桃のかき氷
今日の午後は休む事にした。
金曜日の時刻は14時。
外に見える道路のアスファルトはゆらゆらと揺れている。
長袖のラッシュガードを羽織って、帽子も被り意を決して表に出る。
暑い。茹だるような暑さ。
挫けそうになる。
でも、こんなチャンス中々無い。
これを逃したら次がいつになるか分からないし、きっと私は後悔するだろう。
意を決して歩を進める。
北の空には、どんどん積み重なっていく積乱雲。暑すぎて蝉すら鳴かない真夏日の午後。
私はこれから焼き菓子屋さんに歩いて行くのだ。
私が、日本一美味しいと思ってる焼き菓子屋さんがある。
通称ネコ屋さん。
もう出来て7、8年位は経っている気がする。
その場所は私の自転車走行ルートで、元は荒れた倉庫みたいな場所だった様に思う。
スペースも小さい。
多分5坪とかそれくらいだろう。
ある日突然工事が始まった。
寂れた商店街のそのまた外れ。
新しいお店ができること自体珍しいのに、商店街のメイン通りからも外れてる。
何ができるんだろう?
「ちょっとしたワクワク」と、「きっと私には関係ない店が出来るんだろう」という諦めみたいな色んな感情が混ぜこぜになっていた事を覚えている。
トンテンカンテン。トンテンカンテン。
一ヶ月足らずで工事は終わり、お店の前には変わったフォルムのレトロ御洒落な自転車が止まるようになった。
まだ中の様子は伺い知れなくて、何の店だかは分からない。でも中で人の気配はする。
下半分だけ開いたシャッターから漏れる光がゆらりゆらり揺れている。
開店は近いのかもしれない。
シャッターが開いたある日、そこにはヘンゼルとグレーテルに出てくるような、お菓子の家が現れた。
いや、勿論違う事は理解ってる。
建材はコンクリートや木材だろう。
でもそうとしか形容出来ないお店が出来た。

売ってるものは焼き菓子。
クッキー、マフィン、スコーン、レモンケーキ、マドレーヌetc。
私には関係のない店だとばかり思ってたけど、ドンピシャに私向けだった。
滅茶苦茶嬉しい。
ある日時間を見つけて、その焼き菓子屋さんに行くことにした。
その焼き菓子屋さんは営業時間が短くて、営業日は木、金、土の3日間。
13時からの売り切り仕舞い。
若い女性が一人で製造から販売まで全てを切り盛りしている。
初めて買ったのはレモンケーキとマフィン、スコーンだったと思う。
全部美味しかった。感動する位に。
特にマフィン。
マフィンを食べた時、私の中のマフィンの定義が崩れた。
私にとってマフィンとは、お店毎に色々あれど、しっとりしてる、柔らかい、ズッシリして食べ応えがある、とかここら辺に収束していくものだった。
でもネコ屋さんのマフィンは別物だった。
一言で言うと「泡」。
「空気を含んでて、スポンジみたい」と言う事では無い。
文字通り「泡」。
マフィンの形をしてるのに、一口食べると口に入れた瞬間全てがほどける。小麦粉で作られてるのにグルテンなんか存在してない化学法則を無視したお菓子。
それがネコ屋さんのマフィンだった。
それからちょくちょく買いに行くようになったけど、ある日営業日が変わった。
土曜日の営業が無くなり、木、金の2日間。13時からの売り切り仕舞い。この頃になるとネコ屋さんは人気のお店になっていて、14時に行くと目当ての商品が既に無くなってたりするようになった。
13時時点で10人位並んでることもザラだったし、難易度が中々に高い。
とは言え、若い女性が一人で全てを行っているので、仕方がない。人を増やして店主の目が行き届かず、味が落ちていくお店なんて五万と見た。
こちらは美味しいお菓子を買わせて頂く立場。文句なんて言える筋合いではない。
そんな経緯もあって、午後の時間が自由になった今日、私はネコ屋さんに行く決心をした。
春や秋などの気候が良い時期だと、この時間に行くのはギャンブルだけど、この糞暑い気候だったら、まだお菓子はある筈。
玉のような汗をかきながら、急いでお店に向かう。
「何故、公共交通機関を使わないのか?」
そう思われる人もいるかもしれない。
実はネコ屋さん。
とっても辺鄙なところにある。
JRの駅からも東京メトロの駅からも離れてる。近い駅は日暮里・舎人ライナーと言うマイナーな東京都が営業してるモノレールみたいな路線の駅。
電車を乗り継ぐより、今いる位置なら歩いて20分。歩いた方が早い。
ちんたらしてたら、お菓子が無くなるのだ。
(私にタクシーと言う概念は無い)
全身ビショビショになりながら、ネコ屋さんに到着。やっぱりこの暑さだからか、並びは無い。お菓子も潤沢に残ってた。


バナナケーキ

ピーカンナッツのスコーン、プレーンスコーン
お持たせが必要だったので、クッキーとスコーン3種。私用にマフィンとピーカンナッツのスコーンを買って満足した。
塩チョコピンクペッパースコーンは丁度私で終わりだった。危ない。
店主さんとちょっとお喋りした後、店主さんが丁寧にお菓子を包んでくれてる間に横を見ると魅力的なメニュー表が。
かき氷をやっているのは知っていたけど、真夏に来たのは初めてだったから、メニュー表を見るまで、そんな選択肢は私には持ち合わせてなかった。

かき氷。
昼ごはんどころか朝ごはんすら食べていない。
今かき氷なんて食べたら血糖値爆上がりだろう。でもここまで歩いてきた私には、かき氷という文字は魅力的過ぎた。
「追加で、ももみるくのかき氷下さい」
この台詞を発するまで、時間はかからなかった。



ネコ屋さんのかき氷は氷が空気を含んでいるみたいで、口に入れた瞬間ほどけた。
マフィンと一緒だ。
滅茶苦茶美味しい。
でも、私にはみるくは要らなかったかもしれない。桃の淡い味わいが練乳にかき消されてしまっていたから。
次回頼む時は桃のみで行こう。
そう思って、まだまだ暑い帰り道をかき氷を食べつつ歩き始めた。
この後豪雨に降られる事なんて、この時はまだ知らずに。
ネコヤ ベイクスタンド
