覗かせる。花は小ぶりながらも群れ咲くことで密やかな存在感を示し、地面に散りばめられた宝石のように庭を彩っている。庭の最も目立つ場所に置かれたラベンダーは、背を伸ばしてスラリと立ち上がり、紫の穂が風にそよぐたびに揺れている。近づくと、指先でそっと花を撫でるだけで甘くスパイシーな香りが立ち上る。葉はシルバーグリーンで細く、茎とともに繊細な毛が生えている。ヒヤシンス。ふっくらとした花房をいくつも立ち上げ、葡萄の房のように密集した花々が連なっている。柔らかな藤色と白色が入り混じり、芳香は濃密で甘い。夕方になるにつれて、その香りは一層濃くなり、まるで庭全体が香水を纏っているかのように空気を満たす。チョコレートゼラニウムの花弁は小さく、艶やかな薄桃色だ。葉は柔らかい緑の中心に品のある褐色を纏い、軽く触れると指先にペパーミントのような香りが残る。
 「結構香りの強い花が多いね」娘が庭の真正面に立ち、息をすっと鼻から吸い込んだ。
 「そうかな?」母も娘の隣に並んで花々の香りを嗅いだ。確かに、様々な系統の香りが次から次へと風に乗って嗅覚を刺激する。
 庭の土は、黒々とした湿り気を帯びている。陽が傾くと、濡れた土はほのかに光を反射して鈍く光る。風は優しく、葉の先をくすぐるように通り抜ける。空はまだ薄青いが、西の空は徐々に夕焼けの色に染まり始めている。わずかに紫を帯びた雲が流れ、薔薇の花びらが一枚、はらりと舞い落ちる。
 庭は、陽が落ちるにつれて次第に静寂に包まれていく。花々はゆるやかに揺れながら、やがて夜の帳が降りるのを待っている。
 否。これらの品種の花々が一挙に咲く庭などあり得ない。これは夢想の園である。