結晶構造解析 第7回:組成推定 : Packing Fractionと密度
未知結晶構造解析における化学組成情報の重要性
前回までは粉末X線回折パターンから結晶構造を解析するソフトウェアEXPO2014の公式マニュアルに沿って、EXPO2014がどのような手順で問題を解いているかということを紹介しました。
その中でさらっとしか言わなかった部分に、化学組成の推定があります。実はこの部分はEXPO2014では自動で求めることができず、ユーザーによる入力任せの部分なのです。組成情報が構造解析になぜ必要かを、第二回の記事から抜粋します。
EXPO2014では、Indexingと空間群推定の間に、ユーザーに化学組成の入力を求める段階があります。これはLe Bail法の後、Wilsonプロットなどで「規格化された構造因子振幅」を計算するときに使います。この規格化の時、実験による回折X線強度から原子の種類による散乱能力の違い(=原子散乱因子と言います。)や熱振動の影響を取り除く必要があります。そのためには、ユニットセル内にどの種類の原子がいくつ含まれているか、つまり化学組成の情報が不可欠なのです。組成が分からなければ、平均的な散乱強度や原子散乱因子を正しく計算できず、規格化計算そのものができません。つまり、組成情報は空間群の確率評価を行うための基礎となる規格化強度を計算するために必要となります
我々が求めたいものは物質の結晶構造で、結晶構造とは化学組成と原子配置の組み合わせのことです。
化学組成が未知であっても、配置と同様に化学組成、すなわち原子の種類や構成比すらもパラメータ化して、モデル計算したX線回折パターンと実際のパターンを比較して最適化すればできるのでは?
こう考える人もいるでしょう。実際に計算機能力の向上が続けば不可能ではないのかもしれません。しかし、現状では場合の数が膨大すぎて困難ですし、化学組成は他に推定する方法があるので、その情報を使って固定パラメータとして決めてしまうことが重要なのです。この事情はEXPO2014だけに限らず、他の解析ソフトウェアでも同じです。
化学組成はどうやって求める?
元素の構成比を求める
未知物質の回折ピークはやはり未知なので、試料全体から得られる回折パターンが未知物質だけ(これを単相といいます)から得られているかもわかりませんし、多くの場合、既知物質の不純物ピークが多少混ざっています。それを十分に低減させるにはかなりの労力を要します。
化学組成の評価は、蛍光X線分析(XRF)や誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES/OES)などいくつか方法があります。これらは試料全体または比較的広い範囲からの平均的な組成情報を求めることが可能ですが、電子顕微鏡(SEMやTEM)と組み合わせた特性X線分析法(EDS)ではもっと狭い範囲、例えば一つの結晶子からの組成情報を得ることもできます。特に不純物の共存が疑われる試料では後者の手法を採用することが望ましいです。もちろん、手法によって得手不得手がありますので、詳しくは調べてみてください。XRFやEDSに関しては下記がとても詳しくわかりやすいと思います。
組成分析では構成元素、特に金属元素の最小構成比がわかります。例えばMgとAlを含む酸化物の場合、Mg : Al ≒ 1 : 2はわかりますが酸素原子の数はわかりません。このような場合、通常は代表的な酸化数(Mgは+2価、Alは+3価)を仮定して、MgAl₂O₄という化学組成であろうと評価します。
セル中の分子数を決める
上記の方法では、Indexingで求めた格子の中にその化学組成がいくつあるかは不明です。EXPO2014では、Packing Fraction(以下 PF=原子体積和/セル体積)と密度を考慮して化学組成と、それがセル中にいくつあるかの初期値を入力するようになっています。セルの体積的にMgAl₂O₄という化学組成が作る体積が4分子分ありそうだな、と判断できれば、(MgAl₂O₄)₄のように入力します。
EXPO2014では厳密にはPFではなくVolume per Atomという考え方をします。これはユニットセル体積をセル内の非水素原子の総数で割った値で、その値は18 ų に近いことが期待されます(18 ų ルール)が、水素結合の存在や結晶構造中の大きな空隙(例えばゼオライトの場合)などにより、この理想値から顕著にずれることも観察されます。妥当な範囲は 15 ų から 22 ų です。
水素原子は小さく、数もわからないことが多いことや、原子散乱因子が比較的小さいのでX線回折強度への影響も小さいので無視されることが多いようです。
EXPO2014にしろSuperflipにしろ、入力する化学組成は解析上の初期値のようなもので、実際にはこれを基に解析した電荷密度に合わせて原子を配置して、その解析モデルにおける最終的な結晶構造が出力されます。この時、うまく解析できずいくつかの元素が欠損していたり過剰に存在することもあります。
物質によっては等価な複数の原子サイトにランダムに存在するものもあって、その時は上手く解析できていたとしてもそれらのサイトすべてに原子が配置されて出てきてしまうこともあります。
実在物質のPacking Fractionや密度の分布
以下に示すEXPO2014の公式サイトには、平均的な原子体積が示されています。上記の18 ų ルールも含め、これらの値は有機系の分子のデータから求められているようです。
一方、私が主に扱っているのは無機結晶、特に金属酸化物なので、金属酸化物の実在物質ではPFや密度がどういう分布を示すのかを調べてみました。
使用データ
代表的な無機結晶データベースにInorganic Crystal Structure Database (ICSD)というものがあります。今回はこのデータベースの2024-1バージョンのデータから金属酸化物のみを抽出しました。また、結晶構造の描画にはVESTAを使用しました。
今回の金属酸化物の定義:
金属イオンを二つまたは三つ含み、陰イオンが-2価の酸化物イオンだけの物質
抽出基準:
- 実験報告のあるもののみ
- プロトタイプ構造(NaCl型とか)が設定されているもののみ
- 比較的ちゃんと解析されているものが多いため
- 同一組成の同一構造(例:NaCl型MgO)のデータが複数ある場合、登録番号が小さいものを選択
- サイト不定の元素があるものは省く
- 高温または高圧のデータも関係なく抽出
原子体積は上記EXPO2014公式サイトに公開されている 298 K の平均原子体積表(D. W. M. Hofmann, Acta Cryst. B 57, 489-493, (2002).)を採用しました。PF計算と統計処理には Pythonを用いました。
PF 分布
該当物質は8931個ありました。

