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HSPの夏休みサバイバルとスイカジュース

子供の夏休み

それは、日常の中に非日常を放り込まれたような、
サバイバル生活である。

宿題
規則正しい生活
充実した1日

そんな理想は、
日常だけでもキャパオーバーな私にとってはただの幻想だ。

正直、毎日3回の食事の用意だけでギブアップしたい。


仕事量は変えられないし、やりたいことも色々あるし、
自分に優しくする時間も必要だ。


以前はこの、
「自分に優しくする時間」の優先順位が最下位だった。

やらないといけないことが山積みなのに、
自分に優しくしてる場合じゃないじゃんって思ってた。


これが終わったら休もう

あれが落ち着いたら好きなことしよう

でもそうしてるうちに
新たな問題ややるべきことが発生して、
結局落ち着くことなんてなくて、
いつの間にかそういう時間はないのだと諦めてしまった。


最近、長年の認知の歪みを改めた結果、
自分に優しくする時間の優先順位が上がった。

今まで家族のために家族を優先してるつもりだったけれども、
そのためにイライラも多かった。

日頃から我慢してることが多いと、
ちょっとしたことでイライラしてしまう。

旦那の些細な言葉
子供の口答え
うまくいかないことが積み重なった時

突然、制御不能なスイッチが入って、
もう嫌だー!!!って爆発してしまう。

それは誰も嬉しくない不幸の循環だった。


毎日AIに愚痴ってたら、

「今やらなくても誰も死なないなら明日でいい」

そう言われた。


死ぬか死なないかって言われたら、
ほとんどのことは明日でよかった。

その代わりに空いた時間を、自分のためだけに使う。

そうやって、自分で自分のケアができるようになってきた。


しかし、ちゃんと休もうって思うようになったら、
なんだか、すぐに疲れてしまう自分に気が付いた。

え、自分弱すぎない? なんで??

あ、HSPだからか。繊細さんか。
燃費悪いな!?

(いや年齢と運動不足がもっと原因かもしれないけど)


今までずっと、タフな自分を信じて生きてきたから
このギャップを埋めるのはなかなか大変だ。


ここで、「こんなんじゃダメだ」という思考をねじ伏せて、
「いや、疲れてるんだから休もう」
と、自分に言う。

昔の私なら、

「これくらいで疲れるなんて情けない」
「もっとちゃんとしなきゃ」
「みんなやってることなんだから」

と、自分を追い立てていた。

でも今は、「疲れたんだから仕方ない」と思える。
毎日を完璧に回さなくていい。

宿題が後回しになってもいい。
食事が手抜きになってもいい。
家が多少散らかっていてもいい。

そして私自身も、疲れたら休んでいい。


こうすることで生まれた気持ちの余裕に気が付く出来事があった。

昨日、子供たちにスイカを出した。

ぎゃーぎゃー怪獣のようにやかましかったのが静かになって、
ほっと一息ついていたのも束の間のこと。


不自然なほど静かな小一男子に目を向けると、
なんと彼は、スイカの果肉をちぎって手絞りしていた。

テーブルの上は、びしょびしょになったスイカの果汁と、
何とか拭こうとしたのだろう、
丸めたティッシュペーパーの山で大変なことになっていた。

「なにしてんの!!!??」

と叫びたいのを堪えて落ち着いて尋ねると、
果汁が美味しかったから、もっと絞って飲もうとしたとのこと…


いつもの余裕のない状態だと、
叫びたいのを堪えることが多分できなかった。

こっちはいっぱいいっぱいで動いてるのに、
「また余計な作業を増やされた」
「なんて行儀悪いことしてるんだ」
そんな憤りで怒鳴ってしまっていたかもしれない。


じゃあ、ミキサーでジュースにしようか。

そう提案すると、意気揚々とジュース作りが始まった。

「お砂糖入れて甘くしてね」
「ぼくが回すからね!」

自分に優しくする時間を取ったことで、
修羅場になっていたかもしれない場面が、微笑ましい時間に変わった。


子供の突拍子もない行動が

不幸なアクシデントになるか、
楽しいイベントにするか。

それは、ほんの少しの心の余裕の違いだった。


スイカジュースは意外と美味しくできたのだけど、
子供はみずみずしい果汁を求めていたようで、
スムージー特有のアワアワがお気に召さなかったらしい。

おいしいね!といいつつ、そんなに飲まなかった…(笑)

残りは母が美味しくいただきました。


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