【本編無料】探しもの多分あそこにあります。【ショートショート】
「ねぇー俺のモバイルバッテリー知らない?」
「知らないよー。鞄の中とかちゃんと見た?」
「見たよ!見たけど入ってないんだよ!」
「ほんとしょっちゅう物を失くすよね。探すの下手なんじゃない?」
時刻は朝7時。今日は早めに家を出るはずだった。しかしモバイルバッテリーが見つからない。昨日夜遅くまで飲み、帰宅後すぐに寝てしまったせいで携帯の充電は8%だ。クソッ!なんで見つからないんだ。インターネット中毒の俺が8%で1日保つはずがないだろ。しかも今日は外回りだぞ。
「コンビニで借りてけばいいじゃん。チャージなんとか?ってやつ」
あまりに必死に探す俺を見て彼女が言った。そうかコンビニのアレがあったか!会社に向かうルートにコンビニがある。そこで借りよう。
俺は充電が8%しかない携帯を持って家を出た。
ない。
ない。ない。
3つもコンビニをまわったのに全て借りられている。この地域はみんな電気に飢えているのか?それとも何だ、借りるだけ借りて返さない奴がいるのか?
俺は仕方がないので充電が6%まで減ってしまった携帯を持ってコンビニを後にした。
「結局、コンビニで借りたの?」
「ううん、全部借りられててさ、しょうがないから後輩が持ってたモバイルバッテリーを借りたよ」
「もー、後輩に迷惑かけすぎじゃない?」
そんな会話をしながらスーツから部屋着に着替えた俺は食卓に座った。今日の晩御飯はクリームシチューだ。大きめのお皿にたっぷり注がれたクリームシチュー。彼女の作るクリームシチューは具が大きい。完全にメインの顔をしている。スープ多めの肉じゃが西洋版と言っても良いくらい具の主張が激しい。
初めて出された時は驚いた。彼女にとってクリームシチューはスープではなくメインのおかずらしい。色々なこだわりを話してくれたが、正直美味しければなんでもいいと思ってあまり聞いていなかったのは黙っておこう。
時刻は深夜2時。クリームシチューをたらふく食べた俺はトイレに行きたくなり目を覚ました。彼女を起こさないようにゆっくりベッドから起き、寝室から出た。
ガタンッ
トイレの方向へ身体を向けようとした時、リビングから音が聞こえた。何か落ちるようなものあったっけな……しばらく考えたが全く見当がつかず、気になってリビングの扉を開けた。
そこには白い長髪の人物が足の小指を擦りながらうずくまっていた。状況から見てどうやら机の脚に小指をぶつけたらしい。あまりに無防備だったので、ただただじっと眺めた。なんだコイツは。
しばらくすると立ち上がった。まだ顔は痛みで歪み、本当の顔は分からなかった。視線を下ろすとジャージを着ている。白い長髪とあまりにも合っていない。なんだコイツ。
少し視線をずらすと机の上に今朝探していたモバイルバッテリーが見えた。なんでそんなところに。その人物は俺の「あっ、」という表情に気づいたのか、急に話しかけてきた。
「なんか、いいなーと思って借りたの。ごめんね。」
あまりにも拍子抜けする声だった。どこかで声優がアフレコしているのかと思うほど外見と合っていない。一発で悪気も敵意もないと判断させてしまうそんな声だった。
「えっと、泥棒ですよね?」
普通だったら一目散にとっ捕まえるはずの不審者に質問してしまった。実際、泥棒だったとしても「はい。私は泥棒です。」というはずなどないと分かっているのに。なぜか部屋全体が不思議な雰囲気に包まれていた。
「いやいや、私は神です。ほら。」
自らを神と名乗る人物は警察手帳みたいなものを見せてくれた。見たところで何も分からなかった。名前は筆記体だし見たこともない手帳だ。載っている顔写真は若い時のものだろうか。白髪でも長髪でもない。俺は手帳と顔を交互に見比べた。
