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「大事にされていない気がする」と言われた日

娘には、仲のいいクラスメイトの女の子がいます。

その子には、二つ下の妹がいて、
一緒に遊ぶときは、自然とその妹ちゃんもついてきます。

妹ちゃんは、お姉ちゃんたちの遊びを見て、
一緒に入りたくて追いかけてくる。

そして娘は、
「この子と遊びたい」と思っているからこそ、
その子とだけ遊びたいと願う。

よくある光景だと思います。

でも私は、その場面を見るたびに、
どう関わるのがいいのだろうと迷っていました。

最初の頃は、こう言っていました。

「お姉ちゃんなんだから、一緒に入れてあげて仲良く遊んでね。」

そうすれば丸く収まる気がしていたのです。

でも、続けていくうちに、
娘はこう言うようになりました。

「妹ちゃんのこと、嫌い。一緒に遊びたくない。」

関係は、むしろこじれていきました。

幼稚園でも同じようなことが起きて、
追いかけられることに強い嫌悪感を持ち、
トラブルになることもありました。

どうしたらいいのか分からず、
私はしばらく、答えを見つけられないまま見守っていました。

そんな関係が続いたある日、ふとした場面を思い出します。

その子のお姉ちゃんが、ママに
「どうしたい?」と聞かれたときのことです。

以前なら、「こうしたい」と言っていた子が、
年長さんになったある日、

下を向いて、表情をなくして、「どっちでもいい」と言いました。

その姿が、なぜか心に残りました。

そして同時に、娘が言っていた言葉を思い出したのです。

「どうしてママは私に意地悪するの?」

「どうして妹ちゃんがいるとき、私の気持ちを大事にしてくれないの?」

そのとき、はっとしました。

私は“優しさ”だと思っていた関わりが、
娘にとっては
「気持ちを大事にされていない」という感覚になっていたのかもしれない、と。

お姉ちゃんだから。
小さい子だから。

そうやってバランスを取ろうとしていたつもりが、
誰かの気持ちを後回しにしていたのかもしれません。

では、この場面でどうしたらいいのだろう。

妹ちゃんは一緒に遊びたい。
お姉ちゃんたちは、二人で遊びたい。

どちらも本当の気持ちです。

考えているうちに、少しだけ視点が変わりました。

これは、子どもの世界だけの話ではないな、と。

大人でもありますよね。

好きな人がいても、相手が同じ気持ちとは限らない。

そのとき、
どうするか。

相手の気持ちを変えようとするのか。
それとも、その気持ちを尊重するのか。

簡単なことではありません。

でも、その選択は、
少しずつ学んでいくものなのかもしれません。

私は三人きょうだいの末っ子でした。

泣けば、誰かが何とかしてくれる。
そんな経験も少なくありませんでした。

でも大人になって、
思い通りにいかない場面に出会ったとき、

感情をどう扱えばいいのか分からず、
ただ強くぶつけてしまったこともあります。

あのとき、
もし「相手の気持ちは変えられないこともある」と
少しずつ学んでいたら、

また違った選択もあったのかもしれないと、
今は思います。

だから次に同じような場面があったら、
こう伝えてみたいと思っています。

「二人は今、二人の時間を大事にしたいみたいだね。」

「でも、それはあなたのことが嫌いっていう意味じゃないよ。」

「遊びたい気持ちはわかるよ。
じゃあ、今は何をして待ってみようか。」

それが正解かどうかは、正直わかりません。

でも少なくとも、
誰かの気持ちを押し込めて成り立つ優しさではなく、

それぞれの気持ちを、そのまま置いて考える関わりを、
試してみたいと思っています。


優しさって、
誰かが我慢することで成り立つものなのか。

それとも、
それぞれの気持ちをそのまま見た先にあるものなのか。

まだ、私も考えている途中です。

• 境界(boundary)
• 社会的問題解決
• 共感と自己主張のバランス(assertiveness)

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