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【本編無料】お守りに代わりに。【ショートショート】

好きな人からしか摂取できない栄養ってあると思うんだ〜。だから私、それで薬を作ろうと思って!

そう言っていた女友達は普通のOLになったらしい。なんだ、つまんないの。俺はそう思った。せめて製薬会社であれ!と願ったが出版社らしい。

俺は彼女の好きな人が知りたかった。薬にしてまで摂取したい好きな人。きっと素敵な人だろうと思った。今思えばアイドルや俳優のことを指していたのかもしれない。どんな人物であれ薬を作ってしまおうと思えるほどの人物を俺は知りたかった。どんな薬になるのか楽しみだった。

でも彼女はあっさり出版社勤務のOLになった。

疎遠になってなかなか現状を聞けなかった俺の代わりに実家の母が教えてくれた。

俺とは大違いだ。俺は大学を中退しフリーターをしている。バイト先にはバンドマンだと嘘をついて夢追人を演じている。世間はただ生きている人より夢を追っている人に優しい。しかしそろそろアラサーとも言えなくなる歳だ。自然とため息が出る。

あれ?もしかして

たまたま実家に帰っていたときに彼女と再会した。久しぶりに会った彼女は大人びていて少し緊張した。好きな人の栄養で薬を作ろうとしていたことを話すと恥ずかしそうに「やめてよ〜」と笑った。笑った時にくしゃっとなる顔は高校生の時と同じだった。

俺と彼女はタイムスリップしたような気持ちになって次から次へといろんな話をした。高校時代の思い出は話せば話すほど止まらなかった。彼女と同じクラスになったのは3年生の時。同じ委員会になって自然と仲良くなった。学校以外で会うことはなかったけれど、見ていたアニメや漫画が同じでよく感想を話した。

そういえば、あまりにも2人でいるからよくクラスメイトに揶揄われたな。「もう〜そんなんじゃないって〜」と少し恥ずかしそうに否定する彼女が好きだった。時が止まれば良いと初めて思った。アニメや漫画のようにずっと抜け出せない高校生活を送りたかった。

今覚えば恋だったのかもしれない。初めて心地よくて黙ってても苦しくなくて全てが俺に馴染んだ。今だったら恋と呼べる。あの頃はこの気持ちに「恋」という名前があるとは知らなかった。

恋はもっと情熱的で嫉妬深くて、人生を侵食するものだと思っていた。だから彼女といる時に感じた、個人として存在しているのに境目が曖昧で1つになってしまいそうな心地よさを恋だとは思えなかった。

彼女は成績が良かった。俺がテストで赤点を取ると「なんで赤点なの?」不思議そうな顔をしていた。そのことを話すと「だってテスト超簡単だったから」と申し訳なさそうな笑顔が返ってきた。そうだ思い出した。俺はギリギリで合格した高校だったが彼女は志望校のランクを1つ落として学年トップを取るために入学したんだった。そりゃ頭の作りが違う。

受験前には学校でひたすら勉強させられたな。大学にどうにか合格させようとする先生に呼び出された俺と自主的に学校に来て勉強する彼女。正反対だけど何故か仲が良かった。先生たちは俺といることで彼女の成績が下がるのではないかと心配していた。懐かしいなぁ。

なんだかんだ俺も彼女も希望の大学に合格した。俺は中退しちゃったけど。大学生になったら会えなくなるんだとしんみりもした。小学校でも中学校でも感じたことのない寂しさがあった。卒業式で俺は泣いたんだっけな。

あれ、そもそも卒業式に行ったっけ?

「あっ!そうだ!今度こっちに帰ってくる時に、駅前のドーナツ買ってきてよ。」

彼女が急に大きな声を出した。ビクッと身体を動かした俺をまたあの笑顔で笑った。あぁそういえば彼女はドーナツが大好物だった。

一度、彼女の喜ぶ顔が見たくて、手作りドーナツをプレゼントしたことを思い出した。お店のに比べれば甘ったるくて油っぽくて形もいびつだったけど彼女は「美味しい。美味しい。最高だよ。」と言って食べてくれた。嬉しかったなぁ。好きな人からしか摂取できない栄養ってあれだったのかもしれない。



「治験お疲れ様です。」



俺は白衣を着た男に現実へ戻された。あぁそうだ俺は治験バイトに来たんだった。

「こちら、アンケートの記入をお願いします。」

そこには【治験名称:故人に会いたい方対象、期間:1泊2日】と書かれていた。

彼女は卒業式の数日前、交通事故でこの世からいなくなってしまった。俺はショックで卒業式に行けなかった。人生で1番泣いてこのまま干からびてしまえばいいと思った。大学生になっても気持ちは暗く沈んだままで単位が取れずに中退した。あまりの憔悴ぶりに家族も友達も誰も責めなかった。

治験のバイトで飲んだこの薬は俺と彼女を再会させてくれた。彼女が俺と同じように歳をとっていたのは俺の妄想だったのだろう。彼女の就職先が出版社だったのは最近見たドラマの影響かもしれない。

もしこの薬が販売されるようになったら世界はどうなるだろうか。

故人に会えるという効果は人を狂わせる。毎日飲み、依存症になる人も出てくるだろう。そう思うと販売されてはいけない薬のような気がする。

でも俺は「この薬があれば彼女に会えるから大丈夫」と少し温かい気持ちになれる気もした。お守りにして持ち歩きたい。いつもそこに彼女を感じたい。

もしこの薬が販売されたら1回飲んで彼女に好きだと伝えよう。そして残りはお守り代わりに大事に大事に抱きしめて生きよう。

俺は退院すると彼女の実家に行き、写真の中の彼女に線香をあげた。もちろん、駅前のドーナツも買って行った。駅前のドーナツを希望した彼女は俺の妄想かもしれないけど、ドーナツ好きだった彼女は確かにこの世にいた。

喜んでくれると良いな。



あとがき

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