【韓国生活追想(12)】原風景
娘の赤ちゃん時代の出来事。夫・娘・私の3人でタクシーに乗る機会があって、タクシーの運転手さんにお説教されたことがある。
それは、私が抱っこ紐で娘を抱っこし、大きなママバッグを抱え、畳んだベビーカーをトランクに積ませてもらってタクシーに乗り込もうとしていたとき。夫は手ぶらで身軽に先に乗り込んでいた。
運転手さんに「旦那さんは何をやってるんだ」と言われた。私は一人必死過ぎた。運転手さんは夫に懇々と説教してくれたが、夫には響いてないのが見て取れた。
振り返るとこれが今まで続く子育ての象徴的な出来事だったと思う。あれもこれもそれも何もかも私が必死に抱えた。育児と仕事が忙しく数時間しか寝られない日も夫は「俺は7時間寝ないと集中力がでない」と言って寝た。育児を手伝ってほしいと訴えても(それ自体がおかしな話だけど)「そんなに嫌ならやらなくていい」と言われた。私が試しに育児を放棄してしまっていたとしたら、多分、義母や義姉を呼んだだろう。
家事・育児は女がする。
これが夫にとって当たり前のことだった。義実家にいけばその理由が手に取るようによくわかった。
二人のお姉さんの後に生まれた待望の男の子である夫。田舎の義実家に到着すれば、義母からすぐに「運転疲れたでしょう、寝ていなさい」と言われる(ちなみに長距離運転の半分は私)。食事の時間には必ず義母、義姉たち、私の女性陣だけが準備をして、まずは男性陣だけ食事をする。義母、義姉たちはずっとキッチンに立ってなにやらやっている。男性陣の食事が終わればやっと女性陣のターンだ。
これが夫の原風景。寝ていれば周りの女たちが食事を運び、家のことを片付ける。このことが当然過ぎて、私だけが忙しそうに動いていても、そこに違和感が差し込まれる余地がなかったんだと思う。
それなら仕方ないか・・・となるはずはない。
私の実の母は家の中をいつもきれいに保ってくれたし、父は車や庭の手入れ、野菜作りをしてくれた。そして父も母も一緒にキッチンに立って食事の準備をしてくれた。今も私の一番好きな鯛の煮つけは父が作ってくれる。これが私の原風景だ。
結婚生活、それまでのお互いの常識がかけ離れていたら、やっぱりお互いに歩み寄って、中間のどこかにいい着地点を見つけなければいけなかった。最初はそれができると思った。だから何度も何度も喧嘩をした。本当に疲弊しきるほど喧嘩した。だけど無理だった。
これが私が200%子育てを頑張ったという理由。
