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427.頑張らないと!、、、は、ほどほどに


「あのとき、わたし、頑張った」
について、
ここ数日、ずっと考えていた。

これまでの人生で、
頑張ったことを
思いつく限り、
箇条書きにしてみて、
どれをテーマに書こうか考えた。

でも、テーマを選んで書いてみるも、
どうしても途中で筆が止まる。

「うーん、なんか書けないぞ。 
 どうしてかな、、、。」

と考えていたら、
「頑張ったこと」って、
その人の価値観に大きく、
触れる部分だからかも、と思った。

どの頑張りも掘り下げていくと、
私のこれまでの頑張りは、

自分の頑張りたいことと、
他人が頑張って欲しいと望むこと、
社会の平均的な頑張りに合わせること

が、ごっちゃ混ぜになっていたと気が付く。

そうして、
「頑張ることが私の価値を上げてくれるもの」
とも、ずっと感じていたので、
とにかく、闇雲に頑張る、
がむしゃらみたいなのが、多かった。


がむしゃらだけど、
努力は嫌いではないので、
一定の目標を達成することはできたことも
多かった。

例えば、
高校希望校合格、大学希望校合格、
取得したかった資格試験合格
など。


冒険も好きで、
とにかく、思いついたら、
目標に向かって、突進だ〜!みたいな
エネルギーもあった。

でも、
大きな挫折を経て、
そんなエネルギーもなくなってしまい、、、
頑張ることの意味を見失った。

どうして、そうなったのか、
突き詰めていったら、
結局、本当の自分の気持ちを押し殺して、
他人のため、世間体のために重きを置いて
頑張っていたらかだと、
どん底から少しずつ上がってきて、
気がついた。

昔の自分の頑張ったことが
うまく書けなかったのは、
そんな価値観に気がついたからかもしれない。

ねばならない中でも
自分のやりたい気持ちを
大切にしたつもりなものもあった。

それに、
やみくもでも頑張ったおかげで、
得たものもあったし、
学びになっていたし、
全然、無駄なものだったとは思っていない。


けれど、年齢も50代になると、
体力も気力も落ちてくるし、
自分を見失ったまま、
闇雲に頑張るエネルギーはもうない。

どうしましょう。

そうだ!
「頑張って!」を
「ぱにゃにゃんだ」にしたい。

ぱにゃにゃんだって、
ラオス語で頑張って。
「ぱにゃにゃん」は、
頑張るの意味。

日本語で、
「頑張って」というより、
ラオス語で
「ぱにゃにゃんだ」
という方が、なんだか柔らかい気がする。

響きから、
パンダと猫なイメージが思い浮かぶし、
ゆるっとしていて、
母国語でない、
耳慣れていない言葉だと、
「頑張る」という意味に
一つ柔らかいフィルターが通されたようで、
体も心もゆるゆるした、
ふわふわした頑張るって感じがする。

体も心もゆるゆるしている感じって、
自分のことを理解していて、
どんな自分でも「まあいっか」と思えていて、
「ねばならない」が基本でない
本当の自分の気持ちを大切にしている
頑張りのような、、、

そんなイメージの頑張るにしたいから、
これからは、
ぱにゃにゃんにするのだ。

世間や他人が望むことを頑張る、
いわゆる「ねばならない」の頑張りが必要な時
も生きていたらある。

ただ、
私のこれまでの人生は、その頑張りの割合で
ほぼほぼ占めていたから、
その割合はぐっと減らして、
私自身がやりたいと
心から湧いてくる想いをベースにした
ゆるっとしたぱにゃにゃんを
増やしていきたい。

自分の気持ちを常に見つめながら、
取り組んでいこう。

そうしたら、
頑張るも楽しい「ぱにゃにゃん」に
することができる気がする。


お決まりのあとがきです。


このたび、
かぜの帽子さんのメンバーシップ
#言葉の庭の今月のお題、
「あのとき、私頑張った」
で、書かせていただきました。

昔の頑張った体験を切り取って、
記事にしようと試みたのですが、
ちょっと自分の中で、
気持ちが乗らないところがあって。

なんだかまとまりがなく、
ちょっとふわっとした
内容の記事になってしまったのですが、
こういうのが、
ぱにゃにゃんなのかなと思いまして。

こんな感じになりました(^^)

いつか、
昔の頑張った体験を書きたくなったら、
また、その時に
書いてみようかなと思っています。

最後まで、お読みいただきまして、
ありがとうございました✨



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