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【韓国生活追想(124)】ごはんを食べる時間

「日本からはいつ帰国して、引っ越しはいつ?」と義母に聞かれた。「7月14日に韓国に戻って20日に引っ越しです」と答えた。

「それなら引っ越し前に一度、家族で集まって食事をしなくちゃね」と言われた。嫌だった。北海道まで行ってお別れ会をやったじゃないか。なんでだ、と思った。

出発までにやることは山積みだ。引っ越しの諸々を、仕事のスケジュールを回しながら進めているのだから、時間的にも精神的にも余裕がない。「あれもやらなくちゃいけなくて、これもやらなくちゃいけなくて、、」「お友達と最後に会う約束もあって、、」なんとか私の状況と気持ちを伝えようとしたけれど、

「ごはんも食べる時間がないの?」

と一蹴された。「出発前に食事をしたい」という義母の気持ちは、私の状況や気持ちをなかったことにしてでも優先されなければいけないことらしい。

北海道旅行のことも「嫁たちと旅行に行ったって友達に自慢しなくちゃ。普通なら家族旅行なんてお嫁さんに断られちゃうのがオチなんだから。」と得意げに言っていた人だから、「出発前に家族で食事をする」という形式にもきっと価値があるんだろう。私の状況や気持ちを汲む以上の価値が。

私にとっては、義家族と会うことが「ごはんを食べる」だけと同じ負荷で済むわけがない。また傷つけられることがないように、嫌なことを言われないように、自分を守るべく頑丈な鎧をかぶって挑む食事の時間は、精神的負荷がとっても高くて、約束のずっと前から気が重い。胃がキリキリ痛むことだってある。

一方で義父母と顔を合わせるのも、あと数えるほどしかないのかなと思うと、会えるときに会っておくべきなのかなとも思う。きっとこれまで義母なりの不器用と、義父なりの不器用とで、私は義両親に大切にされてきたんだろうと想像するから。実感も、結局理解すらもできてないから「想像する」だけなのだけど。

これからもうすぐ「過去」になる韓国での時間を、どういうふうに自分の中で消化していこうか、考えを巡らせ続けてばかりだけど、韓国を離れたらきっと気持ちに決着をつけて、新しい人生の始まりを楽しもう。

出発まであと5日。