平均値と中央値は1.60と1.59、全体の90%を含む平均値からの範囲は1.12~2.06でした。PFの定義は原子体積和/セル体積なので、今回の原子体積を使うと金属酸化物の場合はセル体積を超えるものが多いということになります。
最大値PF ≈ 3 のICSD #259841 は酸素原子のダイマーを含む構造で、一般的な酸化物とは異なります。過酸化物などではこういう物質もあるのかもしれませんが、私の知見ではうまく結晶構造解析ができていなかったのかなと思います。

PF ≈ 2.5 の ICSD #34394 は一見問題なく,PF 上限を一律に 2.0 と決め打ちすると実在化合物を排除するおそれがあると示唆されました。

対照的に 最小値PF ≈ 0.55 の ICSD #420323 は分子性結晶のよ₉で、低PF の主な原因が分子性・層状構造にありそうです。

PF と密度の関係
今回対象とした金属酸化物について密度₄求めたところ,中央値 4.68 g cm⁻³,90 % 区間 2.47–8.18 g cm⁻³ と幅広い分布を示しました。PF と密度の散布図から顕著な相関は確認できませんでした(R²=0.46)。


金属酸化物の平均原子体積
元素を区別せずに「単位格子あたり原子 1 個の有効体積」を算出すると中央値は12.9 ų (平均値:13.1 ų)程度となり,EXPO2014の公式マニュアルで提示されている有機分子における平均値 18 ų より小さい値でした。90%区間は9.50 ~ 17.3 ųでした。結合の性質が分子性結晶と異なり、イオン性や共有結合性が強い物質が多いため、よりぎっしり詰まっていると考えることができます。

実務上の指針
以上の結果から,金属元素を主とする複合酸化物を扱う場合,原子体積の和と単位格子体積の比を 0.85 < PF < 2.8、または1原子あたりの体積を9~18 ųと少し広めに設定しておくと,データ入力ミスや分子性結晶を適度に排除しつつ,大多数の実在構造を含められると結論づけました。密度については 2.5–8 g cm⁻³ を超えていても即座に除外せず,他の指標と併用して判断するのが安全です。
また、仮に真の組成が(MgAl₂O₄)₄のようにわかっていても、それ通り入力すれば妥当な解が得られるとも限りません。場合によっては、初期値をMg₅Al₈O₁₆のようにわざと真の値から組成をずらして入力することも重要です。入力値は初期値です。うまく試行錯誤できるように自動化する仕組みを構築すると効率的に構造を見つけることができます。
最後に,PF が極端に高い場合はサイト占有率の誤設定,極端に低い場合は分子性や層状結晶であるケースが多いという経験則も添えておきます。疑わしい構造には CIF を直接開き,結合距離や占有率を必ず確認しましょう。EXPO2014 の簡易チェックは強力ですが万全ではなく,専門家の目視による最終確認が欠かせません。
