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推薦の理由

定例の報告が終わると、彼女は言った。
「私もそろそろ昇格しても良い頃だと思う。推薦状を書いてほしい」

アメリカと日本の違いの一つは、キャリアへの姿勢かもしれない。
彼らは昇進や報酬を当然の権利と考え、それを積極的に取りに行く。

とはいえ、正直意外だった。
一緒に仕事をするようになってから3年が経つが、自分は彼女に“できる人”という印象を持っていなかったからだ。

なんなら、ミスは多いし、複雑な対応が絡む業務になると妙な方向に全力疾走する傾向がある。

一度、彼女が相手先を怒らせたことがある。
謝罪に同行したが、彼女の対応がさらに火に油を注いだ。結局、後処理はすべて自分が引き取ることになってしまった。

だから、昇格とは無縁、失礼な話だがそう思っていたのだ。

ただ面白いことに、彼女のプロジェクトの進捗は悪くない。

周りはおろか、上司の自分までカバーに入るのだから当たり前、そう思っていたのだが、彼女はそれを設計だというのだ。

「成果はチームで出すもの。私が苦手なことは得意な人がやればいい」

「周りがフォローしているのでは?」

「それは私が任せたということ。フォローしているのではなく、させている」

なるほど、そう来るのか。

面白い考え方だと思った。少なくとも今まで会ったことがないタイプだ。

一度や二度のミスで萎縮するくらいなら、このくらい堂々としていた方がいいのかも、とすら思えてくる。

「いいよ、書くよ」

彼女の言い分に納得したわけではないが、多分説得しても無駄だと思った。

何より決めるのは上なのだ。自分は淡々と事実を書き、後の判断は上がすればいい。

昇格とは能力の証明ではなく、何か物語を提示する、そんな場なのかもしれない。

それにしても…
推薦文を考えながら思う。

昇格がこうして動き出すのは何だか面白い。
自分が考えていた社会のイメージとはかけ離れていて滑稽だ。

もし今、新卒の自分に何か伝えられるなら、自分はきっとこう言うな。

知ってたか?
なぜその人を推しているのか、本当は上司もよくわからないんだ。

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だにえる 最後まで読んで頂きありがとうございました。 また次の作品でお会いできたら嬉しいです。