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【韓国生活追想(122)】北海道旅行

「これが最後の旅行になるね」と言われて、北海道に出かけてきた。義父母、夫、娘と私の5人での旅行だった。

私たちは今月20日に韓国を去る。娘の残り2年間の高校生活を過ごせば、娘はおそらくアメリカの大学に進学し、家族は解散の予定だ。義父の年齢は80を超え、なんだかぼんやりするときが増えているの、と義母に聞いた。そういう諸々があっての「最後」だ。

予告なしの最後は心を引き裂かれるけど、予告ありの最後だって心を侵食してくるように悲しい。いろんな嫌な思い出があったとしても「せいせいする」なんてことは全然思わない。

旅行中、「写真を撮りますからこちらを見てくださいね」とお願いしても、私の向けた携帯カメラの右を見たり、左を見たり、上を見たり、そっぽを向き続ける義父。意地悪でやってる様子もなく、ふざけている様子もなく、真顔で無言で毎回これをやってのけるから、お義母さんのいう年齢的な「ぼんやり」が原因なのかしらと思ったけど、義母は「いつもそうなの」と呆れかえっていて、どうやら年齢に関係なく昔からそうだっていうことがわかった。義父は韓国人からしても理由わけのわからないことをする人だ。

義父はこんな風に、傍から見ているとまったく意味の分からないことをする。それを見た義母は、眉間に皺を寄せて不機嫌を全面に出して義父を非難する。義父はそれを小言と理解して「余計なことを言うな」と喧嘩が始まる。いつもの展開で、私はこれを見ているのが本当に嫌いだ。

義母は「ハラボジ(義父のこと)と旅行に行くとね、いつもこうなんだから。楽しかったことなんて一度もないんだから。」と言っていた。

私には理解できない。そんな相容れない大人同士がずっと一緒に居る理由ってなんだ。義父母はカトリックだから宗教的信条で夫婦が離れるオプションなんてないのかしら。そうでなければ、子供たちへの責任?自分自身の幸せ追及の放棄?変化への怠惰?

私は同じように生きるつもりはない。彼らの来た同じ道をなぞったりしない。

義父母同士のいつもの衝突も、その度になんとなく苦笑いでやり過ごし、旅行も無事に終わりに差し掛かった帰りの新千歳空港で、私たちは空港のカートを一台使わせてもらった。5人分のスーツケースと持ち込み手荷物と、全部を載せて空港内を移動した。

「あなたが押しなさい」義母に言われるまで、夫は手ぶらで颯爽と歩いていた。その目には、それまでずっと5人全員分の荷物を積んだカートを押していた私が写っていなかったようだった。

「いつもそうですよ。私があれもこれもそれも全部抱えて、そんなことは一切目に写らず、一人でさっさと行っちゃうんです。この十数年間ずっと。」

私は義母に伝えた。いつもは絶対にそんなことは言わないけれど。夫の愚痴を義母に言ったりなんか絶対にしなかった。夫にどんな不利な状況であれ、義母は100%夫の味方に決まっていて、私の味方であるはずがない。そんな人に向かって不用意に夫のネガティブな話をして良いことなんてない。そんな私の言葉だからこそ義母にはぎっくり来たんだろう。

「dangonoimoutoが教えてあげなくちゃ」

慌てた様子で返答されたけど、「いいえ、とっくに諦めていますよ」と冷ややかに伝えておいた。

意地悪のためじゃない。寧ろ精一杯の私の優しさだ。いずれくる別れ=離婚のときのために。それが義母にとって青天の霹靂にならないように。ソフトランディングできるように。別れはやっぱりいつも悲しい。