【本編無料】来世の夢は何ですか?【ショートショート】
「来世、何になるか決めた?」
無邪気な声が隣の席から聞こえた。こいつは入学以来、何故か俺を気に入って事あるごとに話しかけてくる。
「僕、動物園のライオンになりたくてさ!かっこいいし安全じゃん?」
そんな都合よく動物園のライオンには生まれないよ、と俺は苦笑いしながら配られたプリントに目を落とした。
この国では高校生になると来世で何になるか希望を出さなければならない。希望通りになるかは分からないが、8割ぐらいは希望通りになるらしい。ただ選べるのは大雑把な種類だ。ライオンを希望しても動物園で生まれるのか野生で生まれるのか、お金持ちのペットになるかは分からない。野生で生まれれば赤ちゃんのうちに死ぬこともあるだろう。
来世の希望を出せるのは今のところ人間だけだ。自分の来世を決められる唯一のチャンス。よく考えなければならない。
まあ実際、生まれ変わるのは死んでからなので焦って決める必要はない。ただ、人間はいつ死ぬか分からない。だから高校生になったタイミングで何に生まれ変わりたいのかとりあえず申請する決まりができた。その後は好きなタイミングで簡単に変更できる。今は市役所に行かなければ変更できないがあと数年すればスマホから簡単に変更できるようになるらしい。便利な社会だ。
「みんなに聞いたけど、人間希望の人はいないみたい。」
俺はふーんと適当に相槌を打って外を眺めた。外は久しぶりに見る快晴であまりの雲のなさに不気味ささえ感じた。一羽のハトが視界を横切った。もしかしたらあのハトは元人間かもしれない。何を思って飛んでいるのだろうか。
俺はもう一度プリントに目を落として考え始めた。
今の日本では少子化による人口減少が大きな社会問題になっている。もう一度人間になりたいと思う人が減っているのが原因だ。代わりに増えているのが猫。1番希望する人が多い生まれ変わり先だ。あまりにも猫が増えてしまい、政府は猫を希望する人からお金を取るべく動いている。そして人間を希望する人には後から変更ができなくなる代わりにお金を配るらしい。元から人間を希望する人にとってはかなり儲けもんだ。
俺は来世、何になろうか……
将来の夢も特にない俺にとって、来世を決めるのは気が早すぎる。俺も猫になりたいが野良猫は嫌だ。金持ちの猫がいい。しかし人間は年々減っている。つまり金持ちの人間も減っている。猫に生まれ変わっても厳しい野生で生きることになるかもしれない。なんなら子猫のうちにカラスに喰われるかもしれない。
反対に絶滅危惧種のような数の少ない動物ならどうだろうか。保護施設や研究施設で大事にされればいいが、密猟者に追い回されるようなことになっては困る。もっと平和な世界に生まれたい。
平和な世界などあるのだろうか。
どんどん話が大きくなりそうなので俺は考えるのをやめて「猫」と書いた。猫になった頃にはどうせ人間だった記憶はない。深く考える必要はないのかもしれない。
放課後、忘れ物を取りに教室に行くと同じクラスの女子生徒が帰り支度をしていた。名前なんだっけ。どうも俺は名前を覚えるのが苦手だ。全く出てこない。
「ねぇ、来世、本になりたいっておかしいかな。」
急に女子生徒が話しかけて来た。俺はギョッとして固まってしまった。するとぽつりぽつりと彼女は話し出した。どうやら申請書に「本」と書いて提出したら先生に呼び出されたらしい。
「何になろうが自由だと俺は思う。」
「自由……」
「来世、何になろうが先生は責任はとってくれないからね。自分の好きなようにすればいいよ。」
「でも、本は申請できないんだって。」
あぁそうだった。来世の生まれ変わり先として申請できるのは命があるものだけだ。本はもちろん机や椅子、車や電車は申請できない。未登録扱いになってしまう。
「俺は申請できないから生まれ変われないというわけじゃないと思うんだ。申請できないだけで生まれ変わっている人がいる気がする。」
彼女は不思議そうな顔で俺をみた。
「例えば、木だったら生きているから申請が通る。その木が伐採されて紙になって本になれば君の申請は通ったようなもんだろう?」
