【韓国生活追想(125)】自分たちができなかったこと
来週月曜日に引っ越しを控えて、義家族と最後に食事をした。義母が私に食べたいものを聞いてくれてレストランを予約してくれた。
「夫婦はね、一日に一度はお互いを誉め合わなくちゃいけないんだって。そして『サランハムニダ』って伝え合わなくちゃいけないんだって。」その食事の席で義父に言われた。伝聞調で、一体どこで聞いてきた話だ、と思った。
「私たち夫婦は、話もしませんよ」と伝えておいた。私は、ここのところ私たち夫婦の不仲を少しずつ義父母に見せるようにしている。もう私の心は決まっているから。そのときが来たときに、今よりも老いた二人をいきなり絶望に突き落としたりしたくないから。
「dangonoimoutoが韓国でとっても苦労したね。私が息子の育て方を間違えちゃったと思う。だけど一度きりの人生、二人でうまくいく方法をよく探してみてね。」義母に言われた。
義父と義母は仲が悪い。その食事の席でもなお喧嘩をしていた。そして「夫婦仲睦まじく暮らす」という自分たちにできなかったことを息子夫婦には望む。自分たちにできなかったことだからこそ望むのかもしれない。そしてやっぱり、残念ながら私にはその期待にお応えすることができない。
義父母たちだって自分の人生を一生懸命生きてきた人たちだ。私は一度はこの人たちの家族として残りの人生の幸せを決意した、そういう大切な人たちだ。それでも私は自分の残りの人生を犠牲にしてなお、義父母たちの望みを叶えることはできない。誰かの希望のために、それが大切な人たちの切実な願いであったとしても、自分の人生を犠牲にしていい理由には思えない。
月曜日からは新しい人生が始まる。韓国では子育てに没頭して必死で生きてきた。自分が自分の人生の主役だってことを忘れるくらい、娘が世界のすべてだった。多分それはとっても幸せなことだったと思う。新しい地では、娘のサポートももちろん頑張りつつ、自分が毎日幸せでいよう。
韓国卒業まであと3日。