「いや、本物だよ。もうずいぶん前の写真だからさぁ。いや、ほんとだよ。新しいのにしてってお願いしてるんだけど、よっちゃんが忙しいからって全然やってくれなくてさ。困ってるの。」
やれやれという顔をしながら必死に言い訳をしているが、もし本物だとしても偽物との俺には違いが分からない。よっちゃんって誰だ。
「ちょっとごめんねぇ。」
胸の前で手を合わせごめんというポーズを取ると自称・神は俺の前で人差し指を回し始めた。「俺はトンボか?」と思った。「やめろよ!」と言おうとしたが、口が「や」の形になる前に、なんだか急に全てがどうでも良くなってきた。
「いや〜ほんとごめんね。なんか新しいゲーム機だと思ってさちょっと借りたんだけど、ゲーム機じゃなかったね。ごめんごめん。」
ごめんで済んだら警察はいらないだろと思ったが、警察が神を逮捕できる訳ないと思ってやめた。神がずっとヘラヘラしている。
「じゃあ、これで失礼するね。もう今日は他に君から借りたものはないから安心してね。クリームシチュー全部食べちゃったけど。」
そういうと神は玄関から出て行った。
あ、玄関から帰るんだ、なんか思ったのと違う。勝手にクリームシチュー食うなよ。そんなことを思いながらキッチンにあった鍋を見ると本当に全部食べてあった。よほど美味しかったのだろう。すっからかんだ。
空になった鍋を放置しておくと彼女に怒られるので俺はとりあえず水につけ、行くはずだったトイレに向かった。
トイレットペーパーが切れている。
あいつ、トイレ使ったな。使い切ったらセットしとけよ。俺はよく使い切った後、新しいトイレットペーパーをセットせず彼女に怒られる。もちろん彼女はちゃんと新しいトイレットペーパーをセットする。使い切ったのが俺じゃないということはあの神だ。もし、俺がトイレに起きていなければ明日の朝、彼女に酷く怒られるところだった。危ない。危ない。
俺は便器の横に置かれたトイレットペーパーをホルダーにセットし、用を足すと寝室のベッドに戻った。なくなったクリームシチューは夜中にお腹が空いて食べてしまったと言えばいい。
ベッドが冷たい。なんとなく悪人じゃないような気がしてそのまま帰したのは多分あの神が回した人差し指のせいだろう。なんとも不思議な気分だ。
俺は目を瞑ってなんとなくあの神が言っていたことを頭の中に並べた。
「なんか、いいなーと思って借りたの。ごめんね。」
「いやいや、神です。ほら。」
「いや、本物だよ。もうずいぶん前の写真だからさぁ。いや、ほんとだよ。新しいのにしてってお願いしてるんだけど、よっちゃんが忙しいからって全然やってくれなくてさ。困ってるの。」
「ちょっとごめんねぇ。」
「いや〜ほんとごめんね。なんか新しいゲーム機だと思ってさちょっと借りたんだけど、ゲーム機じゃなかったね。ごめんごめん。」
「じゃあ、これで失礼するね。もう今日は他に君から借りたものはないから安心してね。クリームシチュー全部食べちゃったけど。」
うーん……なんだろうこのモヤモヤは。もう一度、神が言ったことを頭に浮かべた。
もう今日は君から借りたものはない……
ちょっと待て!「もう今日は」って言ってたな。ということは他の日にも来てるじゃないか。もしかして俺があんなに物を失くすのも、失くしたはずなのにすぐ見つかるのも、全部全部、神のせいじゃないのか?
ちょくちょく俺の物を持って行って、飽きたら返しにくるんだ。あの似合っていないジャージも誰かのを勝手に借りたに決まっている。きっとそうだ。
今後来たらガツンと言ってやる。
俺に見つかったからもう来ないとは言わせない。あのクリームシチューを平らげた食いしん坊の神だ。大量のクリームシチューでおびき寄せてやる。
あとがき
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