彼女はしばらく考えて、口をへの字に曲げた。そんなもんかという顔だろう。屁理屈みたいなもんだしな、と俺は頭をかいた。
「なんで本になりたいの?」
素朴な疑問だった。大抵の人間は生き物を選ぶ。どこにも行けない、何を生きがいにすればいいのか分からない本に生まれ変わるなんて理解できなかった。いやそもそも眼中になかった。
「本が好きだから。私、お気に入りの本があるの。もうその本になりたいぐらい。」
そう言った彼女は愛おしいものを見つめるような目で宙を見ていた。俺は本を読まないし彼女の考えが理解できなかった。本は本だし中にあるのはただの文字羅列だ。到底来世なりたいとは思えなかった。
「後から申請は変更できるし、とりあえず適当なのを書いておけばいいさ。」
「うん。だから猫にした。」
「俺と一緒だ。」
2人で軽く笑った後、俺はバスの時間が迫っているのを思い出して教室を飛び出した。後で申請すればいいと言ったものの申請する前に死んじゃったら彼女、猫になっちゃうな。とぼんやり考えながら流れて行く景色をただ眺めて家に着いた。
うちの母親は空を飛んでみたいという理由でカラスにしたらしい。いつもガミガミうるさい感じが騒がしいカラスを連想させる。父親はイルカだ。海を猛スピードで泳いでみたいらしい。カナヅチで海と縁遠い父親らしい気もする。
俺は何にしようか。母親が空、父親が海なら俺はやっぱり陸かな。来世で家族はバラバラか……と少し寂しさを感じたが人生なんてそんなもんか。
次の日、本になりたいと言った彼女は学校に来なかった。俺は死んだんじゃないかと思って不安になった。あの時、意地でも先生を説得して「本」と申請させれば良かったと後悔し始めた。
どうしよう。彼女が猫になっちゃう。
俺はどうしても物事を悪い方へと考えてしまう。彼女が死ぬ間際、猫と書いたことを悔やんだのではないか。猫になるぐらいなら申請が通らず宙ぶらりんになった方が良かったと思ったのではないか。
その日俺は全く眠れなかった。
次の日、彼女の席にはちゃんと彼女が座っていた。俺はほっとして一気に地球の重力を感じた。老けた気がした。はぁーと大きなため息をついて机におでこを引っ付けた。もうめり込んだに近い。冷たい。
「ねぇ、私、やっぱり本にした。」
顔を上げるといつの間にか彼女が目の前にいた。口角を上げてニコッと笑っている。
「だから、探してよ。生まれ変わった私を。」
彼女がそう言い終わると同時に授業開始のチャイムが鳴った。
探すには人間に生まれ変わるしかないじゃん。まだ大して話していない相手から一方的に来世でやるべきことを押し付けられた。
「ドラマじゃあるまいし勝手に決めるな!」と思うよりも、俺はどうやったらこの広い世界で本になった彼女を見つけられるのかを考え始めていた。実際に探すかどうかは置いておいて考えるのは好きだ。
ちょっと考えて彼女が本になったとしてもどこの国の本になるかも分からない。絵本か小説か、新書か図鑑か……そして俺が人間になってもどこに生まれるか分からない。どう考えても探すのは無理だと思った。そもそも記憶はないだろうし。
「佐々木さん、本にしたんだ。珍しいね。」
隣の席から声がした。彼女、佐々木さんというのか。覚えておこう。
「本ならいいね!人間より長生きじゃん!人間ならまた来世を決められるし、永遠と佐々木さんを探せる。なんかロマンチックだね!」
隣の男は揶揄うわけではなく純粋にそう思っている口ぶりだった。確かに人間の寿命より本の寿命の方が長い。どんな本なのかにもよるけど。
いや、なぜそこまでして佐々木さんを探さなきゃいけないのか。
まあ特になりたい来世もないし、なんだか「猫」のままでは後悔する気がしてとりあえず来世の希望を「人間」に変更した。気が変わったら変更すればいい。来世を選べるのは人間だけだし。
「俺はやっぱりライオンにする!」
声高らかに宣言した隣の席の男は、「授業中だぞ!」と教師に怒られた。来世でこいつも探してやろう。そんな気になった。
あとがき
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