IT&Scienceでナレッジマネジメントを再構築する -第1回:AI時代、SECIモデルの重心は変わる
「AI時代、人間の価値は何か?」
この問いは、仕事論やキャリア論として語られることが多い。将来無くなってしまう職業としてもインパクトのある形で語られている。しかし私は、企業におけるナレッジマネジメントの観点から見ても、大きな転換点に来ていると考えている。
特に変わるのは、「知識をどう扱うか」という前提だ。
従来、企業では“知識を形式知化すること”が重要だと考えられてきた。ベテランの経験をマニュアル化し、ノウハウを文書化し、組織として再利用できるようにする。
その代表的な考え方が、SECIモデルである。
SECIモデルとは何だったのか
SECIモデルでは、知識創造を以下の4つの循環として整理する。
例として、IT現場における障害対応に強いベテランエンジニアの持つナレッジを挙げながら補足していく。
共同化(Socialization)
暗黙知 → 暗黙知 :新人がベテランについて仕事を見ながら学ぶ表出化(Externalization)
暗黙知 → 形式知 :ベテランが対応手順を文書化する連結化(Combination)
形式知 → 形式知 :複数のノウハウを統合して運用標準を作る内面化(Internalization)
形式知 → 暗黙知 :新人が実践を通じて判断感覚を身に付ける
この循環によって、組織知は強くなると考えられてきた。
しかし、AI時代に入り、この構造は変わり始めていると思う。
AIが「知識を作る側」に回った
生成AIは驚くほど高いレベルで「言語化」「整理」「構造化」行う。
例えば、
会議ログから要点を抽出する。
ベテランの経験談からパターンを整理する。
大量の情報からベストプラクティスを要約する。
のような、これまで人間が時間をかけて行っていた「暗黙知の形式知化」を、AIが高速で実行できるようになった。
つまりSECIモデルで言えば、
表出化(暗黙知→形式知)と、連結化(形式知→形式知)の多くがAIに代替・支援され始めた
のであろうと考える。
もちろん、人間が完全に不要になるわけではない。だが少なくとも「知識を整理する人」の価値だけでは差別化しづらくなる。
これは企業にとっても個人にとっても大きな変化だ。
では、人間はどこに価値を持つのか。
重心は「知識を作る」から「知識を使う」へ
私は、AI時代にはSECIモデルの重心が変わると考えている。
重要になるのは、
共同化(暗黙知→暗黙知)と 内面化(形式知→暗黙知)
つまり、
「知識を作る」こと以上に
「知識を使い、自分のものとする」こと
の価値が上がる。
たとえば、生成AIが優れた障害対応手順を出したとする。
しかし現場では、手順通りにいかないことが多い。
「なぜこのログを先に見るのか」
「なぜこのタイミングで疑うのか」
「なぜその切り分け順なのか」
こうした判断は、経験を通じてしか身につかない。知識を読んだだけでは使えるようにならないのである。
これは学習そのものの構造にも関係する。
私たちはつい「知識を知れば成長する」と思いがちだ。しかし実際には、
知識 → 行動 → フィードバック → 修正
というサイクルを回さない限り、人は本当には学習できない。
つまり、「知る」と「できる」は別物ー
この“できる”に変わる過程こそ、SECIモデルでいう内面化である。
AI時代には、この重要性がむしろ増すと考えられる。
「背中を見て学ぶ」は古いのか
ここで一つ、誤解されがちな話として「職人の背中を見て学ぶ時代は終わった」という考え方だ。
確かに、精神論としての「見て覚えろ」は限界がある。社会の変化だけでなく、仕事のスピードが指数関数的に(言い過ぎ?)上がっていることもあるだろう。
だが私は、“背中を見て学ぶ”そのものが不要になったわけではない、と思っている。
むしろ現代では、その意味が変わった。
昔の職人世界では、長い時間をかけて感覚を盗むしかなかった。
しかし今では、AIによって形式知は大量に得られる。
だからこそ、現場で何を観察し、何を感じ取り、どう判断するか、が重要になる。
つまり現代版の「背中を見て学ぶ」とは、単なる真似ではない。
“どこを見ると勘所が見えるのか”を学ぶこと なのではないか。
そして、その学びを偶然やセンス任せにせず、再現可能な学習プロセスにできないか。
ここに、私が考える「IT&Science」の役割があるのではないかと感じている。
ナレッジマネジメントを再構築する
AI時代には「知識をどう蓄積するか」だけでは不十分になる。
必要なのは、どうすれば人が暗黙知を獲得できるか、である。
私はこれを、“暗黙知を獲得する科学”として整理できるのではないかと考えている。
次回は、「共同化」に焦点を当てたい。
“背中を見て学ぶ”を現代的に再解釈しながら、なぜ成長する人と成長しない人がいるのか。
そして、暗黙知を再現可能にする「構造化」とは何か。
これらについて、IT&Scienceの視点から掘り下げてみたいと思う。
